第百六話 メテオ・ジ・エッグ 後編3
異変が訪れたのは半年後……
―前回より―
子供達が産まれて半年が経った頃、事件は起こりました。商店街へ買い出しに出掛けていた新人研究員・宮田が何者かに襲撃され重傷を負ったのです。宮田はクルスの計らいにより伯父の運営する病院に担ぎ込まれましたが、治療も虚しく死亡してしまいました。
―後日・伯父の自宅にて―
「宮田の件は、本当に済まなかったと思っている」
「いえ、いいのですよ。宮田君の死は認めがたいものですが、だからといって伯父様や医師の皆様を責めるのは馬鹿の真似というものです」
「そうか……クルスは相変わらず優しいな。海神教にあるまじき優しさだ」
「愛と絆の尊重はヒトとしての基礎です。種族も宗派も関係ありません」
「それはそうだが……」
「それで、本題は何です?まさか瀕死の患者を救えなかった事を謝罪するだけの為に呼びだしたわけじゃありませんよね?」
「勿論、本題はここからだ。実は近頃、本部に不穏な噂が流れていてね。本部に居る事のない君らは知らないだろうが、近頃内部で反乱が起こりそうなんだ」
「反乱? それのどこが不穏な噂だと言うんですか? 御言葉ですが伯父様、以前より冗談の腕前が落ちましたね?」
「私は冗談など言っているつもりは無いんだが」
「いえいえ、失礼ながら冗談ですよ。そもそも我が海神教の歴史とは血塗られた戦いの歴史でしょう? 遙か昔―それこそ『海神教』が『海神派』という単なる林霊教の一宗派であった頃から、幾度と無く繰り返されてきた事じゃありませんか。ヤムタ語で言うところの『ゲコクジョウ』による『テンカトリ』を夢見た者共の数など、それこそ浜辺の砂の数ほども居る。当然、九割以上がしくじって自滅していますが……」
「すまない、『反乱』というのは少し語弊があったかも知れないな。正しくは『組織の転覆』かも知れない」
「組織の転覆?」
「そうだ。何者かが裏で暗躍し、今の信帝をその座から追い落とさんと狙っているらしい……あくまで噂だが」
信帝とは、海神教の組織内で最上位にある階級の事です。
「アノマ信帝を? いきなりですか?」
「噂によればな」
「妙な話ですねぇ。普通は最低でも上級信徒から攻めそうなものですが。用心深い者ならば、支部信徒からというのも普通ですし」
事実、過去に居た反逆者の内極めて少ない成功者はその殆どが支部信徒や下級信徒等、下から順番に攻め落としていくという戦術を用いた者でした。
「そうだ。だが、どうも今回の反逆者は信帝様を最初から直に狙うらしい」
「良いんでしょうかねぇ。アノマ信帝と言えば、霊長種ながらにモリ一本でメジロザメを仕留め、不確かながら『シロミガミ探索隊』を率いたとも言われる程の豪傑で」
「産まれながらの秀才でもあり、エレモスを除く五つの大陸でそれぞれ当時の最難関とされた大学を主席卒業した程の学力だとも言われ」
「挙げ句の果てには古式特級魔術の使い手であり、ヴァーミンの保有者でもありますからね」
「確か、十番目の『センチピード』だったか? 十ある中でパワーと耐久力については右に出る者無しという」
「えぇ。現時点で確認されている限りでは、ルタマルス軍上級大将『ランゴ・ドライシス』や指名手配犯『スキンク・ラケーリー』等と並ぶ実力者の一人です」
「それぞれ『ワスプ』と『アサシンバグ』だったか?まぁ何にせよ、相手方が余程の馬鹿でもない限り武力的に挑み掛かるという事は無いだろう」
「となると、暗殺や計略でしょうね。とりあえず注意しておくに超したことはないでしょう」
「そうだな」
