第二十一章 反乱 Ⅲ
リジェカ軍の出征中、カルイェンは反乱を起こし、都メガリシを制圧した。
王はわずかな従者をともなって、やむなくフィウメへと逃れた。
悲しいかな、着実な国造りを進めていたリジェカは再びの争乱状態となった。
カルイェンは兵の暴行や略奪、殺戮を一日だけゆるし、好き放題にさせた。そのため都は混乱に陥り、事実上の無政府状態になってしまった。
(これでよい、これで……)
城の窓からその様子を眺め、カルイェンは満足そうにうなずいていた。
(まこと優秀なリジェカ人であるなら、この争乱を生き延びるであろう。死ぬのは、無能なやつらと、異邦人だ)
拳を握りしめる。王こそ逃がしてしまったが、大志を果たせたという達成感が胸に広がる。
「へへへ、やりやしたね」
そばにひかえる反乱の兵も、下卑た笑みを見せ、満足そうだった。
「いいか、一日だけだ。明日もこれを繰り返せば、もうお前たちの面倒は見ぬ」
「わ、わかっていやすよ」
「今日だけ、今日だけっすよ」
そばに控えていた数人の兵は愛想笑いを浮かべたが、カルイェンは眉をしかめた。
(卑しいやつらめ)
兵は、うずうずしている様子を見せた。自分たちも、戦利品を獲りにいきたいのであろう。カルイェンは蝿を追い払うように手を振り、
「行っていいぞ」
と言えば。兵たちは、ひゃはー、などと声をあげながらその場を離れ、城内を駆け巡り負傷兵にとどめをさしたり、備蓄品を奪い取るなどの狼藉を働いた。
それと入れ替えに、ヂシラッカが来て、都の制圧を改めて報告し、以後の指示をもとめた。
「今日一日は、兵の好きにさせ。明日以降は……」
己の思い描いていることを、淡々と語る。ヂシラッカはうやうやしくこれを聞いている。
「これにてリジェカはあなた様の支配下に置かれるのですな」
「そうだ。リジェカを治められるのは、この私をおいてほかにはない」
相当な自負心であった。この反乱を成功させて、さらなる自信もついたであろう。
彼の脳裏には、どのような国造りが描かれているのであろうか。
守備兵に囲まれて、モルテンセンはフィウメ目指して駆けた。
幸い、追っ手はない。どうやら、カルイェンは都のメガリシを掌握することに専念しているようだ。
逃げる最中で見た光景が頭から離れず、モルテンセンはしきりに顔をしかめ、歯を食いしばっていた。
この反乱は、十をすこし過ぎた幼き王には、あまりにも重い試練であった。マイアはあいかわらず、モルテンセンの胸に顔をうずめて震えている。「もう大丈夫だ」と言っても、聞こえないかのように、震え続けている。
知らず知らずのうちに、涙が溢れ、頬をつたう。
(多くの大人たちは、どうしてこのような争いばかり好んで起こすのだろう)
今そばにいる守備兵およびイヴァンシム、そしてコヴァクス、ニコレットのように、信頼できる大人の、なんと少ないことだろう。
ほとんどの大人が、己の欲望のおもむくままに奪い合いをする。かつては、そんな大人たちのために監禁されて、息苦しい思いをさせられたものだった。それから解放された、と思ったら、この反乱。
カルイェンの目は、あのとき自分たちを監禁した大人たちと同じ目の色をしていた。白い部分があっても、碧い瞳をしていても、濁ったような、どす黒いと思わせる目の色。
クネクトヴァにカトゥカは、モルテンセンとマイアを気の毒そうに見つめていた。大人たちに翻弄されて、逃げなければならぬその不遇。
「かわいそう」
「うん……」
カトゥカはぽそりとつぶやき。クネクトヴァも相槌を打つ。
ことにカトゥカも大人たちに冷遇されていたことがあるので、この兄と妹の胸の苦しみが我がことのように迫ってくる。
