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第二十章 帝都落つ Ⅱ

「さあ、あなたたちも」

 シャムスはコヴァクスらに何度も玉座のもとへゆくようにうながした。最初拒んでいたものので、是非と譲らぬシャムスに押されるようにコヴァクスとニコレットは一礼してから、玉座のもとへ向かった。

 シァンドロス動かず。玉座に座すは己のみ、といった風である。

 コヴァクスとニコレットはそんなシァンドロスを見据えつつ、左側に立つ。

 シャムスはシァンドロスとコヴァクス、ニコレットを見上げて、使いから伝えられた神美帝からの言伝を伝えた。

 曰く、帝都は勝者のものなり、敗者はさらに東の都エグハダァナに落ち延びん、と。

「なるほど、神美帝は負けを認め、我らにトンディスタンブールを明け渡すというのだな」

「はい」

「なかなか殊勝な心がけである。しかし、帝都が惜しくはないか」

 シァンドロスもなかなか意地の悪いことを言う。が、シャムスは動じない。

「惜しいと思えばこそ。戦火を免れんがために、抗わず、降ったのでございます」

「その首刎ねられようとも、か」

「帝都十万の民のためなら、この首ひとつ、なんで惜しみましょう」

 コヴァクスとニコレットは、シャムスの覚悟に胸打たれる思いであった。同時に、このような清らかな心を持つ皇后を擁するタールコと、なぜ我らは戦うことになったのかと、複雑な気持ちも芽生えた。

 それこそ、業というものであろうか。先祖代々、タールコにオンガルリをはじめとする西方世界の国々は争い、憎みあってきた。コヴァクスもニコレットも、タールコをたおすべき敵であると思っていた。

 それが、いまはどうであろう。

「さきほど申したとおり、そなたの無事は保証しよう。その首を刎ねたところで、我が名を下げるのみであろうからな」

 シァンドロスもシャムスの覚悟にすこしばかりは感じるものがあったようだ。

 この場に居合わせるタールコの臣下たちも、シャムスの覚悟に涙し、己もまた覚悟を決めた。

「我らは私心を捨て、都の安寧のために働くため、とどまりましょう」

 タールコの臣下の中から数名、そう言う者があった。大きな都である。行政ともなれば、どうしても従来からのタールコ臣下の助けがいる。それを、彼らは自ら買って出たのだ。

 これには、コヴァクスとニコレットは素直に感謝した。

「あなた様方があらぬ心をもって都を貶めぬ限り、我ら誠心誠意、働かせてもらう所存でございます」

「……。わかった」

 少数をもって大軍を破り、さらにタールコの帝都を掌握したことでシァンドロスは自信と王者としてのゆとりをもち、玉座から貴族を見下ろしていた。

 横に立って並ぶコヴァクスとニコレットは、勝利の達成感を感じつつも、シァンドロスの振る舞いが面白くない。

 この後、連合軍はどう動くべきか。そういったことも話し合わなければならないのだが、さてどのような話し合いになるのであろうか。

 それに伴って、領土問題も起こるであろう。シァンドロスはリジェカとどう付き合ってゆく魂胆なのか。

「お前たちには、期待しよう。よく働いてくれ」

「はは」

 貴族は投げキッスをして跪くタールコの礼儀作法を執った。シャムスと居並ぶタールコの臣下たちを見下ろし、シァンドロスは満足そうだった。

 もはや、トンディスタンブールはタールコの帝都ではなくなった。

 では、どこの国の都となるのであろう。

 それはまさに、神のみぞ知るというものであった。


 夜の闇に代わって太陽が昇り薄日がさすころ、シャムスを乗せた馬車が、ひっそりと天宮から発とうとしていた。二名の侍女が同席し、馬車の周囲を百名ほどの近衛兵が護衛している。