この時二人は「どうせまた失敗に終わるだろう」と高を括っていました。しかし事態は、思わぬ方向に動き出すのです。
―三日後―
その日の夜、クルスの自宅全域に緊急事態を報せる警報ブザーの音が鳴り響きました。一体何事かと思って外に出てみると、クルスの自宅は海神教の保有する戦闘部隊によって取り囲まれていました。
「(屋根に弾痕……あの大きさは榴弾だな。どうりで揺れたと思った……)
一体何です!? 何の冗談ですか、これはっ!」
普段感情的になることが少ないクルスも、この異常事態には声を荒げて怒鳴らざるをえませんでした。
「(あのエンブレムはギルマン支部……矢茂井さんだな……)ちょっと矢茂井さん! ヒトの家を取り囲んだばかりか榴弾で屋根を壊すなんてどういうつもりです!?」
「どういうつもりって君、信帝様の命令だよ」
怒鳴りつけるクルスに、ヤツメウナギ系鰓鱗種・矢茂井は中が液体で満たされたパワードスーツ型の機械内部で蜷局を巻きつつ言いました
「信帝様? まさかアノマ信帝がこうしろと命じたんですか!?」
「いいや、違うよ。アノマ氏は辞任した。この世界で生きるのに疲れたそうだ」
「じ、辞任っ!?」
「そうさ。一昨日正式な辞任式を執り行い、彼は組織を去った。その翌日に襲名式があってね。早速新しい信帝が決まったよ」
「……そうだったんですか」
「そう言えば君は昔からこういう式典の類に出ることは無かったね。それでよく幹部格にまで昇格出来たものだ。流石は海神教始祖信徒が一人マルサの血を継ぐディーエズ家と言ったところか」
「実力の賜物と言って欲しいですね。我々は他の始祖家系と違って、家柄や経済力を理由に昇格するという事は殆ど有り得ませんので」
「そうか。それはすまなかったね。まぁよしとしてくれよ――君達の信徒生活も、今日でお終いなんだからさ」
その言葉に、クルスは一瞬耳を疑いました。
「…どういう意味です?」
「どういう意味って、決まってるだろう? 新しい信帝様からの命令だよ。『クルス・ディーエズ一味と、彼らが必死に隠し持っている"例のもの"をこの世から消し去れ』とね。僕はその命を果たす為、今ここにいる」
「ほう、我々を消す……ここを爆破でもして事故死に見せかけますか?」
「そうだ。爆破装置はこの家の周囲と、地下にある研究施設に満遍なく仕掛けてある。僕が起爆スイッチを押せば、君らはここで粉微塵というわけだ」
「成る程……そういうことですか」
「遺言を伝えたい相手が居るなら電話くらいは許可しよう。三分間待ってやる」
「それはどうも。では御言葉に甘えて――
「馬鹿め」
「!?」
クルスが携帯電話のキーを押した瞬間、矢茂井は手元に隠していた起爆スイッチを押しました。凄まじい爆音と共に炎が上がり、クルスの自宅は吹き飛びます。しかしその爆発は不自然なまでに限定的で、矢茂井達には炎どころか爆風の一つも及んでいませんでした。
「同僚でも何でもなくなった奴の言うことを易々と信じるもんじゃないよ。そんなんだから新しい信帝にすぐさま見捨てられるんだ、哀れな奴め。さぁ皆、早くずらかるよ。警察ならまだしも林霊教の奴らや防衛隊に見付かったらことだ。それこそ僕らが上から消されかねない」
そう言って矢茂井達はその場からそそくさと逃げ出しました。翌日、クルスの自宅は原因不明のガス爆発事故によって吹き飛んだと報じられました。当然、海神教の仕業です。
そして北極に落ちてきた隕石の一件は、斯様に何とも不完全燃焼の形で決着したものと思われました。
しかし事件は、まだ終わっていなかったのです(いい加減長すぎるって? まぁもうちょっとお付き合い下さいよ)。
まさか本当にここで終わってしまうのか!?