第百四話 メテオ・ジ・エッグ 後編1
クルス達の決行する作戦とは?
―前回より―
三日程経った頃、ある都市の市役所にてちょっとしたテロ事件が起こりました。人々で賑わう市役所に、突然大容量のコンテナを引っ張った巨大なトレーラートラックが突っ込んできたのです。
「うわああああああああああ!」
「ぎゃあああああああああ!」
「助けてくれぇー!」
公園ほどの広さを誇る市役所の駐車場へ猛スピードで突っ込んできたトレーラートラックは、職員や利用客の車という車を無茶苦茶なドリフト走行で薙ぎ払いながら、トレーラートラックはコンテナ共々突っ込んでいきます。その様たるやまさに純然たる質量の暴力と言った具合で、城か要塞のように巨大な市役所へ横転した状態で背中から突っ込むという散々な有様でした。
当然建物内部はパニック状態に陥り、死傷者が続出しました。職員達は我先にと逃げ惑う利用客達を纏め上げんとして奔走しますが、それさえも殆ど意味を成しません。
中には暴動鎮圧のために魔術で突風を起こしたり、スタングレネード(炎ではなく強い光を放つ手榴弾)を使う職員まで現れました。しかしながら、パニックは何をやっても収まる様子がありません。
そんな中、突如大きな爆発音と共に横転したトレーラートラックのドアが吹き飛びました。爆音のショックによって場が凍り付いたことにより暴動は一瞬で鎮圧されましたが、次に何が起こるのか全く予想出来ない生存者達はただただ不安と恐怖に怯えることしか出来ません。
ふと、トレーラートラックの中から覆面で顔を覆った霊長集の男が現れました。運転手と思しき中年男性は青と白で彩られた裾の長い奇妙な衣類を着ており、彼が海神教の関係者である事を如実に物語っていました。
横転したトレーラートラックの上に立った運転手は、拡声器を手に取って言いました。
「動くなァッ! この場は我々海神教セイレーン支部が占拠したッ! 貴様等は人質であり、我々の奴隷であるッ! これ以降貴様等は我々の命令に従って貰う! 命令に背く者は問答無用で処刑するッ!」
運転手は天上に向かってサブマシンガンを乱射し、それに怯えた生存者達は思わず縮こまります。
ある職員が魔術を放とうとしましたが、突如得体の知れない不可視のエネルギーが働きかけて魔術は消え失せてしまいました。
「尚、今この空間は海神教に伝わる秘術によって我々が許可したもの以外の一切が無力となるように設定してある! よって貴様らによる魔術は勿論、学術やあらゆる武器の類もこの場では意味を成さない事を念頭に置いておけ!」
演説を終えた運転手は、続いて横転したトレーラートラックのコンテナの最後尾を力強く蹴り上げました。するとその衝撃でコンテナの扉が抜け落ち、中から種族も体格も武装も様々な海神教の信徒達が現れ、それぞれが出入り口等で武器を構えて見張りにつきました。
―同時刻・都市の外れ―
「順調なようですねぇ、あちらは」
都市の外れにある住宅街に停車する、ナンバープレートのないワゴン車の窓から長い首を出して外の様子を伺うのは、海神教信徒クルス・ディーエズでした。
「はい。先生の目論み通り市内の警察機関や報道陣は全面的に市役所へ人員を割いていますね。本来なら本部に残すべき必要最低限の人員さえ別件で外部に向かわせてる辺りかなりの徹底ぶりかと」
「それも市内ばかりか市街の警察署にまで出動要請だしてますよアイツ等。
馬鹿ですねぇ、そんなんだから能無しの民間人共からも税金泥棒呼ばわりされるんだ」
後部座席から聞こえてきた声の主は、クルスの部下である青波とティンギーでした。もうお気づきかも知れませんが、クルス同様この二人も海神教の信徒だったりします(というか、クルスは海神教関係者以外を部下にしないんですが)。二人ともそれぞれ『スキューレ支部』『ラハブ支部』管轄の支部信徒であり、これら二つの支部は現在市役所を襲撃している『セイレーン支部』より上位に属していたりします。
市役所での騒ぎが益々大きくなっている事を改めて確認した三人は、早速作戦に取り掛かります。
まず運転席のクルスが窓を閉めきってエンジンをかけるのですが、その時の三人は車内なのに何故かヘルメットをかぶり、災害救助や工事の作業員が着るような耐衝撃仕様のスーツを着込みました。
「では二人とも、良いですか?」
二人が頷いたのをルームミラーで確認したクルスは、車のアクセルを力一杯踏み込み、狭い道の中を猛スピードで進んでいきます。途中通りがけの人々と出会しもしましたが、(一応最低限のルールとして轢き殺さないよう配慮はしたものの)気にも留めずにクルスは進んでいきます。
そしてある場所にさしかかった所で、クルスは勢い良くハンドルを切りました。路面とタイヤが擦れ在って甲高い音が近所に鳴り響きますが、それでもワゴン車は止まろうとしません。
そして次の瞬間、クルスの運転する暴走ワゴン車は、街にある児童養護施設『キンギョソウ』へと正面から突っ込んだのでした。
―児童養護施設『キンギョソウ』―
突然の事故にパニックを起こす子供達を落ち着かせようと、職員達は必死に奔走していました。しかしそんな被害者達を嘲笑うかのように、三人は爆竹と煙幕で更に騒ぎを大きくしてしまいます。
「ターゲットはこの子です。なるべく迅速に探し出して下さい」
「はい」
「お任せを」
施設の奥へ向かう二人を見送ったクルスは、小型の連射式麻酔銃で無抵抗なままの子供や職員を次々と眠らせていきます。
「殺さないだけ有り難いと思いなさい。私ほど平和的な海神教関係者はそう居ません」
クルスがそう言っている内に、どんどん煙は晴れていきます。
「先生!」
「お待たせしました!」
「おや、案外早かったのですね。他の子供や職員はどうしました? まさか殺してはいないでしょうね?」
「大丈夫ですよ。全員気絶させました」
「少し手荒になっちまいましたが、死んじゃあ居ない筈ですよ。それより先生、こいつで大丈夫ですか?」
ティンギーの腕に抱かれていたのは、大体10歳~12歳くらいの女の子でした。クルスが使ったのと同じ麻酔銃の作用で眠らされているのでしょう。
「えぇ。確かに彼女で間違い在りません。彼女こそ、今世紀最高品質と言っても過言でない程に上質なタンビエン因子の保有者です。これならば"彼"も満足するでしょう。余計な記憶は全て消し去って書き換えてしまえば、ふと思い出してショックに陥るという事もありません」
「じゃあ早いところ逃げましょう。近隣住民が通報してるかも知れませんし」
「それにセイレーン支部じゃ高が知れてますぜ、先生。ここはさっさと逃げるに限ります」
「それもそうですねぇ。ではそろそろ撤退するとしましょうか。青波さん、一応睡眠の魔術を施しておいて下さい。変なところで薬が切れたらそれこそ洒落になりません」
「わかりました」
かくして見事作戦を成し遂げたクルス達でしたが、一方のセイレーン支部は調子に乗りすぎた結果駆けつけた機動隊の突入を許してしまい、全員が射殺されてしまいました。これにより空席となった委員会の座はクルス達が引き継ぐこととなり、隕石から産まれた『彼』に関する研究もまた、新たなる局面を迎えようとしていました。
次回、攫われた少女と『彼』の物語!