第二十二章 神の生け贄 Ⅱ
それから数日、兵士たちは都のところどころで市民を捕らえ。王城前広場に集めては、神の火で市民を焼き、処刑していた。
「浄化である!」
兵士やヴォローゾ指揮下の僧侶は口々にそういって、市民を捕らえ、処刑していた。異邦人とされる者、モルテンセンやドラゴン騎士団を厚く支持していた者たち。
国政の一環として学校教育に力をそそぎ、その学校で教師をつとめる男女数十人も捕らえられ、広場に引き出された。
あるいは文化の保護のために支援していた者たち、古来より歌い継がれる伝統歌を歌い継ぐ歌うたいや、文人、図書館の館員、美術家・芸術家たち。
国の礎を固める職工ら。
それらも、浄化という言葉のもとに捕らえられて、広場に引き出されていた。
「なぜこのような愚かなことをする! このような殺戮で国がよくなると思っているのか!」
勇気ある者は、捕らえられながらも陣頭指揮を執るヴォローゾに激しく抗議した。だがその頬を強くはたく尼僧がいた。
ヴォローゾに仕えるエトゥチニコといい。もう一人いて、それはシチェーニェといった。
はたいたのは、シチェーニェだった。
「なにをする!」
「売国の輩がヴォローゾ様にむかって、無礼であろう!」
兵士は抗議した男の頭も押さえつけて地べたにたおす。抗議をしたのは、モルテンセンが支援していた美術家の一人だった。エトゥチニコとシチェーニェは冷たい眼差しで美術家を見下ろしていた。
「ひかえよ! これは浄化である! 新しきリジェカを浄化し、異邦人、売国奴を神の生け贄としてささげるのである。これは神の意志である」
「モルテンセン王が即位なされてから、国がよくなっていったのは、お前たちも見ていたはずだ」
「それは偽りの繁栄である。偽りの繁栄など、儚いものである。我らまことのリジェカ人がまことのリジェカを築いてこそ、まことの繁栄が国にもたらされるのだ」
「国を思えばなど。国の文化を守ることもせず、この広場で無残な殺戮をしているだけではないか」
「ほざけ! 異邦人を軍の頂点にすえ、さらにリジェカをオンガルリの属国にしようとした売国の王の守る文化など、民の心を濁すのみである。我らまことのリジェカ人によって培われる文化こそが、人心を清めるまことの文化となるのだ。そのためには、まず浄化である」
「馬鹿な。長く続いた争乱がリジェカだけでも終わったというのに、それをまた繰り返そうというのか」
「おお、そなたは我らを血に餓えた狼のように罵るのか。悲しいかな、同じリジェカ人でありながら身も心も異邦人に売り渡した売国奴よ。そなたは神の意志がわからぬのか。神の裁きを受けよ」
美術家に神の火が押し付けられ、服に火がまわる。その様を見たエトゥチニコとシチェーニェは美術家を指差し、
「おお、神はこの男を殺せとおおせである」
と言った。
兵士はもだえる美術家に槍を突き刺して、めった刺しに刺した。
ヴォローゾにふたりの尼僧はそれを満足そうに眺めていた。
これでまた一歩、まことのリジェカ人によるまことのリジェカが近づいた、と。
旧ヴーゴスネアにて長く続いた戦乱は、神に仕える者たちの神経さえ麻痺させていた。死がすぐ隣にあり、容赦なくやってくる日常の中で、死もまた解決への道であるという悟りを開いてしまった、と言おうか。
神の意志に反する者には、容赦のない制裁を加える。
ただ殺したいから殺すのではない。あくまでも、神の裁量を経て、神の意志を代行しているのだ。神の火はそのための道具であった。
美術家の無残な処刑を目の当たりにして、広場に集められた人々は悲鳴を上げた。
「容赦はするな! よい異邦人、売国奴は、死んだ異邦人、売国奴だけだ!」
兵士長の檄が飛ぶ。
