第二十二章 神の生け贄 Ⅲ
ガウギアオスの勝利を伝える伝令将校は息せききって馬を飛ばし、都メガリシを目指していたが。
近づくにつれて、異様な光景を目にすることになった。
難民らしき人々の一団が、目に入った。昨年ならいざ知らず、なぜいまのリジェカで難民が出たのか。
不審に思った伝令将校は馬を停め、難民にどうしたのかと聞いてみれば。
「都でカルイェン様が反乱を起こされて……」
と言うではないか。
「反乱だと!」
まさか、と思い再び問いただしたが、やはり同じように、反乱が起こって、我らは逃げている最中である、と言うではないか。
都はカルイェンが完全に掌握し、王は逃げざるを得ず。留守を預かる守備兵も不意を突かれ散り散りになってしまった、と言う。
「まさか……」
「騎士様、悪いことはいいませぬ。都に行かぬほうがよい。早くこのことを、ドラゴン騎士団にお伝えしてくだされ」
「ううむ」
伝令将校は眉をしかめ、考え込んだ。
よく王を助けていたカルイェンが反乱を起こしたなど、夢にも思わなかった。実際にこの目で都を見ぬことには、なんとも判断しがたいことだ。
「もう都は、処刑の嵐が吹き荒れ。それはそれは、もう、地獄でございます」
神の生け贄や浄化のことを聞き、伝令将校はますます眉をしかめた。もしこれが本当なら、モルテンセンの善政によって生まれ変わったリジェカがぶち壊しではないか。
カルイェンは、本当にそんなことを考えていたのであろうか。
どうすればよいか。
伝令将校はしばし考えたのち。やはり都に行って、この目で実際に確かめてみる、と言った。
「危のうございます」
「なんの。心配におよばぬ」
難民が止めるのも聞かず、伝令将校は馬を飛ばし都をめざした。
だがしばらく走っているうち、向かいから小隊らしき歩兵たちがやってくるのを見た。
「おおい。お前たちは見廻りの隊か」
伝令将校は速度をゆるめ小隊に声をかけたが、
「なんだてめえは!」
という汚い言葉がかえって来て、あっけにとられたのだった。
「無礼であろう! いかに末端の兵士といえ、騎士に向かいその口の聞き方はなんだ!」
伝令将校はむっとして言い返す。しかし小隊の歩兵たちは、じろじろと、反抗意識丸出しの眼差しを伝令将校に向けていた。
「聞け。ガウギアオスの戦いは勝ち、タールコの帝都トンディスタンブールをも掌握した。このことを一刻も早くをモルテンセン王にお伝えせねばならんのだ。道を開けよ」
しかし歩兵たちは道をあけない。それどころか。
「けぇ。モルテンセンの、売国王の手下かい」
と言うや、ぐるりと伝令将校を取り囲み剣を抜き突き出す。この歩兵たち、カルイェンが金や食料で釣った者たちであるのは言うまでもない。逃げた異邦人、売国奴を追いたて追い出すために、都の周辺を巡回していたのだ。
「お前たち、何の真似だ! しかもこともあろうに、王が売国王であると。どういうことだ!」
「うるせえ、この、嘘つきめ。異邦人なんかがタールコに勝てるわけがねえじゃねえか」
「なにを言っている。嘘ではない。ドラゴン騎士団は見事タールコとの戦いに勝ち。いままさに、タールコに征服されたオンガルリの奪還に向かおうとしているのだ」
「嘘だ嘘だ。てめえ、ドラゴン騎士団にいくらで買われた」
「なに……」
仮にも騎士である。それが、金で買われたなど言われるのは無礼のきわみである。怒りを覚えるとともに、難民たちを思い出す。彼ら彼女らの言っていた事は、本当のようだった。
「お前たち、カルイェンどのの手の者か」
「おうよ。カルイェン様のいうことを聞きゃ、金や飯にありつけっからな」
「カルイェンどのが反乱を起こしたのは、まことであったか」
「どこで聞いたか知らねえが、反乱たあ聞き捨てならねえな。オレたちは革命戦士として、国のために戦っているんだぜ」
革命戦士。金や飯にありつける、と言うということは、自分たちこそ身も心も売っているではないか。だがそれを棚に上げて、自分たちが革命戦士であると、本気で思い込んでいるようだ。
怒りと失笑と馬鹿馬鹿しさを覚え、伝令将校は舌打ちし馬脚でひとり蹴飛ばすや、反転して駆け出した。
「あ、待ちやがれ!」
歩兵たちは伝令将校を追ったが、人の足で馬脚にかなうわけもない。
やむなく追うのをあきらめて、このことをカルイェンに伝えるために、都に戻ったのだった。
城の執務室にて、歩兵からの報告を臣下から聞いたカルイェンは顎に手をやって、
「勝った。だと……」
としばし考え事をしていた。ドラゴン騎士団や赤い兵団の異邦人どもは王をそそのかし、勝ち目のない戦いに突入するという愚を犯したのではなかったか。
「まことそれは、正規の伝令将校であったか」
「報せを聞くに、まことでございましょう」
「ううむ……」
苦々しそうに眉をしかめる。
ありえぬ。ありえぬことだ。
だがこちらの方でも斥候をはなっている。その斥候の報せを待とう、と決めて。その場は不問にした。
その間にも、広場では凄惨な処刑が繰り広げられている。
遺体は郊外に大きな穴を掘って、そこに捨てている。国に害をなす異邦人に売国奴など、葬ってやる必要などない。
しばらくのち、斥候からの報せが届いた。その報せも、勝った、というものだった。
報せを伝えた臣下にカルイェンは詰め寄った。
「勝っただと。馬鹿を言え。ソケドキアとあわせても五万だぞ。それで、三十万の軍勢に勝ったというのか」
「斥候はまことそう申しておりました」
「ううむ」
カルイェンは眉をしかめ、
「その斥候を連れて来い!」
と言った。
やがて斥候が連れて来られ、直に報告を聞いたが、
「ドラゴン騎士団どもは……、タールコに勝ちました。本当です。この目で確かに見たんです」
斥候はそう言うが、カルイェンは顔を真っ赤にして、怒りをあらわにし斥候を蹴飛ばす。
あっ、と斥候は悲鳴をあげて床に転がった。その頭上に怒号が降りそそがれる。
「貴様、ドラゴン騎士団にいくらで買われた」
「そんな……」
「勝てるはずがない。勝てるはずがないではないか。数の不利もあり、しかも異邦人だぞ!」
オンガルリにおけるドラゴン騎士団、ドラヴリフトにコヴァクス、ニコレットのことは知っていた。まさかコヴァクスとニコレットがリジェカに来るなど夢にも思わなかったが、政変により失脚し、しかもオンガルリはいまタールコに征服されている。
そんな、無能な異邦人に、一体どれほどのことができるというのだ。
「私を裏切った売国奴は、神の裁きにかけねばならぬ。ひったてい!」
「そんな。嘘偽りを申してはおりませぬ、本当です」
「黙れ!」
斥候の言い分を一喝し跳ね飛ばす。斥候は兵士たちに腕をつかまれ引き立てられて、広場に連れていかれて。
神の裁きを受けることになった。