「どうかご無事で」

 見送るコヴァクスとニコレットは丁重に挨拶したのに対し、シァンドロスは不敵な笑みで馬車のシャムスを見上げていた。

「無事エグハダァナにたどり着けば、神美帝にこう伝えよ。恩を感じる必要なし。次に戦う機会もあろう、そのときは我が敵として堂々と向かってこよ、と」

「しかとうけたまわりました……」

 尊大なシァンドロスの態度にも腹を立てるそぶりも見せず、シャムスは優しさと威厳を兼ね備えた静かな面持ちで応えた。

 やがて御者が馬に鞭打ち、馬車は進む。コヴァクスとニコレット、シァンドロスはそれぞれの思いを胸に、馬車を見送るのであった。


 ガウギアオスの戦いから一夜明け、タールコの帝都でなくなったトンディスタンブールの人々は複雑な思いで朝を迎えた。

 陽が昇るとともに、立て札が立てられていった。それは、皇后シャムスがすでに都を発ったこと、リジェカ・ソケドキア連合軍がトンディスタンブールを掌握する旨を伝えるとともに、兵士たちに乱暴をさせぬこと、法も変えぬことを約束し、今までどおりの日常を送るべし、ということが刻まれたものだった。

 シャムスが帝都を出たことは、少なからず人々を落胆させた。その一方でこの通知に、人々はひととおりの安堵を覚えて。それまでどおりの日常を過ごそうとしていた。

 リジェカ・ソケドキア連合軍五万は、天宮のある郊外にて一夜を過ごした。それから元タールコの貴族や宮廷に仕える官人らのはからいで、宿を割り当てられ、そこでしばらくを過ごすことになった。

 シァンドロスやコヴァクス、ニコレット、あるいはそれに近しい者らは、天宮で過ごすことになるのは、言うまでもない。いまや彼ら彼女らが、トンディスタンブールの主なのだ。

 今後のこと、論功行賞もあれば、以後の同盟関係に、タールコに征服された旧ヴーゴスネアやオンガルリをどうするかなど、議論することも多い。

 ガウギアオスでの勝敗、トンディスタンブールの陥落はすでにその地を支配しているタールコの代官や太守らに伝わっていることだろう。

 さてそれらはどう動くのであろうか。

 そしてシァンドロスは、コヴァクスとニコレットは。

 天宮の宮殿の広間に円卓が置かれ、主だった面子が顔を合わせて今後のことを話し合っていた。

 それぞれ、行く先をすでに決めていた。

「オレは東へゆく」

 とシァンドロスは言い。コヴァクスとニコレットといえば、

「時は来た。手勢を率いオンガルリにゆく」

 と言った。

 それぞれが、西へ、東へゆくという。

 となると、連合軍は二手に分かれることになる。

 シァンドロスには野望があった。その野望を遂げようと思うのならば、東へと目を向けるのも当然だったろう。神美帝ドラグセルクセスにその子アスラーン・ムスタファーはいまだ健在であり、東方の都エグハダァナに逃れ報復に胸を焦がしていることであろう。

 その報復の気持ちに応える、というわけではないが、シァンドロスにとってはタールコと徹底的に戦い、その広大な帝国を我が手に収めることが夢でもあるのだ。

 それに対し、コヴァクス、ニコレットのドラゴン騎士団の第一の目標はオンガルリ王国の復興であった。そのことについてモルテンセン王も、リジェカ軍をドラゴン騎士団を全面的に信頼して託し、オンガルリ復興の機会が訪れれば軍を率いてオンガルリに赴くがよい、とまで言ってくれたものだった。コヴァクスとニコレット、これにいたく感激したのは言うまでもなかった。

