第百八話 だから亭主よ、自信を持てと
ツジラジ第四回、遂にスタート!
―廃洋館地下―
『せェーのッ、ツジラジっ!』
無駄に機嫌と元気の良い声が大陸全土に響き渡る。勿論、拾ってきた廃材を修理することで得たスピーカーが鎮座する芽浦邸の屋内にも、でかでかと。
【ツジラめ、遂に現れおったか!】
【いよいよですね。私も久々に本領を出す頃かも知れません】
【肉が震えるな。遂にあのイモウトキシンとアニジキニンを相手に戦える時が来ようとは】
【共に行かせてくれ、エイロン】
【勿論だウィルバー。共にあの兄妹を打ち倒そうではないか】
【ほぉ、やっぱエイロン達はあの敬語使いコンビ狙いか。らしいじゃねぇの】
【そう言うヴィクター、あなたは誰狙いなのですか?】
【誰狙いかだと? 決まってんじゃねぇか。俺が狙うのは嶋野と黒物体だ。口の利き方からして運命としか思えなくなっちまってんでな】
【ヴィクターさんが羨ましいですよ。私は魔術師だけに青色さんと一戦交えたいと思っているのですけど……やはり不安ですわ……】
【安心して下さい、ネフルさん。『自信のない答案ほど点は振るう』ですよ。私は個人的にニコラ先生狙いなんですが、彼女は不死身ですし、適当にあしらったら其方へ向かいますって】
【本当ですか? 有り難う御座います、イリーさん】
子供達は口々に『自分の狙いは誰か』とか『戦いではどんな技を使うか』等、これから始まる戦いについて、まるで家族旅行か地上波初放映の映画をのような感覚で語り合っている。
「みんな、準備万端なようで何よりなのだ」
語らい会う我が子等の前に姿を現した春樹は、ライフルと無反動砲の中間的な大型銃を持ち、両肩へ袈裟状に革製のベルトをかけていた。ベルトには弾頭とも試験官とも見て取れるものが挿さっており、弾薬であろうと思われる。
【これはこれは母上様。とうとう本日が運命の日となりましたのう】
「うむ。皆が一致団結して強敵に立ち向かう事は良いことなのだ。皆それぞれ油断しないよう、負けてでも絶対に生き残れるように、程良く全力を尽くして頑張ろうなのだ!」
【当然、母上様の子である以上生きて戻る事を最優先事項として念頭に置いております】
【日々全力に絶対満足! 他人ばかりでなく自分の為にも! 御大と母上様が何時も口癖のように言ってた事じゃあねえですか! なあテメェ等ぁ、そう思うよなァ!?】
ヴィクターの呼びかけに、他の面々は各々同意するように雄叫びを上げる。
「みんな……僕はみんなを産めて、本当に良かったと思ってるのだ。死んだズィトーも、きっと天国で喜んでる筈なのだ!」
【御大……】
「さぁ! そうと決まればそれぞれの配置につくのだ! ツジラ達は今でこそ葉書を読んでいるけど、何時攻めてくるかは解らないのだ! だからこそ、準備は迅速に済ませるのだ!」
《【はいッ!】》
―同時刻・スタジオ内―
「はい。そういうわけで次のお便り行ってみましょう。イスキュロンはデザルテリア西部にお住まいの羽毛種、ラジオネーム『新生宇宙帝国の底辺』さんから頂きました」
スタジオ内にて、香織が投稿された頼りを読み上げる。
「『ツジラジの皆さん、初めまして』」
《「はい、初めまして~」》
「『私はデザルテリア西部で製鉄工場を運営している者です。第一回放送から家族揃って楽しんで聞かせて頂いております』
はい、有り難う御座います!