その大人たちも、無邪気な子供のころがあったはずだが、子供から大人になってゆく過程のなにが、大人をあんな大人にしてしまったのであろう。
ともあれ、一行はどうにかフィウメにたどり着き、驚いたメゲッリは慌てて出迎え。
ことの次第を聞いて、すぐさま守りを固め、斥候を都に放った。
メガリシは無法地帯となっていた。
カルイェンがまず城に入ったあと、ヂシラッカが千を越える兵を率い都に入り、それぞれ半分に分けて、一方は城門を破り城に乱入し、一方は街で好き放題にさせた。
軍は出征中であったために、守りは手薄となり兵も少ない。そこへきて、まさかの反乱。不意を突かれた守備兵はことごとく討たれ、ここにメガリシは敢え無く陥落の憂き目を見ることになってしまった。
反乱の兵は、略奪暴行をはたらいた。ことに、異邦人と見ればこれを容赦なく引き立てて、処刑した。
一旦は革命を起こし城に詰め掛けた民衆たちであったが、まさかの反乱になす統べなく、押さえ込まれる一方だった。
「やめて!」
という悲痛な女性の声がした。いや女性だけでなく、ところどころで、老若男女問わず悲痛な叫び声がこだました。
それとともにおびただしい血が流され、しかばねが路地にころがり。
それを嘲笑うかのように、下卑た笑い声がひびいた。
「タールコが攻め込んできた!」
混乱のあまり、そういった話まで噴出し、民衆の中には着の身着のまま都から命からがら逃げ出す者まであった。
しかしそれらは、都の郊外に控えていた別の、千をかぞえる反乱兵と遭遇した。
「タールコの軍勢じゃない!」
見れば、リジェカの軍装である。ほっとしたのも束の間、反乱の兵は逃げ出した民衆に襲い掛かった。
「待ってくれ、おれたちはリジェカ人だ!」
「黙りやがれ!」
友軍であると安心しきっていた民衆は、まさに悪夢に引きずり込まれたかのような思いで襲い来る刃にかかり、ひとり、またひとりと討たれていった。
彼ら彼女らにすればわけもわからず殺されてゆき、無念さばかり胸に詰め込んで息を引き取らざるを得なかった。
その殺戮の最中、都から一騎来たかと思えば、
「お前たちも、都へゆけ、というお達しだ」
と伝えると、待ってましたとばかりに殺戮をやめて、だっと駆けだし都へなだれこみ、すでに好き放題働く反乱の兵にまじって、略奪や暴行、殺戮を働いたのだった。
カルイェンの思想がどうであれ、その下の兵たちには関係なかった。
むしろお上公認で狼藉が働けることだけがすべてだった。
もはや、メガリシは都の体をなさず、無法地帯へと成り果てていった。
今ごろ、都は悲惨なことになっているであろうと、イヴァンシムは王に代わり、今までのことをメゲッリに語った。
メゲッリは瞳を閉じ気味に、静かに聞いている。が、眉はしかめられていた。
「なんということでござろうか」
このフィウメもかつては革命が起き、かつての太守は首をはねられた、ということがあった。
そう、あのドラゴンの夜である。それから、平穏な日々が続いていたのだが、ひとりあらぬ暴挙に出た者があったためリジェカは再びの争乱状態に戻ろうとしていた。
マイアは疲労から別室で休ませ、カトゥカがそれに付き添っている。
モルテンセンは出された紅茶をすすり、つとめて落ち着こうとしていた。
「もう、予もなにがなにやら、わからぬ……」
普通に考えれば、臣下に背かれるようなことはしていない。よく働いたものには、身分の上下へだてなく、恩賞をあたえていたし、重く用いた。
民もモルテンセンの治世を喜んでいた。
だが、それでもなお、間違いをただそうとする。あらぬ正義感をいだいた者がひとりあらわれて、すべてが変わってしまった。
モルテンセンは、そのことに強い衝撃を受けているようだった。