第百九話 クラッカー・イリーの歓迎
戦闘開始!
―前回より―
春樹と彼女の子供達は、繁達が普通に周囲から攻め入るか、或いは廃洋館内部にスタジオを設けるという二つの内どちらかの戦術を取るだろうと考えていた。しかしその予想はあっさりと、遙か斜め上を往く形で裏切られることとなる。
【ギョエーッ! ギョエーッ! テェヘンデゴゼーマスハハウエサマッ!】
持ち場で待機していた春樹の元へ、羽毛のない鳥のような生物が現れた。春樹によって産み出された、翼を持つ孫一族が一匹である。
「どうしたのだ? 酷い慌てようだけど」
【ソリャーアワテモシマンガヌァー! イチダイジナンスワッ! イチダイズィ!】
「一大事? 一体何が起こったのだ?」
【ツジラッスゥー! ツジライチミガソラタコーカラフッテキタンスゥー!】
「振ってきた? ツジラ一味が?」
【ヘェ! シラベニムカッタンスガ、ドウヤラコンカイノ"スタジオ"ハ、ワイラーモカンカツガイノコードニウカンジョッタヨウナンスゥ!】
「空に? 飛行船か何かなのか?」
【ヘェ! ドーヤラソノヨウッスゥ! トニモカクニモ、デラオッソロシーソクドデクダッテキチョリマンガヌァー!】
「報告有り難うなのだ。何はともあれ僕は引き続きここを見張るから、君達は引き続き極力死なないように上空を見張っていて欲しいのだ。それから、他のみんなへの報告も手分けしてやっておいてほしいのだ」
【ホカントケェーハモウジンインマワシトリマンノデ、ホナラジョウクウカラノカンシカタメトキマスワァー!】
「宜しく頼むのだ!」
孫を送り出した春樹は、武器である対戦車ライフルとも無反動砲ともつかない大型銃器を抱えつつ考え込んだ。
「(僕としたことが迂闊だったのだ……横でも下でもなく、まさか上からだなんて予想外だったけど、思い返してみればツジラは策略を張り巡らした奇策を軸にした戦い方をする男だから、地上や地中だけじゃなく、上空だって十分侵攻ルートの候補になりうるのだ。それを考慮していなかったのは僕の判断ミスなのだ。でもだからって諦めちゃ駄目なのだ。寧ろこのくらいの状況、逆に楽しむくらいじゃないとツジラと対等に渡り合うことさえ出来ないのだ! そうと決まれば早速この場を整えて、襲撃に備えるのだ!)」
決意を固めた春樹は、手始めにベルトに差し込まれたチューブとも試験官とも見て取れる弾丸らしきものの整理や安全確認から始めることにした。ガラス若しくは透明な樹脂で形作られているであろうそれの内部には、緑や紫といった色合いで毒々しい質感の何かが蠢いていた。
―同時刻・廃洋館上空―
「ひぎゃああああああああああああああ!」
不老不死の元開業医ニコラ・フォックス。彼女は現在、どうする事も出来ぬままに空中を真っ逆様に落下中だった。というのも彼女は『不老不死だしいざとなったら破殻化するから』という、何ともいい加減な理由で降下用装備を受け取らずに飛行船の外へ飛び出していたのである(他のメンバーとしては、浮遊できる羽辰を除き全員がパラシュート、滑空スーツ、小型ジェットエンジン等の降下用装備を受け取っていた)。
しかし実際に飛び降りてみたところ、彼女は自分が致命的な過ちを犯しているのだという事に気が付いた。まず、高度が高度なのもあって大気の流れが激しくバランスの取りにくい降下中に破殻化してホバングへ繋げるという事は、普段から滅多に破殻化しないニコラにとって極めて困難な行為であった。そもそもドクガの属する鱗翅目自体、甲虫目や蜻蛉目などと比べて飛行能力はそれほど高くなく、パワーも低い傾向にある。よって仮に空中で破殻化を成功させたとしても、九割方墜落するであろう。
次にもっと単純な事柄だが、確かにニコラは不老不死である。序でに言うと魔術などの特殊な方法でも余程の事がない限り永続的に活動を停止すると言うことはさほどない。しかし神経は当然の様に現役である。つまり痛みはそれ相応にやって来るのだ。