『さて、今回こうしてメールさせて頂いたのは、皆さんにお礼申し上げたいと思ったからです。
今年で揃って50になる私達夫婦には、士官学校へ通う中学生の息子が居ました。過去形なのは、息子が既にこの世に居ないからです。
というのも――これは後の調べで明らかになったことなのですが――息子は嘗てあの秋本という男によって、かくも理不尽な理由で殺されてしまったらしいのです。息子は私に似ず勉強が得意で、妻に似て優しく思い遣り深い大切な存在でしたから、当然死んでしまったと聞かされた時のショックも相当なものでした。妻などは、普段から冗談交じりに自分は肥満体だと言っていたのですが、息子が殺されたショックから拒食症に陥った挙げ句自傷行為に走り、生きていることが信じがたいほどに痩せこけてしまいました。
今でこそ健康状態は回復し、本人は元通りになったと言っていますが、三十年来の付き合いである私から言わせれば、妻の心についた傷が完全に癒えたとは世辞にも言えません。しかしそれでも、追い詰められた妻が元気を取り戻す切っ掛けになったのは、他でもないツジラジ第三回でした。全大陸にリアルタイムで流れる皆さんの元気な声や楽しいトークは妻に元気のエネルギーを与え、嶋野二十五番さんと黒物体Vさんが秋本にトドメを刺した辺りで、妻は拒食症や自傷行為と縁を絶つと決意したそうです。
お恥ずかしながら私は、妻に何もしてやることが出来なかった。だからこそ、これからは妻を全力で支えていきたいと思っています。ツジラジの放送に携わるスタッフの皆さん、妻が立ち直れたのは単に貴方達のお陰です。本当に、有り難う御座いました』
という事なんですが……嶋さん黒さん、何かある?」
香織にそう言われ、リューラとバシロはリスナーに向けてのメッセージを考えた。
「そうさな……『新生宇宙帝国の底辺』さん……アンタぁ、嫁さんが立ち直れたのは私らのお陰だと言いましたね?」
「しかしながらですね、俺等ァそんな大した事ぁしちゃいませんよ。ただ司会のツジラに言われるまま好き勝手暴れ回ってやがるだけです」
「つまり、嫁さんが立ち直れたのは私らの手柄じゃあねぇ。アンタ達夫婦の手柄なんです。『何もしてやることが出来なかった』? 馬鹿言っちゃあいけませんぜ。アンタはやれるだけの事をやったんだ。嫁さんの側に、『逃げずに居てやる』って事を為し遂げてやったんだ」
「『他人に何かしてやる』ってのが、必ずしも能動的な真似だとは限らねぇんスよ。ただそこに『居てやる』って事でも、十分誰かの役に立てたりするもんなんです」
「特に落ち込んでる奴なんかは、寧ろ善意でも能動的になんかしようとすんのは逆効果だったりする。鬱病の奴を元気付けようとしたつもりで声かけたのが裏目に出て落ち込ませちまったりなんてのはザラだ。だからそこで敢えて意欲を引っ込めて、相手が『助けてくれ』って言ってくるまでそっと見守ってやるってのも、そいつの為に何かしてやるって事なんですよ」
「そもそもそれ以前にアンタは嫁さんが鬱という現実から『逃げなかった』んでしょう? 今の時代、家族の絆って奴は弱り初めてやがる。飼い犬飼い猫を家族だ何だと言っておきながら、散々着せ替え人形にした挙げ句捨てる奴も居れば、少々のことで離婚云々言い出す奴、親やガキをストレスのはけ口にいたぶり殺す奴だってそう珍しくはねぇ」
「ガキ無し50代っつったら、只でさえ家内に飽きて浮気に走るクソ亭主とか、宿六殺しを企てるクソ嫁の出始める年代だ。そんな奴らは相手が精神病になりゃ、待ってましたとばかりに裏切って捨てる。だがそんな中で、アンタは嫁を裏切りも捨てもせず、浮気もせずに頑張ったんだろ? それは十分称えられるべき事だ。浮気だの離婚だのに走るほど性根の腐ってねぇとしても、自殺で逃げるって選択肢もあった筈だ」
「だがアンタはそれをせず、馬鹿馬鹿しく思えてもひたすら、嫁さんを心配し続けた。今の時代、それは無茶苦茶大変な事なんですよ。だからアンタは、自信を持って良いんだ。『新生宇宙帝国の底辺』なんて、遜ったつもりなんでしょうが、そんなハンネは似合わねぇってモンです。『頂点』だの『ボス』だのは無理でも、せめて『中堅』とかぐれぇにしときなせぇ」
「『新生宇宙帝国の底辺』さんからは、同時にリクエストも頂いています。
曰く『家族揃って大好きだったテレビドラマの主題歌で、言わば家族の絆の象徴でした』との事。ではお聞き下さい。テレビドラマ『七式探偵七重家綱』主題歌―『鳴海師団&Axrl Rage』で『誉れ高き探偵達のうた』―どうぞ」
次回、対決開始!