第十一話 IS〈命懸けの繁さんラジオ公開録音スタート〉
明らかになる飛姫種の正体。そして繁が実行に移した計画は……ラジオ番組?
―前回より―
嘗てカタル・ティゾルに於ける科学の聖地ラビーレマに、一人の工学者が居た。
学者は霊長種の若い女であり、自らを天才と自称し興味を持たない者への態度は最悪。
それ故に忌み嫌われ、度々迫害の対象になっていた。
ある時、女は発明をした。それは機械的な鎧のようであり、人が着込む事が出来た。
理論によればそれは魔術と科学を併合させたものであり、独自の出力機関により空を飛び、また虚空より武器を産み出し、更に着込んだ者の命を絶対的に守り通すとの事だった。
各大陸・各国家はこの鎧を貪欲に欲し、研究に着手した。
しかし鎧は、人を選んだ。
鎧を着込み動かす事が出来たのは、主に霊長種の女性―中でも、特に選ばれた者だけだったのである。
更にその鎧の中枢部に使われている機関の構造は発明者の女が独自に作り出したものであり、他の何者にも再現する事は不可能だった。
よって各大陸・各国家の政府は、我先にと女を自らの陣営へと招きたがった。
しかし女は突如姿を消し、残されたのは全1344の鎧―『プリンキピサ・サブマ(和訳:王女の奇跡)』だけだった。
後にラビーレマが誇る生理学者や医学博士が、プリンキピサ・サブマを起動させる事の出来た者の体組織を詳しく調べた所、何れも身体の何処かに僅かな変異が見受けられた。
この変異した組織は後に『PS因子』と名付けられ、因子を持つ女性達は『飛姫種』と呼ばれるようになり、軍人や研究対象として優遇される事となる。
「と、まぁこんな話は至極有名だからまだ良い。問題は、セシル・アイトラスが飛姫種だって事と、それが公表されてねぇって事だ。城の内部じゃわりと有名らしく、情報源はそこらしい。俺は今回、この情報をどうにか作戦で上手く利用出来ないかと考えてるんだが……その話は後だ。実を言うと作戦プランは既に出来上がってる。下準備だって完璧だ。あとは二人に、こいつを見て欲しい」
そう言って繁は、ホチキスで閉じられたコピー用紙の冊子を二人に手渡した。
「これは……台本?」
「そうだ。香織の魔術サポートでかなり凝った仕掛けを組めたからな。ただ単に侵略していくんじゃ面白くねぇ。ここは一つ、奇抜に攻め入る」
「奇抜にって……こんなんで大丈夫なの?」
「大丈夫かどうかは知らん。しかしながら、こうでもせんと面白みが無い。敵だってろくすっぽとっ捕まえもせずどうせ殺すか無視するかだ」
その発言に疑問を抱いたのか、香織が一言。
「あれ?囲って調教とか繁殖とかしないの?」
女ながらにとんでもない事を言う奴である。
「誰がそんな馬鹿馬鹿しい真似するか。俺が目指すのは破壊神だ。破壊行為の末に金が得られればそれでいい。ハーレムを夢見る奴に人格者なんて居めえ。いや、ごく希に居るが十中八九はクズだ。その内の八割は性行為どころか女とまともに喋ったことも無いような若手童貞。残る二割は性欲のまま、知的生物としてのモラルを捨てて生き続けるバカに過ぎん。生涯抱ける女なんて精々一人が原則だ。二人目を探すのは、そいつと別れる羽目になった時でいい」
「珍しいねぇ。英雄と侵略者は好色家の性豪ってのが常だと思ってたけど」
冗談半分のニコラに、繁は言う。
「俺は英雄でもなきゃ侵略者でもねぇ。只の大学生だ」
自作の台本を握り締める繁の顔は、何処か笑っているようだった。
―翌日・ジュルノブル城―
「皆様、御機嫌よう」
『お早う御座います。セシル王女』
煌びやかな青いドレスに身を包んだセシル・アイトラスの一声に、従業員達が一斉に返事を返す。
「今日はとても素晴らしい一日になりそうな予感がしますわ。
例えばそう……愛しい愛しいあの方が、今日こそ私の元へ舞い降りて……」
等と、音信不通の思い人の顔を思い浮かべるセシル。しかしその日は残念ながら、彼女にとって色々と大変な日になってしまう。
城の使用人達が持ち場に戻り、自室のセシルが思い人との妄想にふける中、城に異変が起こり始める。
壁や柱が鳴動し、それらが機械的に開いたかと思うと、内部から黒い巨大な箱が幾つも出現し始めたのである。
「な、なんですの一体っ!?」
突然の事態に取り乱すセシルだったが、城の鳴動と黒い箱の出現は案外すぐに収まった。
そして黒い箱――セシルはそれが、ラビーレマの技術による蓄音機の一部―即ち我々の間でスピーカーと呼ばれるものであると理解した――から、人間の声と思しき音声が鳴り響いた。
『『せェーのッ……「ツジラジ」ッ!』』
続いてアニメのオープニングかアダルトゲームのデモムービーを思わせる音楽が流れ出す。
『はァーい!始まっちまいましたァ!』
『始まったねー!目出度いねー!』
話しているのは若い男女二人らしく、妙に上機嫌でもある。
そんな事ぐらいしか察知できなかったセシルだったが、一つだけ確信している事があった。
「(…この音量……最悪ですわッ……)」
狭い室内で四方八方から大音量の音声を叩き込まれたセシルは、決死の思いで部屋から脱出。廊下で衛兵達と合流し、非常口へ向かっていた。しかしスピーカー越しの男女の会話は尚も続いている。
『さてそんな訳で初めまして。私この「ツジラジ」でメインパーソナリティを勤めさせて頂きます。「チューターの教える生物科学概論に感動した18の夏、或いは矮小な虫の尾」ことツジラ・バグテイルです』
『何か長い上に意味不明!?っと、リスナーの皆さん初めまして。「ツジラジ」メインパーソナリティその2こと青色薬剤師です』
『突然何事だって思うかもしれませんがそれは無理もないことなんですね。
何せこの「ツジラジ」、放送決定したのが何と三日前なんですよ。以前この時間帯にやっていた「朝から爆裂気分」が、諸事情により急遽放送を休止せざる終えなくなったとの事で、放送局の局長さんが偶然別件でその場に居合わせた私達に目を付けまして』
『何か私達にラジオをやれっていきなり言って来たんですよ。それで急遽企画を考えて、設備も整えて…』
『そもそも今こうやって放送してますけど、まだ尺埋めるのに十分な企画が思い付いてないんですよ。いや本当、冗談抜きで』
等と、スピーカーから聞こえる男女の会話を聞いたセシルは思った。
「(今日は何だか、人生最悪の日になりそうな予感がしますわ……)」
そしてそんな彼女の気心を知ってか知らずか、メインパーソナリティの二人―もとい、繁と香織は、上機嫌なままに番組を進めていく。
電波ジャックによる、完全な違法放送の元に。
もう凄いとか言う、レベルじゃない