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第二十二章 神の生け贄 Ⅰ

 演説が終わり、民は解散させられ帰路についた。皆、不安な顔をしていた。

 その解散の最中、悲鳴があがった。

 数人、騎士や兵によって引き摺られていた。人々は驚き、その方に目を向けた。引き摺られているのは、リジェカに在住するダメド人の家族だった。内戦でふるさとを追われ、異郷の地へ逃げたものは多い。リジェカにも、他地域から移住してきた者は多い。

 ことに、モルテンセンが良君として国をよく治めるということで、移住者が増えたのだが。その移住家族が目をつけられるのは、火を見るよりも明らかであった。

 家族であるから、もちろん幼い子供もいる。

 引き摺られる先には神父が控え、大理石の燭台から火を移された松明を手にしていた。

「やめて、やめて!」

 泣き叫ぶ子供に容赦なく、松明がおしつけられ。衣類に火が燃え移り、子供は熱さのため、もがきあえいだ。両親は泣き叫び、抵抗しようとするが、兵にはがいじめにされてなにもできなかった。

「こやつは異邦人だ! 殺してしまえ!」 

 神父がそう言うと、兵は子供をたおし、足でふみつけ。槍でめった刺しにした。

「おおお……」

 号泣する両親にも松明の火がおしつけられ、衣類に燃え移り。神父はやはり、

「この者も異邦人である、殺せ」

 と言い。兵は両親を槍で突き殺した。

 これを皮切りに、他地域からの移住者がまず捕らえられ、次から次へと松明の火を押し付けられては、火に焼かれて。

「異邦人は死ね!」

 と容赦なく、その場で処刑されていった。

 それは殺戮であった。

 昨日となんらかわることはなかった。

「なんとかわいそうなことを……」

 ほとんどの者がそう思ったが、下手にかばえば自分の身にも危害が及ぶ。悲痛な思いで、とおりすぎてゆくしかなかった。

 

 城に戻ったカルイェンは、臣下たちを集めて王となるための戴冠式を執りおこなった。

 臣下たちのほとんどはカルイェンの臣下たちで、モルテンセンに仕えていた臣下のほとんどは王に続いて混乱する城から逃げ出し、散り散りばらばらになっていた。

 それらが広間の左右にひかえて並んでいる。

 神父ヴォローゾは王座の前にひかえ、王冠を手にしている。

 その前に、カルイェンがうやうやしく跪いていた。

「神は汝に国を託され、ここに王冠をいただくことになること、まこと祝福すべきことである」

 厳かな雰囲気の中、ヴォローゾは祝福の言葉を述べ、カルイェンは胸に手をあて、跪く姿勢のまま、頭に王冠をのせられた。

 ここに、リジェカ王カルイェンが誕生したのであった。

 王座に座したカルイェンは、臣下たちを見回し、満足げにうなずく。

 王である。己自身が王となったのだ。という強い自負心が胸に芽生える。

 これもすべて、国のため。己の野心のためにあらず。そう、神が、己に国を託したもうたのだ。

 そう思うと、感慨深かった。

 それにしても、王になるというのは、なんと簡単なことなのだろう。多少の困難は予想していたが、わずか一日で反乱は成功し、その翌日に王座についた。

(他愛もない)

