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第二十一章 反乱 Ⅱ

 しかしカルイェンは、王に恭しくつかえるふりをしながら、腹のうちでそんなことを考えていたのか。

 恭しく仕えたのも、信用を得ながら、この機会をうかがっていたのか。

 まったくもって、まんまとはめられたものだった。

「貴公はいまがどのようなときか、わかっているのか。ドラゴン騎士団をはじめとする我がリジェカ軍が、タールコとわたりあっているのだぞ」

「言ったであろう、その戦は負ける。オンガルリの異邦人に、リジェカ人が率いられてたまるものか」

「まだ言うか」

「異邦人が邪魔をせず、私が王都なってリジェカを統べれば、タールコなどに負けはせぬ」

 一体何の根拠があって、このようなことを言うのだろう。彼は自分がそこまで優秀だと言いたいのであろうか。

(よもや、こやつは内戦を見て、そう思うようになったのか)

 ヴーゴスネアは国が七つに別れる凄惨な内戦があった。なぜそうなるのか、多くの人々が悩み、苦悶したが。そうするうちに、己の思い描いた理想を現実にするために、王位を狙うようになったのか。

 その理想とは、カルイェンが王につき、自分の思い描いたまつりごとを執り行うことなのか。

 しかし、突然挙兵して反乱を起こすような者が、どのような政をするのか。

「異邦人や愚かな人間を排し、優秀なリジェカ人のみをもって国を治めれば、おのずとよくなる。そう、純血主義だ。優秀なリジェカ人のみの同一民族をもって治める、同一民族国家主義だ」

「いよいよ戯言をほざく。そのような夢想で国が治められるか」

「やってみねば、わからぬ」

 カルイェンは、ドラゴン騎士団にあらぬ疑心暗鬼を生じたのみならず、リジェカが多民族国家であることも憎悪し。同じ民族、国民同士で、かつ優秀な者のみならば、決して争いはせぬと思い込んでいるようだ。

 しかし人の素質という者は千差万別であり。またこの大地、様々な民族がひしめき合い、混血も進んでいる。ニコレットのように両の瞳の色が違うというのも、少ない例ではあるが、珍しいことではないし。

 この多民族地域で、混血も随分とすすんでいる現実があるのを無視して、優秀な同一民族国家など、まさに夢想というものではなか。しかしカルイェンは疑心暗鬼とともにその夢想にとりつかれているようだ。

 問答をするうち、剣を振りかざした兵士が数名なだれこみ、カルイェンとイヴァンシムの間に入り、イヴァンシムに襲い掛かる。その掛け声は、

「くだばれ異邦人!」

 だった。

(なんという言葉遣いの荒い)

 剣をかわし、素早い動きで兵士の間を駆け抜けその場を脱しながら、ふと、そんなことに気づいた。おそらく、身分の低い兵士であろう。意識せずとも、

「この、くそったれが」

 だの、

「てめえこのやろう、死んじまえ!」

 だの、

「うらぁー、おらぁー!」

 だの、およそ教養があるとも思えぬ、荒い言葉の罵詈雑言が次から次へと耳に入ってくる。「うむ」や「おのれ」と言うのは守備兵ばかりで反乱の兵には少ない。いや言葉遣いだけではない、剣や槍などの武具の扱い、甲冑の着こなしがお粗末な者までいる。中にはやたらめったら剣を振り回すだけだったり、槍を無分別に突き出すだけの者までいる。もしかしたら、彼らの中には、にわかに動員された非戦闘員も多数いるのかもしれない。

(カルイェンめ、教養のない、身分の低い者をそそのかし、反乱を起こしたのか)

 彼らは教養がないゆえに、素直なところがあるといえばある。しかし、その素直さが利用され、異邦人排除をカルイェンによってそそのかされたのだろう。

 優秀なリジェカ人が治める国家を唱えながら、このような者を利用し反乱を起こす矛盾。カルイェンは、そのことに気づいているのかどうか。

 ともあれ、逃げた王を追ってイヴァンシムは駆けた。

 わっ、と大波が押し寄せるように、城内はおろか城外までもが騒然となる。ふと窓から外をのぞけば、城外でも乱闘がはじまっているではないか。

 数百の兵士が、あろうことか民衆に襲い掛かり、容赦なく殺戮を繰り広げていた。

(やられた!)