広場に集められた老若男女数十人。皆、神の火を当てられては、剣で斬られ、槍で刺されていった。
タールコの血筋であるという家族連れなどは、わざわざヴォローゾとふたりの尼僧の前に引き出され、
「おお、おぞましき野蛮な呪われし民よ!」
と兵士に押さえつけられて、叱責を受けさせられていた。そのヴォローゾの目は、異様に血走って、喜悦さえ覚えているようであった。
「お前たちタールコ人は欲望のおもむくままに無垢の民を虐殺し版図を広げ、この世を暗黒に染めようとしている。まことのリジェカ人として、その罪許しがたい」
「なにを言うんです。たしかに私たちはタールコの血筋ですが、リジェカ人として普通の生活を送っておりました」
「ほざけ! そう見せかけていずれはこのリジェカをリジェカ人の血に染めて、征服する魂胆であったろう。国の平和のため、欲望の民を排除し浄化するは、神の意思である。やれい!」
タールコ人の血筋の家族の父は抗議するが、ヴォローゾは聞かず。エトゥチニコは大理石製の燭台を手にし、火を父の顔面におしつけ、母にはシチェーニェが火をおしつける。
父と母は熱さでうめき、ふたりの子どもは恐怖と惨めさで泣き喚いている。
「この、タールコ人め! 死ね!」
父と母は兵士に剣で斬り殺され。それからふたりの子どもに火がおしつけられ、
「浄化!」
という叫びとともに突き出された槍にめった刺しに刺された。
それは地獄絵図であり、それまでのモルテンセン治世のリジェカの終わりを示しすように人々には思われた。
処刑を免れた「リジェカ人」も、広場での凄惨な処刑を目にし、胸の中に絶望感が広がってゆくのを禁じえなかった。
とはいえ、悲しいかな、やはり戦乱は長く続いた。兵士ではなく、市民が異邦人や売国奴とされる市民を捕らえて広場に引き出すこともあった。
その市民たちは戦乱のために肉親を失った者たちであり、争い合った国々に対して憎しみを抱いていた。
殺された肉親の仇を討つのはいまと自発的に集まり、異邦人狩り、売国奴狩りをはじめたのだ。
「やめろ、やめてくれ!」
といかに泣き叫ぼうが、彼ら彼女らは容赦がなかった。中には、捕らえるや否や集団で袋叩きにし。広場に引き出したころには息を引き取っていた、ということもあった。
ほかに、このどさくさに紛れて、私怨からの衝動で仲たがいしている相手を異邦人、売国奴として広場に引き出す者もあった。
むごいと思い止めようとした者もいたが、それらは総じて裏切り者、売国奴とされて兵士に捕らえられて、広場で処刑された。
ドラゴン騎士団をはじめとする精鋭二万の軍勢はいまガウギアオスにてタールコと渡り合っている。そうでなければ、反乱などすぐに鎮圧されたであろうが……。
無残な光景を目にしながら、ある詩人がこの処刑を讃える詩を朗々と読み上げていた。
その詩人はかねてよりカルイェンと親交があり、その思想に共感していた。
他にも歌うたいも数人あつまり、処刑の様を見ながら、カルイェンを讃える歌をうたった。彼ら彼女らも、カルイェンに共感している者たちだった。
都だけあって人も多い。それゆえ、様々な人々が様々な考えを持っていた。その中にはドラゴン騎士団を、異邦人ではないか、と悪く思う者があったとしても不思議はなかった。それらが、カルイェンの引き起こした騒動にいたく共感して、広場の処刑を歓迎していたのだ。
カルイェン、時期を静かに待ち、断行するに迷いなく。
それまでの長い戦乱から抜け出し、ひとつなって新しく生まれ変わったはずのリジェカは分裂し、また多くの血が流されることになり。
人々、ことに処刑をされる異邦人、売国奴とされた人々の無念さは想像を絶するものだった。