 リジェカの兵力を得てソケドキアと協力し、ガウギアオスの地にてタールコを破り帝都トンディスタンブールを掌握した。となれば、次に目指すは当然オンガルリであった。

 コヴァクスとニコレットは、悲願達成が目前まで迫り、心の昂ぶりは絶頂に達しようとしていた。

 もともと、戦う理由が違うのである。どこまでも行動を共にすること自体長く続くことはなく。いつかは、別れの日が来るのであった。

 シァンドロスは不敵な笑みでコヴァクスとニコレットを見据えていた。

「そうか、お前たちには大願があるのだな」

「そうだ。ここまで来たのだ。あと一歩、あと一歩でオンガルリを取り戻せるのだ」

「この絶好の機会は、今をおいて他にはないわ」

 興奮を隠せぬ兄と妹に、シァンドロスは親しげなまなざしを向けると、ふっと笑った。

「ならば、西方はお前たちに任せて。オレは後顧の憂いなく東へゆける。そう思ってよいのだな」

「……。そうだ、と言うべきかどうか。シァンドロス、お前本気で己の帝国を築くのか」

「築く。築き上げてみせる。神美帝と獅子王子を倒し、タールコを征服し、さらに東へゆく。オレは、地の果てというものを見てみたい」

「大きな夢をお持ちね……」

 地の果て。東方の昴すらも制服し、世界そのものを征服するつもりなのか。あまりにも広言を吐くシァンドロスに、ニコレットは半ば呆れた。

 その目は本気だった。光り輝く瞳の中、奥に、どのような帝国が描かれているのであろう。

 そして、リジェカとソケドキアが刃を交えぬという保証は、あるのだろうか。

 ニコレットは興奮を覚えつつも、憂いもあった。

 問題がある。

 まず第一に、領土問題であった。

 トンディスタンブールを掌握したとて、それはリジェカ・ソケドキア連合軍によるもので、一国の軍勢でなしえたことではない。その都をリジェカとソケドキアでどう分け合うのか。また、オンガルリはともかく、タールコに征服された旧ヴーゴスネアの地域を奪還したあと、どう分け合うのか。

「それに関しては、モルテンセン王と話し合ってもらうしかない」

 コヴァクスとニコレットにしてみれば、領土問題に同盟のことはそうとしか言いようがなかった。ドラゴン騎士団はあくまでも、国に属する騎士団であり、国の重要なこと、領土や同盟といった国の行く末を左右する重要なことはコヴァクスやニコレットの一存では決めかねるのだ。

「なかなか不便なものだな。さてオレは東へゆくし。どうやってモルテンセン王と会って話すかな」

 やや皮肉を込め、シァンドロスはそう言った。このままでは、トンディスタンブールの存在は宙に浮いたままだ。

 が、シァンドロスが東方へ旅立つとなれば現実的にモルテンセン王と会うのは難しい。そこで、往復書簡にて領土分配を話し合うことになった。

 もうひとつある。神美帝が旧都エグハダァナに逃れたとて、トンディスタンブールを黙って明け渡したままではおさまるまい。きっと奪還に来るであろう。

 今駐屯している連合軍は五万。これが二万と三万に別れるのだ。ドラゴン騎士団のリジェカはともかく、ソケドキアは三万でタールコを征服しきれるのだろうか。

 トンディスタンブールの守備兵はほとんどが神美帝を慕って、都を出てエグハダァナへと向かい。残っているのは傷病兵に老兵がほとんどであった。それらを編入するのは無理があるため、トンディスタンブールの守備兵には期待できそうになかった。

 だがこれに関しては、シァンドロスは割り切ったものだった。

「新兵を募ればよい。手柄次第では褒美は思いのままであるとな」

 戦争の中で生きたシァンドロスである。人は条件次第では、故郷にも旧主にも剣を向けることをよく見知っていた。タールコの帝都トンディスタンブールでも、例外はあるまい、と。

 その目論見どおり、新兵を募れば、立身出世を望む若者らが多数応募し、それらが新たに軍隊に編入された。

 彼らは貧しい家の出がほとんどを占め、食うためなら、出世のためなら、手段を選ぶことはしなかった。

 また傭兵も雇い入れた。兵力の確保は喫緊の課題であり、これからも戦いは続く。豊かな都を手に入れたなら、それを有効に使わねばならない。

 これによって、ソケドキア軍はその数を増やしていっていた。

 十分に兵が増えれば守備兵を残しての出征も可能となる。となれば、事を起こすに動きやすいというものだ。

 ドラゴン騎士団およびリジェカ軍はタールコに征服された旧オンガルリ奪還にゆく。対してソケドキア軍は東方遠征。

 出征が決まると、その準備のためにトンディスタンブールはにわかに慌しくなり、厳戒態勢も布かれ。

 各所に守備兵も配置された。

 都は騒然としていた。

 このトンディスタンブールが戦火に焼かれることはないだろうが、いざ出陣をするのが、それまでのタールコ兵でなく、リジェカ・ソケドキア兵であり、タールコから領土を奪い取るのが目的であることに、

「ついに神美帝の神の威も地に落ちてしまったのか」

 と口にする者も、少なくなかった。

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