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第二話 ポン・デ・リング的展開

 ……

 ……


 私、蒼井都子には友達がいない。私は友達を作ろうと思ったこともないし友達がほしいと思ったこともない。そんなことを言うと、常識のある人達は『たった十四年生きただけの小娘が生意気言うな。ただちょっと格好をつけて孤高ぶってるだけだろ』と言うかもしれないが、別に私は孤高ぶって友達を作らないのではない。そもそも孤高とは崇高なものであり、私みたいな矜持も興味も持たない不良女子には縁遠いものなのである。だから私が友達を作らないのは孤高でありたいなんていうポジティブな心情からではなく、きっともっとネガティブな……いや、むしろポジティブとかネガティブとかそんなカテゴリーとはまったく別な、真逆な理由なのだと思う。


「つまり私の場合『なんだっていい』てことなんだろうな」


 プラスでもマイナスでもなく……ゼロ。


 どこにも向かない感情のベクトル。


 私は友達を作ろうと思ったことはないけど、友達を作らないと決意したこともない。


 私は友達がほしいと思ったことはないけど、友達がいらないと考えたこともない。


 やっぱりこういう面でも私の世界は全てに平等で、


 そして平等に価値を感じなかった。


 だけど、


 だけど、そんな無感動でくだらない世界に住んでいるからこそ私には知りたいものがあった。




「『くだらなくない世界』って一体どんなものなんだろう」




 ……

 ……


 突然だけど、私はミスタードーナッツのポン・デ・リングが好きだ。このくだらない世界の中で、あの円形の食べ物だけは例外的に私が積極的に好意を向ける対象であると言ってもいい。あのなんとも言えないモチモチとした食感はもはや女性の乳房をはるかに超えていると思う……まあ、私はまだAカップなので女性の乳房云々はさすがに誇張表現過ぎるかもしれないが、それでも私のポン・デ・リングに対する情熱に偽りはない。私はもうすでに高校に入ったらミスタードーナッツでバイトをすることを自分の中で決めている。そして、ポン・デ・リングによる世界平和維持活動を推進していき、最終的にはポン・デ・リングを片手にスティービー・ワンダーと『We Are The World』を歌う、という未来予想図まで私は描いていた。もちろんブレーキランプは『ア・イ・シ・テ・ル』の五回ではなく、『ポ・ン・デ・リ・ン・グ』の六回踏むつもりだ……意味がわからないけれど。

 さて、そんなポン・デ・リングをこよなく愛している私は、学校が終わると毎日のように駅前のミスタードーナッツに足を運ぶことにしている。そして、そこでポン・デ・リングを一つ(体育があった日だけ二つ食べられる)とミスドブレンドコーヒーを頼んで、駅前を見渡すことができる窓際のカウンター席でそれらをゆっくりといただく。それは私が中学に入ってからのこの一年半続けてきた云わば日課のようなものだった。もちろんそこは今日とて例外ではなく、くだらない学校生活及び人間関係から解放された私は、放課後の理科準備室の掃除もそこそこにやってこそこそと帰り、いつもの店のいつもの席で至福のときを過ごしていた。


「ああー私、間違いなくこの時間がなければ死んでるなぁ」


 心が消耗品であることをしみじみ感じた。何も使っていないはずなのに何故かいつも私の心は疲弊していた。こうして毎日心を癒してあげる時間を作らないとポロポロと崩れていってしまうほどに。


「心の減価償却費マジぱないし」


 ポン・デ・リングを一かじりして、コーヒーを飲みながら私はお店の窓から駅前を行き交う人達をぼんやりと眺めた。ティッシュを配るギャルっぽいお姉さん。外回り中の営業のサラリーマン。小さな子どもと手をつないで歩いている主婦。私と同じくらいの歳の女子の集団。ゴミをただひたすら拾っているシルバーの人達。


「みんな違って、みんないい……か」


 かの金子みすゞ先生はそう言った。それぞれが別々で、でもそこに優劣なんていうものは存在しない。それぞれがそれぞれ尊くて、素晴らしいのだということをこれほどうまく表現した文章はないだろう。もちろん私だってこの言葉の意味、素晴らしさがわからないほど頭の悪い子ではない。けれど、わかってはいてもどうしても私にはこの人達が、他人が違うようには見えず、同じように見えてしまう。同じように平坦で、同じように平凡で、同じように平易で、同じように平静で、同じように無価値な人間に。


「やな女だよねー私。性格わる過ぎ」


 自分の人間としての器の小ささと視野の狭さに辟易とし、それでもそう考えてしまう自分をどうすることもできない私は、結局誤魔化すようにポン・デ・リングを噛み締めるしかなかった。


 もちもち


 もちもち


「もちもち……ん?」


 ミスドのカードのポイントを見て、もう少しで特大ポン・デ・ライオンに手が届くとニヤニヤしていると、ふと窓の外に気になる人がいた。その人は、というかその女の子はこの近所の公立中学校の制服を身に纏い、さっきからこの店の前を行ったり来たりしていた。顔は遠めからなので詳しくはわからないけれど、たぶん可愛い子だと思う。ただ、若干制服の着こなし方とか雰囲気が地味なので、男の子にモテるかどうかは正直微妙だった。


