オモイノタネ10
本日、海の日―――
さんさんと照りつける太陽、雲一つ無い快晴、邪魔にならない程度に吹く涼しい風。
トータルすると、絶好の海水浴日和というやつだった。
そんな中、俺はというと、海を眺めている。休日ということもあり家族連れが多く見つけられる砂浜を、海を、地面より少し高い場所から眺めている。いち早く助けを求める人の元へ向かえるように。
俺はいわゆる、ライフセーバーというやつだった。
今日もこの海水浴場の平和は俺が命に変えても守っ……
「すみません!」
声をかける人が現れた。
「どうしました?」
椅子から降りながら訊ねる。母親と思われる女の人だ。
「子どもがクラゲに刺されたみたいで!」
「場所はどこですか?」
よくある出来事、と言っては悪いが、週に一回は起きている出来事なので冷静に対処する。
応急措置セットを持ち、仲間に救急車の要請を頼んで向かった。
「……ふぅ」
なんとか大事には至らず、子どもは救急車で病院へ運ばれていった。
クラゲによる事故、海において三本の指に入る出来事だ。
他二つは……
……と、そこで妙な姿をした人を見つけた。
太陽が照りつける砂浜で、黒いロングコートを着た人だ。日射し対策なのか、傘をさしてはいる。だがどう見たって雨傘で、そんなことするくらいならコートを脱げばいいと思った。
あのまま熱中症になられたら大変だ。俺は椅子から降りてその人の元へ向かった。
「すみません、そこの人」
性別が判断出来なかったのでそう呼んだ。
「……?」
振り向いた顔を見て、少し下くらいの女の人だと分かった。
「そんな格好では熱中症になりますよ」
「……」
女の人は少し考え、
「……別に大丈夫です」
と答えた。
「いえ、そういう過信が事故につながるんです」
せめて黒系色のコートでなければ良いだろうが、熱を取り込むそれは可能性を高めかねない。
「……大丈夫です」
よく見ると女の人は右手で傘の柄を握り、左手で謎の機械を持っていた。
黒くて四角い、箱のような物だ。
そして、それらを持つ女の人はその顔に汗一滴かいてなかった。
あんな格好で涼しい顔……いったい何者なんだこの人。
「すみません!」
誰かに呼ばれた。振り返り見ると、小学生くらいの男の子がいた。
「どうしました?」
「おじいちゃんが!」
すぐ熱中症だと分かった。
「場所はどこかな?」
「こっち!」
女の人も気になったけど、今はそちらに向かう。
その去り際に、
「エリ、反応があったわ」
「ん……行こう」
「それにしても暑いですね〜」
「アンタ、暑さ分かるの?」
「いえ全然」
「じゃあ何で言ったのよ!」
「ビーケ、早く行こう」
誰かと話していた気がした。
また大事に至ることなく、救急車で運ばれていった。はしゃぐ子供か、あるいは年長者がよく熱中症になる。水分はこまめに取っていただきたい。
これが海において三本の指に入る出来事の二つ目、
そして最後の一つ……コレは確率が他二つに比べ少ないが、故に最も危ない。
場合により、失われる命が簡単に増える可能性もある。
「……」
ふと、首から下げている物を見た。
お守り、という名でもらった、小さな容器。その中には、一粒の種が入っている。
確か、幾年か前に流行ったという植物の種だ。何でもちゃんと育てると、自分が欲する物になるとか。
まさかそんな訳あるわけないし、何故それをお守りにくれたのかはよく分からないが、効果は絶大。今年だけで幾人もの人を助けることが出来たのだから。
例えこの命に変えても、俺は人を助けてみせる。
その時、
「おい! あれ!」
誰かの叫ぶ声が聞こえた。砂浜中の視線が集まる先には、水面で両手を上に挙げて暴れる人がいた。
「あれ溺れてるんじゃねぇか?!」
俺は急いで駆け寄った。
一番危ない出来事、それは海で溺れる人の救助だ。
下手をしたら、助けに行ったこちらまで溺れてしまう。
その為準備を怠らない。浮き輪を持ち、充分に体をほぐしてから海へ、すぐに溺れている人の元へたどり着いた。
