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第二十四章 末路 Ⅰ

 凄惨な処刑の続いたメガリシであったが、処刑から逃れるため逃げ出す者たちも多数あるにも関わらず、あいかわらず異邦人、売国奴たちが広場に引き出されてくる。

 それらに神の火が押し当てられ、血が流されてゆく中で異変が起こりつつあった。

 人々が、処刑を怖れるつつも、神の火に懐疑的になっていったのだ。

(神の火というが、あれは嘘ではないか)

 最初は信じてしまった者が多かった。しかし、異邦人でも売国奴でもないリジェカ人が、私怨から処刑されるということが市民の間で広まったのだ。

 最初、私怨で相手を引き出す者も半信半疑であったが、目的が達成されいたく喜ぶとともに、

(やっぱり神の火なんて嘘だった)

 という確信をつかんだのだった。

 悲しいかな、人というのは、カルイェンやヴォローゾが信じるように線引きが効き、かつきれいな心の持ち主ばかりではない。

「神の火が本当なら、あんたで試して見せてくれよ!」

 いつのころからか、そういう抗議の声も多数あがるようになった。

 抗議を受けたヴォローゾとエトゥチニコ、シチェーニェはそのたびに、

「我らはすでに洗礼を受けた聖職者の身。なんでその必要がある」

 と言って、ひたすらつっぱねたものだった。が、一度こんなことがあった。

「嘘だ。けっきょくこれはただの火なんだろう。あんたらは人殺しを楽しんでいるだけなんだ」

「そうだ、狂っている。狂っているんだ!」

 今にも神の裁きを受けようとしていた異邦人や売国奴とされる市民たちは、一斉に抗議の声をあげた。

「神の裁きなんて嘘だ。まことのリジェカも嘘だ。なにもかも嘘だ」

「返せ、モルテンセン王の治世を返してくれ!」

「オレたちは、普通に暮らせたらそれでいいんだ!」

 広場で繰り広げられる抗議。しかしばらばらになった都である。

「つべこべ言わずに、神の裁きを受けろ!」

「そうよ、異邦人に売国奴の分際で!」

「まことのリジェカに、お前たちは邪魔なんだ!」

 まことのリジェカ人として処刑を免れた者たちの中から、抗議に対しての抗議の声もまた相次いだ。彼ら彼女らはカルイェンのとなえる「まことのリジェカ」構想に触発され、自らの民族に目覚めた市民たちだった。

 このように、民族主義がにわかに湧き上がり、市民の中から、自ら異邦人や売国奴狩りを進んでする者も少なくなかった。

 兵士たちも多くの異邦人や売国奴を捕らえれば手柄になる。そのため、さしたる検証もなく、自分が怪しいと思った者は片っ端から捕らえ広場に引き出し、神の裁きを受けさせた。

 そもそも、最初からして、略奪暴行に殺戮によって都を制圧し、それからひたすらの処刑である。

 都をつつむ空気は重い。その重い空気はいつ人の心を破裂させるのかわかったものではなかった。

 いつかのような、民衆蜂起、あるいは民衆がまっぷたつに別れて蜂起しあうことが起こるとも知れなかった。

 また、処刑された者の財産は、没収され国有財産に取り込まれ。それはヴォローゾやエトゥチニコ、シチェーニェら異端審問官に分配された。ヴォローゾはこれを「汚れし財を清らかに変ずる」と言って受け取り、まことのリジェカ人の中で貧しい者、病の者、障害のある者といった不遇の身の上の者たちのために使った。