「マニア受けするタイプなのかも」


 そんなことを言いながら女の子を観察していると、不意に女の子の背が縮んだ……あ、違う。転んだ。キョロキョロ周りを見回しながら歩いていた所為で、女の子は地面に盛大に転んでしまっていた。あれは痛い。スカートだから確実に膝は擦り剥いているし、なにより往来が激しくなってきた駅前で中学生にもなってパンツ丸見えで転んでしまうのは精神的に痛すぎる。私だったら一ヶ月は立ち直れないかもしれない。


「……」


 まったく意味はないが、店員や他のお客さんにばれないように私はスカートを捲って今日履いているパンツを確認してみた。白地に赤いリボンのワンポイントが入っているそれはそれはダサい小学生みたいなパンツだった。


 訂正。


 こんなのを見られたら半年は立ち直れないな……


「おい」

「――っ!?」


 外にいる女の子と自分のパンツに意識を集中していたために、背後から近付いてきていた気配に私はまったく気が付かなかった。そして、びっくりして後ろを振り向くとそこには、




「お前、その制服……冷泉学園の奴だよな?」




 全身に鳥肌が立ち、胃の中にあるポン・デ・リングがひたすら私に危機を知らせていた。これはヤバイ、と見た瞬間にわかるほどの不良少年がそこに立っていたのだ。何がヤバイかといえば、まず第一に彼は一人だった。大概、頭が悪くて度胸もない不良たちはクズ同士で群れを作りグループで行動する。私も良く街をぶらついているそういう男たちに声をかけられることがあるが、ああいう奴らは口が達者なだけでまるっきり話にならない。奴らには覚悟が足りないのだ。圧倒的に、決定的に、致命的に。普通の学校生活に馴染めなくて、普通の社会に適応できなくて、でもそれらと戦うどころか戦う前から逃げ出して、逃げ出した者同士で傷を舐めあいながら馴れ合いの関係を展開する。そんな弱い奴らならいくら絡まれても、私は恐怖を感じたりはしないだろう。


 けれど、目の前の金髪の男――さっき転んでいた地味子と同じ学校――は違う。


 どう見ても彼は他人と馴れ合うような人間ではなかった。


 あくまでも彼が不良の道を歩むのは何かに巨大なものに抗うためであり、


 決して逃げるためではない。


 彼の荒々しくぎらつく瞳は、まさにその象徴のようであった。


 ましてやその彼がこうして同じように一人でいる私に声をかけてきたということは、少なくともあのくだらない連中のようにナンパが目的というわけではないだろう。


「……貴方だれ?」


 私は下手を打たないように、慎重に言葉を選ぶ。


「貴方の顔か似た顔をどこかで見たことがあるような気がするんだけど、ちょっと思い出せない」

「いや、少なくとも俺はお前と初対面だ」

「ふーん、そっか。じゃあ私の勘違いね」


 そう言ってコーヒーを飲もうとしてカップを持ち上げたらすでに中身がなかった。


「……」


 仕方なくカップを置いて残りのポン・デ・リングを食べようと皿に目を移すと、皿も空っぽだった。そういえばさっき全部食べてしまったんだった。ちょっと緊張している所為か、全部忘れてしまっていた。


 恥ずかしい、私。


「……貴方ポン・デ・リング好き?」

「は?」


 急な質問に不良少年は意味がわからないといった顔をしていた。私はそれを見てチャンスだと思い、捲くし立てるように話しかけていくことにした。


「それとも旧態依然のフレンチクルーラー派? もしかして、そんな格好でオールドファッションが好きなんて言わないよね」

「俺が何のドーナツが好きだろうとお前には関係ないだろ」

「あ、そう。じゃあこの場合『私が冷泉学園の生徒であろうと貴方には関係ないでしょ』という理屈は成立すると考えていいだよね?」


 自分でもとんでもない屁理屈を捏ねているのはわかった。屁理屈というか暴論というか暴走というか。ドーナッツと人間関係を並列に語るなんて全く以って馬鹿馬鹿しいし、そもそも私の言葉は論点というか根本がぱないくらいずれていた。でも人間なんていう脆弱な生き物は、本来それくらいわけのわからない強気を握り締めていないと生きていけないものである。


「……俺もどちらかといえばポン・デ・リング派かな」


 観念?したのか、ぎらついた瞳を呆れたようなものにして不良少年はぼそりとそう呟いた。どうやら私は主導権を取り返すことができたらしい。


「へぇ、やっぱり私が思ったとおり貴方は同志だったね」

「はは、えらく安っぽい同志だな」

「ねぇ」

「ん?」

「次、ポン・デ・リング様のことディスったらコロスから」

「……」

「……」


 世界平和維持活動どころか、ポン・デ・リングで一つの戦争が起こりそうだった。


「……はあ、わかったよ。で、俺が答えたんだからお前も俺の質問に答えてくれるんだろうな」

「まあ、暇だから別にいいよ。でもその前に……はい」


 私は持っていたCoachの財布からミスドのカードと千円札を取り出して、そのまま目の前で呆れている不良に押し付けた。


「私はもちろんポン・デ・リングと、あとホットカフェオレで」


 体育がある日はドーナッツが二個食べられる。


 そして、


 今日は、


 体育があったからこんなにダサいパンツなのだ。





なかなか進みません(涙)


でも頑張りますので、感想等ありましたらよろしくお願いします。

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