第百七話 メテオ・ジ・エッグ 終編
法的には爆死した事になっているクルスでしたが……?
―前回より―
結果として、クルスは自宅諸共吹き飛ばされてしまいました。しかしここで易々と何もかも消し去られるようでは、そもそも海神教の下級信徒などやっていられる筈もありません。クルスはあの携帯電話のキー操作一つで魔術と研究室のギミックを同時に作動させ、自身の身を守ると同時に地下で匿っていた少女やズィトーと彼らの子供達をアクサノの熱帯雨林に逃がしていたのです。
但しシステムには限界があり、地下研究室にて作業に当たっていた部下達を救い出すまでには行きませんでした。家に保管されていたクルス自身の財産や研究データ等も全て失ってしまう結果となりましたが、命には代えられません。
―クルス宅爆破から一ヶ月後―
「(それにしても、新しい信帝という奴は一体何者なんだ? 知略でアノマ氏を辞任させたとすれば少なからずとも何らかの野心家な筈だが……。いや、待て。組織を内部から破壊するつもりなのかもしれない。だとすれば早急に手を打たねば……。今更海神教がどうこう言うわけではないが、法的に死人となった今私の行き先は最早裏社会しかない。となると先立つものが必要だな)」
歩き出すクルスの手元には、念のためにと奪っておいた教団関係者の銀行口座番号やクレジットカードの暗証番号等をまとめたメモ書きが握られていました。それは嘗て自分を殺した矢茂井を含む5人のもので、信徒時代のクルスと特に仲が悪かったが為に選ばれた5人でもありました。
口座番号や暗証番号を用いてまんまと多額の金を引き出したクルスは、続いて拠点となる新居を探してフードを被り街を歩きます。暫く歩いていたクルスは、ふと何処からか何者かの視線を感じ取りました。
ふと振り向けば、狭い路地に小さな女の子が佇んでいます。
「(……ん?あれは……)」
霊長種らしき外見である女の子の肌は白く、髪は長く青紫色をしていて白いワンピースを着ていました。その瞳は左が赤で右が青という、所謂オッドアイと呼ばれるものです。
「(妙な雰囲気の少女だな。此方が何とも思っていなくても、不思議と惹き付けられるような……)」
ふと女の子と目が会ったクルスは、無意識の内に少女の元へ歩み寄ってしまいます。
「(何だ…あ、脚が勝手に……まるであの少女に誘導されているかのようだ――ッ! ま、まさか……まさか彼女は、私の生存を察知した組織が送り込んできた暗殺者か!? 幼いからと言って油断は出来ない……種族によってはある時を境に成長や老化が止まるとも言うし、その可能性も……と、止まれ! 止まってくれ、私の脚っ!)」
クルスの念が通じたのか、彼の歩みは少女の眼前でピタリと止まりました。ポーカーフェイスを決め込みながらも内心焦りっぱなしのクルスを尻目に、女の子は上目遣いで言いました。
「こんにちは」
それは淡く透き通るような、天使とも魔物とも言い表せる声でした。声を聞いてふと唐突に落ち着きを取り戻したクルスは、平常心を保って挨拶を返します。
「はい、こんにちは。お嬢さん、お一人ですか?」
「うん。私は一人。一人だけなの。お兄さんも、一人?」
「(騙されるな……保護欲そそる外見で油断させて殺すつもりかもしれん……)えぇ、私も一人ですね。家族や仲間達とも離れ離れで……」
「そうなんだ。お兄さんも、一人なんだね」
その後暫く女の子と話し込んだクルスは、少女が空腹である事を察し食事に誘う事にしました。長年の経験から考えて、この女の子は自分に悪さをしようとしているのではないと考えたからです(若い頃から海神教幹部をやっていたクルスは、初対面の人と暫く話せば大抵その他人が自分の何なのかを的確に察知する事が出来たのです)。
食事を終えた頃、クルスは女の子とすっかり仲良くなっていました。クルスは今の今まで独身で、恋人さえ居た事がありませんでしたが、ふと出会ったこの女の子を、まるで実の娘であるかのように思い始めていたのです。
そしてその夜、女の子に隠された驚くべき秘密を知ったクルスは、遂に海神教へ反旗を翻すことを決意します。嘘の情報により自分が死んでしまったと思い込んでいる親戚達に事の真相を話して仲間に引き入れ、着々と準備を進めていきます。そして爆破事件から一年後、クルスは遂に自分からあらゆるものを奪った現信帝を殺害し、謀反を成し遂げたのです。
信帝へと成り上がったクルスの側には、嘗て街で出会った女の子が居ます。一方、彼の計らいで熱帯雨林に逃げ出したズィトー一家も人知れず佇む廃洋館へ住み着き、そこで幸せに暮らし始めました。
その間に様々な事件が起こり、常に一家の支えとして頑張っていたズィトーは逃げ出して二年ほどでこの世を去るなど、苦しい事や悲しい事は数え切れないほどありました。しかしそれでも少女――もとい、芽浦春樹とその子供達は挫けませんでした。何故なら、苦しみや悲しみを上回るほどに、楽しい出来事や嬉しい出来事も沢山あったからです。
更に一家は、挑戦する事をやめませんでした。例えば敵襲に備えるため、家の地下を掘り進んで住めるようにしたり、その穴を伝って街まで行って回収した粗大ゴミを使って家具などを作ったりしたのです。
挙げ句の果てに、春樹はとんでもない事を言い出しました。自分が嘗て産んだ子供達との間に更なる子供達―つまり大勢の孫を産んだのです。
しかもその数は5や10などというものではなく、ゆうに何十、何百にも及びました。父親によってそれぞれ異なる姿をした孫達を、労働者として用いようと考えたのです。
例えばネフルとの間に産まれた孫達は魔術を仕えますし、ヴィクターとの間に産まれた孫達は力持ちで頑丈です。但し、だからと言って奴隷のように扱うのではなく、ちゃんと母親として接する事を春樹は忘れません。
結果、芽浦一家の住まう廃洋館は個性豊かな怪物達が集うちょっとした要塞になったのでした。ちょっとしたとは言いますが、外部の警備をしている孫はアガシュラさえも食べてしまうという事実を、読者の皆さんは知っているかと思います。
かくして時は巡り、現代。芽浦一家はツジラ一味という強大な敵との戦いを控えています。果たして、彼女らはツジラ一味という難敵に打ち勝ち、更なる高見へ登ることが出来るのでしょうか?
それはまだ、作者ぐらいにしか解らない事なのです。
次回、遂にツジラジ生中継がスタート(予定)!