第百三話 メテオ・ジ・エッグ 中編
クルスは家路に就く
―前回より―
「おかえりなさい、先生。本日は如何でしたか?」
クルスの自宅で彼を出迎えたのは、部下である乙姫海老系外殻種の女・青波春女でした。
「只今戻りました。何時にも増して素晴らしい一日でしたよ。ところで、"彼"の様子はどうです?」
「相変わらず元気ですよ。どんなものも好き嫌い無く食べてくれますし、相変わらず芸術にに理解があるような素振りも見せていますし、研究員の皆は息子か弟が出来たみたいだと言っています」
「そうですか。それは何よりです。夕食が終わったら挨拶に行くことにしましょう」
「はい。それより大丈夫だったんですか? 彼の件を委員会に報告に行くと言ってましたけど……」
「心配してくれていたんですね? 有り難う御座います、青波さん。でも大丈夫ですよ。最初こそ何人かから批判を受けましたが、誠意を以て正当な理由を説明したら委員長さんが解ってくれたようです。証拠を見せたら認めてくれましたし、私の仮説は委員会によって正式に認可されることが決定したようです」
「では、研究費を増やして頂けるるんですね?」
「えぇ。これで来期からはもっと色々な事が出来るようになりますよ」
「そうですね。余ったお金は此方で好きに使って良いわけですし、そうなると益々使い道を冷静に考えなくてはいけませんね」
「その通りです。大金を得たからと言って、それをむやみやたらに浪費するのは愚行というもの。せめて一つか二つくらい、買う物の目星をつけておかねば。我々ヒトは獣と違って知性があるのですから、可能な限りそれを活用しない手はありません。ささ、ひとまず今は夕食にしましょう。青波さん、皆さんに声を掛けてきて下さいませんか? 私は支度を始めますので」
「解りました。では」
そう言って春女が立ち去ろうとした時、突然地下通路に続く階段を慌てて駆け上がってくる者が居ました。見ればそれは、クルスの部下として研究に協力するシビレエイ系鰓鱗種の青年でした。
「せ、先生っ! ディーエズ先生っ!」
「一体どうしたのです、ティンギー君。また研究所で実験体が暴れ出したのですか?」
「いいえ、そうではなくっ! 地下の方で、ですねっ!」
「地下……もしや"彼"に何かあったのですか?」
「先生、これはかなり大変なことになってしまったのかもしれませんよ? 『背後で水素爆発が起こっても何不自由なくクレジットカードタワーを完成させてしまうよう』なんてよくわけのわからない例え方をされるティンギー君がここまで取り乱しているんですし、直接地下に行って見た方が良いのでは?」
「それもそうですね。夕食は後回しです。ティンギー君、今一度現場まで案内して頂けますか?」
「畏まりました」
どうにか落ち着きを取り戻したティンギーと共に、二人は地下にある研究室へ向かいました。この研究室はクルスが余った研究費とその他の収益を費やして造り上げたもので、勤め先に備わった研究室よりずっと広く、色々な設備が備わっていました。
クルスが『彼』と呼ぶ、隕石から産まれた謎の生物は生来ここで管理されており、日々その謎を解明しようと研究員達が交代で色々なことを調べているのでした。
―地下研究室―
「ディーエズ先生! 来て下さったんですね!」
「どうしたのです? 一体何が起こったというのですか?」
「それが、ですね……"彼"の件なのですが……」
「"彼"がどうかしたのですか?」
「いえ、"彼"自身の事ではなく……"彼"の話し声を聞いたという者が現れまして……」
これには流石のクルスも驚きました。今の今まで『彼』が文字や芸術を理解するという事があった事から知能の高さは証明済みだったのですが、こと声に関しては大概得体の知れない呻き声や金切り声であり、それらの解析には未だ成功していなかったのです。
「な、何ですって!? それは一体誰なのです!?」
「はい。私です」
集団の中から現れたのは、比較的霊長種に近い姿のハクジラ系禽獣種・護藤でした。
「護藤さん……本当に、"彼"の声が理解できるのですか?」
「はい。つい先程から突然なのですが、"彼"の言葉が耳に響いて来まして……」
「それで、"彼"は何と?」
「はい……確か、『この絵画、この音楽は実に素晴らしい。共に語り合える恋人が居れば良いのに』……だった筈です」
「恋人……?」
「はい。確かに『恋人』と言っていました。何故私にだけ聞き取れたのかは解りませんが……」
「そうですか……恋人……成る程。ひとまず護藤さん、貴女の身体を調べさせて頂いても宜しいですか?」
「はい。是非お願いします。学術に携わる者の端くれとして、私自身も知りたいと思いますので」
「解りました。皆さん、もし何でしたら先に夕食を取っていて下さい」
「あ、私も行きますよ先生」
護藤の身体を調べたクルスと春女は、彼女の身体に起こったある異変の存在を突き止めました。それはプリンキピサ・サブマを扱える飛姫種が体内に持つPS因子と同じような存在『タンビエン因子』というものでした。
タンビエンとは林霊教の主神たる森の精霊であり、老齢ながらそれ故の強い力と頭脳を持ち、神話ではあらゆる精霊や神性の力を上回存在として知られていました。『書架』など林霊教絡みの特殊な力も、タンビエン若しくは彼の眷属が産み出したと言われているほどです。
そんなタンビエン因子が宿主に分け与える力とはつまるところ『ヒトならざる生命と対話・同調し、それらを使役出来る』というものでした。護藤は因子の力が弱かったが為に話し声を聞くので精一杯でしたが、クルスにとってはそれだけで十分でした。
何故ならば、それを知ったとき彼の脳裏には既に安易ながらも恐ろしい計画が浮かび上がっていたのですから。
次回、都市市役所にて大事件勃発!?