「大丈夫ですか!? コレに捕まってくださ…!」
その瞬間、恐れていた事が起こった。
溺れて正確な判断が出来ず、俺にしがみついた。
「!!」
予想外に強い力に、誤って浮き輪を離してしまった。しがみつかれているせいで手は使えず、足の力だけでは浮けない、俺達は少しずつ沈んでいった。
不味い……急なことに息を吸い忘れた。
それはあちらも同じ、このままでは2人とも溺れて…………
しかし、諦めない。
例え俺が溺れても、それでもこの人を助け出す。
この命に変えても。
その時、妙な光を見た。
海の中に、その光はよく見える。光の発生源は、何故か俺がかけている容器の中、中身の種からだった。
瞬間、容器が割れて中の種が形を変えて出てきた。
形を変えた種は溺れていた人を掴み、海面へ浮上していく。
あぁ、これであの人は大丈夫。
良かった……
力なく手が海面に伸び、海水を掴むだけに過ぎな…
その手に何かが触れた。
しかしこちらから握る力が出ない。それを感じたのか、何かは手に引っ掛かった。フックのような形状をしているらしい。
そしてそのまま、引っ張り上げられていき―――
―――気が付いたら、俺は砂浜の上に仰向けでいた。
確か……溺れていた人を助けて、そのまま俺が溺れてしまって……そうだ、何かに引っ張り上げられたんだ。
「……大丈夫?」
声が聞こえた。見ると上の方にコートの女の人がいた。
手には傘を持ち、何故か柄の方から雫が落ちている。
「……あの人は助かった」
多分、溺れていた人の事だろう。
「そして、貴方も」
「あぁ……ありがとう、ございます」
まさかこんな格好のこの人が助けてくれたとは思えなかったが、一応お礼を言った。
「……自らの命をかけて他人の命を助ける。美談かもしれない、けど、それでは結局命を助けられてない」
「!?」
急に言われた言葉に、目を丸くした。
「一つの命の為に、一つの命を犠牲にしたら……プラスマイナスゼロ」
「……」
そうだ……仮に俺の命を全部使って助けても、助けられた方は絶対に悲しむ。
「……簡単に、あんな事は言わない方がいい、今回は偶然の産物だから」
「……分かった。自分の命を大切にしながら、他人の命を助ける。これで良いですか?」
「ん……頑張って」
女の人はそのまま去っていった。
命を助ける側が命を失えば、助けることが出来なくなる。
自分の命もまた命なのだから、命を助けるには、自分をも助ける必要があるんだ。
「やっぱり海水ってしょっぱいんですね」
「なに? アンタ海水舐めたの? てか口あるの?」
「まさかまさか」
「じゃあ何で言ったのよ!」
「……ビーケ、それ今日二回目」
「コイツが言うからでしょ、ったく」
「それにしても、今回のは妙でしたね」
「えぇそうね、育ててもいない種が発明になるなんて。普通あり得ないわ」
「何が原因なんでしょうね?」
「知らないわよ、アンタのが詳しいんじゃないの?」
「わたしは雨に当たらないと分かりませんので」
「エリはどう?」
「……さぁ、けど」
「けど?」
「……発明を創るのに必要なのは、思い。別に植えなくても、出来なくはないから」
「あの男の思い入れが強かったってこと?」
「多分……」
「なるほど〜さすがはマスター」
「まぁいいわ、さっさと次の発明を探すわよ」
「……探すのはビーケだけどね」
「うっ、揚げ足取るんじゃないわよ」
「先輩さん、足あるんですか!?」
「あるわけないでしょ! 見て分かるでしょうが!」「はい、もちろんです」
「じゃあ何で言ったのよ!」
「……三回目」
久しく書いた『オモイノタネ』。水野葉恵理とビーケ、そしてニューメンバーの発明の傘の三人……一人と二つでお送りしました。
時期的に暑い夏、この連休に海に向かう人は多いでしょう。そこで楽しむ、大いに結構ですが、熱中症には気をつけましょう。それが特に海でとなると水分の消費が激しいものですから。
それでは、
感想及び評価、お待ちしています。