第百五話 メテオ・ジ・エッグ 後編2
『誘拐された少女』と『隕石生まれの彼』の間柄や如何に
―前回より―
隕石から産まれたそれは、くすんだ緑灰色の外骨格と、有機的でありながら何処か機械的でもあるフォルムが特徴的な生物でした。甲殻類のような外骨格、竜種のような長い首、頭足類のような力強い触手、気分によって色の変わる宝玉のような目玉、音楽や絵画などの芸術を理解する事が出来る程に高度な知能等、その生物はとても奇妙で謎めいていました。
誕生を見届けて以降この生物にすっかり魅了されてしまったクルス達は、委員会の座についてからもその成長を懸命に見送り続けました。因みにクルス達が謎の生物を『彼』と呼び男性として扱っているのは、骨格や内臓の形状や成り立ちから判断した結果でした。
「して、如何です? 彼らの様子は」
「順調に馴染んでいるようですね。やはり記憶を消してほぼ自然体の状態まで初期化したのが功を奏したのでしょう」
「いやぁ、凄いですよ全く。今は仲良く飯食ってますがね、初日から一日中一緒ですから」
三人が見つめる先には、簡素な中に部屋の主が佇むだけのアクリル水槽から一変して高級な一軒家同然の内装に姿を変えた飼育室がありました。麻酔銃と魔術によって眠らされた状態で誘拐され、記憶を消去された少女と『彼』と呼ばれる謎の生物は現在、クルスの私財と研究費によって設立されたこの部屋の中で同棲中のカップルが如くに振る舞っているのでした。
―飼育室の中―
「ズィトー、ズィトー、聞いて欲しいのだ!」
【どうしたのだね?】
「今日のお昼に研究員のお姉さんから面白い話を聞いたのだ!」
【ほう、面白い話か。是非聞かせて欲しいな】
「えっと、漫画やアニメでよく読者や視聴者に向けてキャラクターが話し掛けたり、お話が気に入らなくなって作者に文句をつけたりするでしょ?」
【あぁ、『メタ発言』の事だね?】
「そうそう!その『メタ発言』なんだけど、もっとかっこいい呼び名があるって話なのだ!」
【格好の良い呼び名?】
「そうなのだ! 何か『第四の壁を超える』とか『第四の壁を壊す』とか、そういう言い方もするらしいのだ」
【第四の壁か。確かにお洒落で気の利いた言い方だね。それで、その由来とは何だい?】
「大本の由来は舞台でやってるお芝居らしいのだ。お芝居の舞台は四角形で、お客さんが観客席から見ているのが『第四の壁』なのだ」
【成る程。つまり『第四の壁』とは、観客の居る『現実世界』と役者の居る『空想世界』とを隔てる為に存在が仮定される『不可視の壁』というわけだね?】
「その通りなのだ。だから『現実』と『空想』を隔てる『第四の壁』を超えたり壊したりする事は、立派なメタ発言なのだ。当たり前の事かも知れないけど、新しい事を知っていくのってとっても楽しいことなのだ!」
【あぁ、それについては私も賛成だよ。私達にはまだまだ知らないことが多すぎる。だからもっと、色々なことを学ばなければならない】
こうして文面を読んでいると解らないかもしれませんが、『隕石生まれの彼』こと『ズィトー』の発する言葉は、タンビエン因子を持たない者にとって獣の唸り声としてしか認識できないという事を改めて思い出して下さい。その上ズィトーの姿というのは、先程も述べましたとおり『外骨格と触手を持つ、半ば機械的な頸長竜か大蛇のような姿』なのです。
よって文面だけなら微笑ましく思いようのある会話風景も、傍目からは恐ろしげで正体不明の怪物にピンク色の髪の少女が一方的に語りかけているようにしか見えないわけであります。
しかしクルス達はズィトーが持つ宝玉のような三つの目玉から彼の感情を読み取る術を知っていましたし、そこから読み取るまでもなく彼らには低質ながらもタンビエン因子を持つ護藤が居ますから、会話文を彼女に翻訳させてしまえば大概観察には苦労しなかったのでした。
そして少女とズィトーの同居が始まって一年半が過ぎた頃、研究所全体が喜びに包まれるような事態が起こりました。あれからお互いを恋人以上の存在と見なすようになった彼らの間に、大勢の子供達が産まれたのです。
それらはいずれもズィトーに似てよくわからない姿をしていましたが、少女の血を継いだ証なのかヒトの言葉を話す事が出来ました(とはいっても、電子加工されたような奇妙な声でしたが)。
産まれながらにして両親顔負けの知恵を持っていた子供達は、少女を母上、ズィトーを御大と呼び(何故父上様と呼ばないのかは解りません)、それぞれ自分達の名前を名乗るまでしました。
金色をした恐竜のような姿の『カイゼル』は、他の子供達から頼られるリーダー格でした。
その『カイゼル』を細く銀色にしたような姿の『キュリオ』は、穏やかで心優しい性格でした。
成人男性ほどの背丈をした赤銅色のヒューマノイド『ペイジ』は、理性的で手先が器用でした。
特に言い表すことの出来ない奇妙な姿をした『ウィルバー』は、用心深い性格で皆を助けます。
ゼリーのような身体の『エイロン』は、パワフルでありながら機転の利く名参謀でもあります。
青くて細長い身体の『イリー』は子供達の中で一番小柄でしたが、コンピュータの扱いや計算がとても得意です。
マントを着た蟲のような姿の『ネフル』は心配性で恐がりでしたが、誰にも負けない魔術の天才でした。
子供達の中で一番身体の大きな八本脚の『ヴィクター』は、赤い身体が示すとおりに情熱的で好戦的な戦いのプロでした。
クルスは子供達を温かく受け入れ、彼ら専用の居住区を自宅の地下に造り上げました。彼らが愛しかったという事もありますが、本当の理由は彼らを立派な海神教の信徒に育て上げるという事でした。
未知の力を持つ子供達の力を以てすれば、林霊教やアクサノ防衛隊を倒すだけでなく、他の大陸をも制圧・支配する事が出来ると考えていたからでした。
しかしその半年後、クルスの企みは思わぬ形で崩れ去ってしまうのです。
次回、クルス・ディーエズ生涯最大の危機!