 カルイェン、才能ある畜生というか、おそらくリジェカの国造りがはじまるとともに、この反乱の段取りを徐々にでも進めていたのであろう。反乱を起こす以上、成功させねば死罪である。となれば、是が非でも成功させねばならぬ。

 カルイェンはリジェカの古い大貴族の出だ。そしてなにより、教養もあった。だからこそ、王は彼を必要として内政における助けをもとめたのだが。

 大貴族であるということは、その気になれば数千という規模の軍隊ももてる。おそらく、金や食べ物で身分の低いリジェカ人を反乱に誘い、飼いならしていたことであろう。

 王の信頼も得て、まさか反乱を起こすなど夢にも思わなかったが、その信用をカルイェンはまんまと利用したのだ。

(迂闊であった)

 イヴァンシムはそれを見抜けなかったことで自分を責めた。

 なにより、いまドラゴン騎士団およびリジェカ軍がガウギアオスでタールコと渡り合っている。本国がこんなことになってしまっては、ガウギアオスで勝っても、その勝ちは意味をなさなくなってしまうではないか。

(どうするべきか)

 思案しながら襲い来る刃をかわしながら、駆けた。駆けるうち、守備兵に守られ、城外へ逃れようとするモルテンセンとマイアらに追いつく。

「フィウメにゆきましょう」

 モルテンセンらに追いつくと、イヴァンシムはそう言った。

 フィウメは信頼のおけるメゲッリが太守をつとめ、よく治めている。まさか彼もが内心あらぬことを企てていることはあるまい。

「フィウメか、そうしよう」

 モルテンセンは幼い顔をしかめ、苦々しく言った。もうそれしかないだろう。

 十人ほどの守備兵はよく戦い。行く手を阻む刃と渡り合い、これをどうにかしりぞけながら、馬舎までゆく。ここでも守備兵と反乱の兵が渡り合っていた。

「王を逃す馬を用意せよ」

 イヴァンシムが叫べば、守備兵の数人かが渡り合いつつも馬を曳き、モルテンセンは駆けてマイアを抱きかかえ急いで飛び乗った。

 マイアはモルテンセンにしがみついた。

「お兄さま、こわい」

「しっかりつかまっていろ」

 モルテンセンは手綱を操り、馬を駆けさせた。

 イヴァンシムに、カトゥカを後ろに乗せてクネクトヴァも馬を駆り、守備兵もそれぞれ騎乗しモルテンセンに続く。

(まだ子供ながら、凛々しいお方だ)

 内心、イヴァンシムはモルテンセンに感心していた。この騒動に遭っても、驚きはしたが、王として堂々と振舞っている。末はよき王になるであろうに、反乱に遭い、逃げねばならぬのが不憫であった。

(カルイェンは、それがわからないのか)

 悲しいものである。リジェカはよき国として、着実に国造りを進めていたというのに、ひとりあらぬことを考えた者のためにまた争乱状態となってしまった。

「道を開けよ、跳ね飛ばすぞ!」

 反乱の兵が行く手をさえぎろうとするのを、思い切ってモルテンセンは突っ切った。言葉通り、跳ね飛ばされる者もあった。

 馬蹄響かせ、城外に出てみれば。街では反乱の兵による殺戮が繰り広げられ、さすがにモルテンセンは息を呑み、歯を食いしばり無念さを噛みしめた。マイアはモルテンセンの胸に顔をうずめ、しがみつきぶるぶる震えていた。

「また、争乱か」

 モルテンセンは嘆息した。

 都メガリシも長い内戦のすえに民衆革命が起こり、モルテンセンとマイアも危ないところであった。ドラゴン騎士団に赤い兵団があらわれなければ、どうなっていたことだろう。

 それがおさまり、国造りにはげめる、と思った矢先に、カルイェンの反乱。

(人はなぜ争いを好むのだ)

 子供心に、まるで大人たちは悲しみと苦しみを奪い合って喜んでいるように思えた。

 守備兵もよく戦うが、不意をつかれ形勢は不利。

「王が逃げやがるぞ」

「逃がすんじゃねえ。ぶっころせ」

「この、売国奴が」

 モルテンセンに、刃とともに向けられる言葉。事情を知らぬモルテンセンには、なぜそのようなことを言われなければならないのか、わけがわからなかった。

 しかし、反乱の兵のなんと卑しいことであろう。言葉遣いも荒く、それにともない顔つきもよくない。しかも彼らはこの争乱を楽しんでいるようでもあった。

 奪いたい放題の殺したい放題。戦争とはそういうものだ、とはいえ、それとも違うように思えた。訓練された軍隊の体をなしていない。

(このような者どもに、都を蹂躙させるとは)

 ドラゴン騎士団に赤い兵団がいれば、造作もなく蹴散らしたであろうが、なにぶんいまは出征している。カルイェンはその頃合も見計らったのであろう。

「覚えておれよ。私はきっと帰ってくる」

 モルテンセンは叫んだ。無念さを噛みしめ、フィウメへと、ただひたすら駆けた。

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