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第四話 金獅子




 ――貴方もそう思うでしょ?




 考えても見ればこの問いかけは実にナンセンスだった。恣意的だった。これではただ単に自分の意見を押し付けているだけだと非難されてもしょうがなかった。いや、しかし本当私はどうかしていた。だって自分で言ったではないか。彼は圧倒的に、決定的に、致命的に違う、と。どう見ても彼は他人と馴れ合うような人間ではなく、あくまでも彼が不良の道を歩むのは何か巨大なものに抗うためであり、決して逃げるためではない、と。彼の荒々しくぎらつく瞳は、まさにその象徴のようであった、と。


 簡単に言おう。


 彼の答えはいっそこちらが清々しくなるほどの……否だった。




 コウキと別れた後、追加で買ったドーナッツのポイントを含めた1000ポイントで特大ポン・デ・ライオンを手に入れた私がミスドからすでに黄昏時を過ぎた夜空の下に出ると、それは繰り広げられていた。


「死ねやコラ!!」


 三人の高校生の男に囲まれた女の子。それは先ほどから何度も見かけていたあの可愛いんだけど若干地味な女の子、通称地味子だった。そして、何故かその横にはコウキが立って……いなかった。私が彼の存在を確認したときには、すでに彼は動き出していた。驚くべき速さで一番背の高い男との間を詰めたコウキが、これまた信じられない速さの右フックを背の高い男の横っ腹に叩き込んだのだ。数で有利だったためか、半ば油断していた高校生たちは、その素早い動きに完全に不意を打たれた形になっていた。しかし、もちろん不意を打たれて呆然としている敵を見逃すほどコウキは甘い男ではなく、前屈みになった背の高い男の黒と茶色の斑な髪の毛を路傍の雑草のように掴むと、そのまま無慈悲に無感動に無造作に腕を引き男を地面に引き摺り倒してしまった。遠目でもブチブチと髪の毛が抜ける音が聞こえそうなくらい凄まじい光景で、実際に男は街中に響き渡るような悲鳴を上げたが、それでもコウキは手を緩めるをことしない。それどころか彼は地面をのた打ち回っている男の上にのしかかり、マウントを取ったかと思うと再び男を殴り始めた。


 ――右、左、右、左、右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左打、打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打!!!!


 容赦のない拳の連打。そのあまりの凄まじさに、思わず貰ったばかりの特大ポン・デ・ライオンと自分の鞄をそのまま地面に落としてしまった。それはもはや人間の所業というよりももっと別の次元、言うなれば災害のようだった。突如発生した金色の竜巻。彼は手加減などせず、手抜かりなどなく、容赦などなく、持てる限りの暴力を用いて猛威を振るっていたのだ。

 リーダー格の男が一瞬にして蹂躙されてしまった事態に他の二人は唖然呆然としてその場に立ち尽くしていたが、背の高い男が地面でグッタリとなっている姿を見て我に返ったのか、すぐさま飛び出して二人でマウントを取っているコウキを引き剥がしにかかった。殴っていた左右の腕を掴まれて強引に男の上から退かされたコウキは、しかし、そんなことはまるで気にせずトドメといわんばかりに地面に転がっている男の太腿を全力で蹴り上げた。また街に獣の唸り声のような低い悲鳴が響き渡った。そして、さすがにそんな非人道的、非人間的な行為は、戸惑っていた二人の仲間の怒りのボルテージを一気に最大値まで上げるには十分すぎた。コウキをなんとか引き剥がすことに成功した二人は、一人がそのまま彼を拘束してもう一人が「いい加減にしやがれ!」と叫びながらコウキの顔面を殴りつけた。殴って殴って殴り続けた。その様子を近くで見ていた地味子が「やめてよ!」などと必死に叫んでいたけれど、ここまで来た、行き着いてしまった男の喧嘩がその程度の言葉で止むはずがなかった。


「うあああああああ!!」


 依然として男が拘束されたコウキをたこ殴りにしていたが、突如拘束していた男の方が悲鳴を上げた。遠目から喧嘩の様子を見ていた私には、最初何が起きているかわからなかった。しかし、男が拘束を解いて奇妙な動きでその場から一歩二歩と後退りするのを見て、ようやく理解した。