 カルイェンやヴォローゾは、まことのリジェカ人に対しては、それはそれは慈悲深かった。

 だからなおさら都の人々の心は懐疑と心服に分かれてゆくのだった。

 これは何も都メガリシに限ったことではなく。もはやリジェカ国中に広がり、とどまるところを知らなかった。

 ただ、フィウメを除いては……。

 フィウメでは太守メゲッリをはじめ守備兵よく街や王を守り、にわかに沸き起こったカルイェンの政権を容易に寄せ付けなかった。

 異邦人、売国奴の嫌疑のかけられた者たちの中には、フィウメが安全と知ってそちらの方へ駆けこむ者も多く。メゲッリはそれらを受け入れ擁護した。

 そして、逃れられなかった者たちは。

 神の火にかけられ、熱さに悶えて、処刑人の刃によって処刑をされていった。


 リジェカ北方、旧オンガルリとの国境線でもある山々付近には、もちろん国境警備隊が置かれている。

 この国境警備兵たちも、カルイェンの手の者たちなのは言うまでもない。政変とともに、正規の警備兵は追われ、あるいは殺され、カルイェンの警備兵と入れ替わったのだ。

 国境警備隊宿舎は、山頂からやや下った丘につくられ、そこに十五名ほどが駐留している。

 その警備兵らは、こぞって山頂に目をやった。

「……」

 息を呑み、言葉にならぬ言葉を吐き、顔を強張らせる。

「敵襲! 旧オンガルリ方面からタールコ軍襲来せり!」

 あらん限りの声で警備兵は叫んだ。その一方で別の警備兵は急いで敵の襲来を告げる狼煙をあげる。

 十五名の警備兵は、目を見張った。山頂から下ってくるタールコの軍勢は一万を越えているであろうか。これに立ち向かうなど、無理な話である。

 彼らはすぐさま馬に飛び乗り、急を知らせるため都へと駆けた。

 

 タールコ軍来たるの急を告げつつ町や村落を駆けてゆき、警備兵が都にたどり着いたとき。彼らはそこでも息を呑んだ。

「こ、これはなんとしたことだ」

 あろうことか都メガリシでは、異邦人、売国奴とされた人々が蜂起し、守備兵と渡り合っているところではないか。

「もう我慢ならん」

「かくなるうえは……!」

 黙っていても、死が待っているだけである。それならば、立ち上がって戦うしかない。意を決した人々は結束して、得物を手にし、王城へと迫ろうとし。それを守備兵が止めようと立ちはだかっていた。

「こんなときに反乱が起こったのか」

 警備兵は唖然とし、立ち往生し、急いで都から離れた。

 王城の窓からは、カルイェンは怒りに燃えた目で、この争乱を見下ろしていた。

「この、にっくき異邦人どもを根こそぎ始末せよ!」

 という怒号が飛ぶ。

 彼にしてみれば、異邦人、売国奴はおとなしく処刑されるべきであり、反乱など許されるものではなかった。

「神をも恐れぬ者とは、まさにあやつらのこと」

 王城に避難したヴォローゾらも、カルイェンとともに窓から人々の蜂起を憎憎しげに睨んでいた。

 フィウメ出征の支度をしていたヂシラッカは、急いで出征の兵を率い蜂起した民衆と渡り合っていた。

 状況は、ヂシラッカ率いる「まことのリジェカ」軍側が優勢であった。率いられる兵一人ひとりはにわかの下賤の身分の者たちであるが、ヂシラッカにそれに近い騎士らは百戦錬磨の玄人である。

 素人の寄せ集めである民衆蜂起など、赤子の手をひねるようなものであった。

「容赦をするな! 押して押して、押しまくれ!」

 馬上指揮するヂシラッカも自ら剣を振るい、蜂起した民衆を刃にかけてゆく。

「これぞ神のあたえたもうた好機。神の火の尋問の手間が省けるというもの」

 手ごたえを感じたヂシラッカはそう叫び、剣を采配がわりにかかげると、軍勢を左右に展開させ、民衆を取り囲んだ。

 取り囲まれた民衆は逃げ道を作ろうと守備兵に突っかかってゆくが、そこへ一斉に長槍の穂先が襲い、串刺しにされる者が相次いだ。

 一方、まことのリジェカ人を自認する民衆もヂシラッカに加勢し得物を持って、異邦人、売国奴どもに襲い掛かった。

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