第二十一章 反乱 Ⅰ
さてガウギアオスでリジェカ・ソケドキア連合軍とタールコ軍がわたりあっているころ。
リジェカの首都メガリシにおいて、若き王モルテンセンは留守を預かり国をよく治めていた。
カルイェンも若い王をよく助けていた。はずだった。
ドラゴン騎士団が、リジェカ軍がガウギアオスに向かったころまでは。
ある日、カルイェンは書物をたずさえ、モルテンセンのもとまでやってきた。
「我がリジェカ国における、農産物の出来具合を記した書でございます。ぜひ、王に目を通していただきたく」
そばにひかえるイヴァンシムとクネクトヴァの助けも借りながら、内政にいそしんでいたときだった。モルテンセンは、書を目にすると、
「読もう」
と手を差し出した。
というときであった。カルイェンの目が、かっと見開かれるや、何を思ったかモルテンセンの顔面に向け、書物を思いっきり投げつけた。
「あっ!」
書物はひたいを直撃し、モルテンセンは頭をおさえた。それから、カルイェンの手には光るもの。それは短剣であった。
「なにをする!」
イヴァンシムとクネクトヴァは咄嗟に飛び出し、カルイェンの短剣を握る手をおさえにかかった。モルテンセンは驚き、急いで身を伏せ、身を転がしイヴァンシムの後ろへと隠れる。
「おいぼれに小僧が、邪魔立てするな!」
「ほざけ、貴公、乱心したか!」
「私は正気だ!」
イヴァンシムとクネクトヴァ、カルイェンはもみ合って、ついには床に転がりながら短剣を奪い合っている。
しかし、カルイェンは内政向きの、普段の彼とは思えぬような剛力を見せ、短剣を離さない。
「これは……」
一瞬モルテンセンが呆然としたとき、城が揺れるように、騒然となった。
「反乱だ!」
「城門が破られた」
と言う声まで聞こえた。
「反乱だと!」
モルテンセンは心臓が飛び出しそうなほどに驚くも、突然のことに動揺して身動きできない。
「クネクトヴァ、ここは私に任せて、そなたは王をお連れして逃げろ!」
「は、はい」
カルイェンと格闘しながらイヴァンシムに言われ、「失礼!」と言いクネクトヴァは素早い動きで王の手を取り、執務室から出ようとする。
逃げ出そうとしたとき、カルイェンに仕える騎士、ヂシラッカが数十名の兵士を率い、城内で守備兵と渡り合っていた。
ヂシラッカはモルテンセンがクネクトヴァに手を引かれ逃げようとするのを見止め、
「王をしとめろ!」
と剣を振りかざし、一斉に襲いかかった。
クネクトヴァは懐から、ルドカーンから与えられた短剣を取り出し、モルテンセンの手を引き、迫り来る剣や槍をかわしつつ、その間をすり抜け駆け抜けだ。
守備兵も王を守れと取り囲み、襲撃を払いのける。
ヂシラッカには数名の守備兵が当たり、王を逃そうとする。
「これは一体どういうことだ」
モルテンセンは引かれるがままに周囲を見渡し、唖然としつつも叫んだ。反乱というなら、カルイェンが起こしたのか。なぜそんな真似を。
「国を売り飛ばそうとするような、王など、殺してしまえ!」
「リジェカはオンガルリの属国じゃない!」
不意に耳に飛び込む言葉。モルテンセンには、咄嗟には意味は理解しかねた。
「マイアは、マイアは無事だろうか」
モルテンセンが狙われているなら、妹のマイアも狙われるであろう。妹が心配になり、モルテンセンはクネクトヴァの手を振りほどこうとして、マイアの居室へ向かおうとした。
「危のうございます!」
クネクトヴァは手を強く握りしめるが、ついには手を振りほどかれ、マイアの居室へと向かうモルテンセンを追いかけることとなった。
幸いにも、守備兵がモルテンセンのそばにつき、守りを固める。だが攻めの手はゆるむことなく、剣や槍を繰り出してくる。
ヂシラッカもさるもの、数名の守備兵と渡り合っていたが、それをことごとく斬り払った。