 彼は、コウキは自分の真後ろにあった男の足を全力で踏み抜いたのだ。


 遅れながらもそう状況を理解している間に、コウキはすぐさま後ろを振り返り、よろけている男の顎の辺りを斜め下から打ち上げるように殴った。もちろん元々足元がおぼつかなかった人間が脳を揺さぶられるような打撃を受ければその場に崩れこんでしまうのは目に見えていて、案の定殴られた男は地面に倒れこんでしまったまま起き上がれなかった。


 そして、


「ひ――」


 再度振り返ったコウキとさっきまでコウキを殴っていた男が一対一で向かい合った。




「まあ……勝負ありでしょう」


 私は落としてしまった鞄とポン・デ・ライオンを拾って、そのまま帰宅を急ぐ人々の流れの中に入っていった。途中で駅前交番から出てきた警察官と擦れ違ったり、遠くで喧騒とはまた違う人々の奇声悲鳴怒声が聞こえたような気もしたけれど、私の耳には届かない。耳には届いたかもしれないけれど意識には届かない。意識には届いたかもしれないけれど、心には届かない。


「ありえない」


 行為云々ではなく、やっぱりもっと根本的根源的の部分、つまりモチベーションが理解できない。


 彼は地味子を助けたかったのだろうか。


 それとも単にあの三人が気に食わなかっただけなのだろうか。


 でも、どちらにしても私にはわざわざあれだけのことをする理由にはならない気がした。


 理由というか、原動力。


 どうして、


 どうして、沢井広枝もコウキもこんなくだらない世界で、ああも何かに熱心になったり、打ち込んだり、頑張ったりすることができるのだろうか。それは、それは、それは――


「――それは……ずるいじゃん」


 さっきは『不思議』と言ったけれど、


 今度の私は、


 無意識に、


 無自覚に、


 無造作に、

 

 無作為に、


 『ずるい』と呟いた。


 呟いてしまった。


 それはつまり、




 私も沢井広枝やコウキのように、このくだらない世界で――




「――いやいや、それこそ本当にくだらない。本当にくだらない妄言で虚言で暴言で空言で、徹頭徹尾戯言でしょ」


 駅前でバスを待ちながら自分が考え出した愚かなる答えを即座に否定する。そうだ。私が、この蒼井都子が今更この世界に何を期待するというのだ。期待すれば裏切られる、なんて陳腐な言い回しを使うつもりはないけれど、それでも根拠もなく論拠もなく枚挙なく世界に何かを期待したり求めたり、ましてや信じたりすることなどあるはずがない。


「はあ……ポン・デ・リングを二つも食べたのに、なんか今日は疲れちゃった」


 首を回しながらバスのロータリーを見ると、私が乗るバスが入ってきた。これで私のくだらない一日が終わると思うと少しホッとするし、それと引き換えにこれから地獄に帰らなければならないと考えるとものすごく憂鬱な気分になった。まあ、それもいつものことなのでこの際それについて何も言うことはない。言ったって意味はないし、意味がないことは言わないのが一番なのだから。


「それにしても沢井広枝とコウキねえ……」


 私はまた無意識にそんなことを呟きながらバスのステップを上り、後ろから二列目の右側、窓際の座席に腰を下ろした。そして何をするでもなく、ボーっと窓から通り過ぎるいつもの景色を見ていること約五分。ようやくそのときになって私はそのことに気がついた。




 ――貴方の顔か似た顔をどこかで見たことがあるような気がするんだけど、ちょっと思い出せない




「そうだ」


 何故すぐに気がつかなかったのだろか。


「沢井広枝とコウキの顔……そっくりじゃん」


 なんだかとても複雑で、


 そして面倒なことが起こりそうな予感がしてきたのは、


 私だけではないだろう。





最近忙しくて、執筆の速度はひどくゆっくりです。それでも続けては行くつもりなので温かい目で見守ってもらえますと幸いです。


感想等ありましたらせひお願いします。

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