 まこと他愛もないことであった。

 王であるという自負にくわえ、まさに、神が己に国を託したのだという思いもいよいよ強くなってゆく。

 そう、自分は神の代理人なのだ、と。

「新しき国をつくらねばならぬ」

 王らしく、落ち着き威厳をこめてに臣下を見回しながらカルイェンは言った。

「そのためには、まことのリジェカ人が国を治めねばならぬ」

「御意にございます」

 臣下たちは賛同した。前々から、カルイェンの持論を聞かされて、彼らもまたリジェカはまことのリジェカ人によって治めるべしという気持ちを抱いていた。

「今まさに、異邦人、無能な者は神の裁きを受けていることであろう。これを、リジェカ全土に広めねばならぬ」

 彼の胸のうちには、異邦人や無能な者が裁きを受け処刑されてゆく様がありありと思い描かれていた。想像するだけで、胸のすく思いであった。

 それから、まことの、優秀なリジェカ人による、理想の国が思い描かれていた。

 強い結束力、強い軍隊。タールコの侵略も、一網打尽に返り討ちである。

 さてその一環として、軍隊を新しく編成しなおさねばならぬ。

「ヂシラッカよ」

「はっ」

「そなたが、これよりリジェカ軍の総統となって兵を率いよ」

「承知いたしました」

 ヂシラッカに軍の総統を任命し、カルイェンはすこしなにか考えているようだった。

 そう、タールコよりも先に討たねばならぬところがある。

 フィウメである。

 朝、斥候から報せあり、モルテンセンはやはりフィウメに逃げたことが確認された。

「まずは、フィウメである。メゲッリはモルテンセンをかばい守りをかためているという。神に国を託された私に逆らう愚かさを、やつらに思い知らせねばならぬ」

「そのとおりにございます。して、出陣はいつごろになりましょうや」

「それは、そなたに任せよう。この国の軍事一切は、そなたの好きにするがいい」

「ありがたきお言葉! ヂシラッカ、全身全霊をもって王に、国に仕えましょうぞ」

「頼もしき言葉。そなたは私にとって一番の臣下と思っている」

「ますますありがたきこと。それではそれがし、フィウメ征伐のため出陣の支度をいたしますため、この場を失礼してよろしいでござろうか」

「よきにはからえ。やつらを、神の生け贄としたという報せを待っておるぞ」

「ははっ!」

 ヂシラッカは、出陣の支度をするため、その場を退出し。カルイェンはその背中を見送った。

 

 さて都である。

 昨日の反乱で混乱をきたし、一旦落ち着きを取り戻したものの、今もどこかで、悲痛な叫び声がひびいていた。

 男が女の手を引っ張って、松明をかかげる神父のもとまでやってきた。

 女は泣きじゃくっている。

「神父さま、この女はユオ人でさあ。さあ、神様の裁きを受けさせてやってくだせえ」

 と言う。しかし女は、

「違う、あたしはリジェカ人よ!」

 とひたすらに訴えていた。

「この、嘘つき女め! 戦のせいでユオから逃げてきたんだろうが!」

「何を言ってるの! 嘘はあんたでしょう。ちょっと喧嘩しただけなのに」

「黙りやがれ!」

 男は女を思い切り殴った。女は殴られてたおれこんだ。

 この男女は夫婦だった。そして妻はユオの異邦人であると、男は訴えるのだが、女は違うという。

(浮気したのを責めて、どうしてあたしが処刑されなきゃいけないの!)

 冗談ではない。女は、夫の浮気が原因で喧嘩したはてに、夫にここまで引っ張られたことを洗いざらい大声で叫んだ。

「ええ、うるせえ!」

 男は女を足蹴にし、無理矢理黙らせようとする。それを、神父と付き添えの兵士は黙ってみていたが。

「まあ、待て待て。まずはこのユオの女を、神の火にかけてみようではないか」

 兵士は女の手を引いて起こし、松明をかかげる神父のもとにつれてくる。女はがたがたとふるえていた。

「汝、異邦人なるか否かは、神がお決めになる。さあ、神の火を受けるがよい」

 松明の火が女の顔に押し付けられれば、女は張り裂けんがばかりに悲鳴を上げた。

「あつい、あついー!」

 叫んで、もがいて逃げようとするが、屈強な兵士にはがいじめにされて焼かれるがままだった。

「おお、この女は異邦人であると、神はお告げである」

 皮膚が焼けこげ、髪も縮れた無残な顔の女に、神父は冷たく言い放った。男は喜色を浮かべた。

「成敗!」

 兵士が一喝するや、刃ひらめき、女は袈裟懸けに斬られた。

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