「余計な手間を取らせおって」
舌打ちし、逃げたモルテンセンを追おうとし。その間も、守備兵と剣を交えこれを斬り伏せた。
この、突然の反乱。カルイェンは書物をわたすふりをしてモルテンセンを襲うなど、なにが彼を凶行に走らせたのだろうか。
(まさか、これらはカルイェンどのが城に入れたのか)
クネクトヴァは、はっとひらめく。この状況、そうとしか言えないではないか。
モルテンセンは夢中になって駆けた。途中で刃が襲いくるもそれをかわし、あるいは守備兵に守られながら、マイアの居室へと駆けた。
すると、むこうから守備兵に守られながらこちらへ向かってくる少女が見えた。言うまでもない、マイアと、メイドのカトゥカだった。
武装勢力はマイアにも襲い掛かったのだ。だが守備兵がよく守り、逃がそうとしていた。
「マイア!」
「お兄さま!」
互いをみとめ、ふたりは守備兵に守られながら手を握り、城から逃げようとする。
「カトゥカ!」
「クネクトヴァ!」
このふたりも、たがいをみとめ、それぞれの主につきながら一緒に逃げ出そうとする。
一方、カルイェンと格闘するイヴァンシムであったが。やはり修羅場をくぐり抜けてきた猛者である、もがくカルイェンから短剣を取り上げ、それを突きつける。
「貴公、これは一体なんのつもりか。この騒動も貴公のしわざか」
カルイェンは顔をゆがめてイヴァンシムをにらみつけた。そこには、憎悪が溢れていた。よき臣下として王を助けていたのが、なにゆえに、このような眼差しをイヴァンシムに向けるのか。
そして王を殺そうとしたのか。
「そうだ、忌々しい異邦人め。リジェカは、リジェカ人だけのものだ」
と、カルイェンは言った。
「どういうことだ」
「言ったとおりだ。リジェカはリジェカとして、リジェカ人のみが統べるのがよいのだ。しかし、あの王は、いや小僧は、あろうことかオンガルリ人の異邦人を軍の頂点にすえた。それがどういうことか、貴様にわかるか」
「わからぬ」
「なら言おう。ドラゴン騎士団の目的はオンガルリにあり。リジェカなど、オンガルリが復興されれば、その属国にされてしまうではないか。王はドラゴン騎士団にそそのかされ、国を売った売国奴だ」
「馬鹿な」
カルイェンの理屈はあまりにも突飛なように思えた。異邦人とは、ドラゴン騎士団に自分たち赤い兵団のことを指しているのだろう。たしかに、リジェカ人ではない。だが、国を越えて、どれだけリジェカのために働いたと思っているのだ。
オンガルリが復興したら、王がリジェカを売ってオンガルリの属国にされるなど、ありえぬではないか。
コヴァクスにニコレットは日々言っていた、オンガルリが復興されれば、両国はよき同盟国として互いに手を携えてよき国造りにはげもう、と。
「この戦乱の世、そんな戯言を信じられるか! やつらは王をそそのかしているのだ。オンガルリが復興されれば、ドラゴンの牙はリジェカに向けられるのだ」
カルイェンは、ドラゴン騎士団がリジェカをオンガルリの属国にする気だと、本気で思っているようだ。それも乱世がそうさせたのか。
「ならば、この反乱のあとはどうする。誰が王になる」
「かくなるうえは、私が王となってリジェカを統べる」
「ほざけ!」
ついに本音を吐いた。と、イヴァンシムには写った。この男、リジェカのためと言いながら、ほんとうは己が王位を狙っているのではないか。
「考えてもみよ。ドラゴン騎士団は王をそそのかしたうえに、勝ち目のない戦いにリジェカを巻き込んだのだ。これだけでも許せぬ」
「だからといって、貴公が王位についてよいという道理があるか」
「ある! 私はリジェカを心から愛している」
もう、理も非もない。カルイェンはどうあっても王位につこうとしているようだった。