そう。当たり前のようだがニコラも当然『落ちたら痛い』のである。しばしば散々な傷を負っては何食わぬ顔で立ち上がっている彼女だが、裏では見たとおりの尋常でない痛みを必死で堪えているのである。『調子に乗って自分の身体で散々人体実験を繰り返した挙げ句本まで出したお前が言うか』などと思う方もいらっしゃるだろうが、どうも彼女にとっては「自ら意図してつける傷」と「不本意に負う傷」とでは痛みの質や格が段違いであるらしいのだ(こんな事は確かシーズン2でも言及した気がするが、気にしては負けである)。
かくしてニコラは、廃洋館の中庭に存在する井戸若しくはマンホールのような穴を通じて、廃洋館の地下へと落ちていった。
―廃洋館地下―
内壁が樹脂のように硬質化した蜘蛛の糸らしきもので固められた廃洋館の地下部に落ちたニコラの有様は、最早散々としか言い様がなかった。しかしそれでも彼女は立ち上がり、見る見るうちに再構築されていく肢体を以て歩き出す。
「何か穴に落ちたと思ったらこんな空間に来ちゃったけど、まさか屋敷の地下がこうなっていたとはねぇ。みんなに連絡――と思ったけど、電波が通じてない!? 何で!? トンネルどころか例え電磁波が暴れ回ってる中でも平然と動く上に電波が通じるグリーン科学の最新機種『ドント・コイヤー』なのに!?」
『落下に伴う衝撃で傷一つついていないとはどういうことだ』という突っ込みをしてはならない。カタル・ティゾルは謎の技術で飽和状態なのだ。
「……まぁ、連絡以前にここから出て敵を探すことが先決かしらね。破殻化して穴から出るっていう選択肢は直径的に却下として……さて、どうしようか」
次の行動に考えを巡らせながら、ニコラは薄暗い謎の空間を歩き出そうとした――その時。ニコラの足下から『カチリ』という乾いた音がした。
「カチリ……って、まさか……」
ニコラは嘗てラビーレマの東ゾイロス高等学校で起こった事を思い返していた。今と同じように『カチリ』という音がしたかと思えば、何処からか現れた巨大な岩石球が的確に自分だけを狙うように転がってきた。実際に轢き潰されたから解ることだが、あれは本当に辛かった。
「やばい。あたしってば、また罠踏んじゃっ――
ニコラが言い終わるより前に、床から現れた巨大な回転ノコギリらしき刃が、彼女の身体を中心線で両断した。しかし罠の展開はそれっきりで、ニコラはすぐさま床に寝転がったまま結合を始める。
と、その場へ何かが現れた。
【成る程成る程。『不老不死不滅』の噂はまさしく真実だったようですね】
それは知的というより狡猾そうな若い女の声だった。雰囲気や喋りなどからは、桃李に似たような雰囲気を感じ取れる。
【ともすれば苦戦確定ですか。しかしそうでなければ私の取り分は先程の一瞬で消え失せてしまっていた事も確か。となれば、これは喜ぶべき事態なのでしょうね】
「……ねぇ、あんたさ……」
【おっと、これは失礼。私、独り言が多くなりがちなたちでして】
「そう。で、あんた……」
【おっと、これまた失礼を。申し遅れました。私、あなた方の敵が一人・イリーと申します。周囲からは『クラッカー・イリー』と呼ばれております。以後、宜しく】
イリーがそう言い終わるのと同時に、仰向けに寝転がったまま話していたニコラへ天上から無数の巨大な釘が降り注いだ。
「……随分とクレイジーな歓迎だねぇ。私じゃなきゃ死んでたわよ?」
【あなたであれば死なないんでしょう? ならいいじゃありませんか。それより、早くその針を抜いて立ち上がっ てはどうです?あなたになら出来るはずですよね?】
「まぁ、出来るけどさ……そういう言い方もアレじゃない?」
【そうでしょうかね。まぁ、勘弁して下さいよ。普通敵が攻めてきたのなら、口汚く罵りながら問答無用で殺しに掛かっていますよ?】
「……確かに、そういえばそうだねぇ」
幾つかの針を抜いて立ち上がったニコラは、残る針を抜きつつ辺りを見回した。これでも一応狐であるからして、霊長種よりは夜目が利き暗所ではそうそう視覚の優位性を失いはしないのである。
「……イリーちゃんだっけ? あの子、何処に行ったのかしらね……」
そう言いつつ再び歩き出すニコラは、気付いていなかった。この場がイリーの管理下にあり、彼女が設計し孫達と共に製作した罠や機械類のひしめく彼女の独壇場であるという事に。
次回、各メンバーは更なる脅威と遭遇する!