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第二十章 帝都落つ Ⅰ

 一方勢いに乗るリジェカ・ソケドキア連合軍はとどまることなく、逃げ遅れたタールコ兵を蹴飛ばしながら一目散に帝都トンディスタンブールを目指した。

 ガウギアオスの砂丘で勝利をもぎ取り、溢れた水が堤を壊し濁流となってすべてを押し流すがごとくの勢いを得ていながら、踏みとどまるようなことはしなかった。

 シァンドロスも、コヴァクスもニコレットも、リジェカ・ソケドキア連合軍の誰もが、勝利を決定的なものにするために駆け、帝都トンディスタンブールを目指した。

 立ちはだかる者はいなかった。

 駆けるのみだった。

 神美帝が帝都に籠って自分たちを食い止めようとも、打ち破れる自信がみなぎっていた。

 駆けて駆けて、駆けて。勝利を確信して、駆けて。こんな痛快に駆けたことが、いままでにあったであろうかというほど、駆けた。

 やがて、砂丘が終わり整備された道に出て、帝都トンディスタンブールが見えてきた。

 空に向かい伸びる高層建築の群れを、城壁が取り囲んでいた。

 逃げるタールコの兵卒は、トンディスタンブールに駆け込む者もあるのだが、それ以上に、帝都に入らずその脇を駆けてゆく者が多数見受けられた。

 城門が閉ざされたのか。と誰しもが思ったが、そうではなかった。

「門が開いているぞ!」

 コヴァクスは思わず叫んだ。これはまるで、入ってくれと言わんがばかりではないか。

「開いているのなら好都合。かまわず突き進め!」

 シァンドロスは叱咤し帝都を目指した。

 これは罠であろうか、と思う者もいた。だが突き進む勢いが強く、罠を心配するどころではなかった。

 コヴァクスもニコレットも、速度を緩めなかった。ゆくしかないのだ。ここまで来て、罠を心配して踏みとどまるなど、どうしてできよう。

 帝都トンディスタンブールが迫る。迫るたび、その都市の威容も迫ってくる。それでいて、城壁の門は開け放たれていた。

 中に入った途端に、矢の雨が降るか、槍の壁が立ちはだかるか。ふと、胸中にそんなことがよぎった。

 それでも、止まることはできなかった。

 ついには、リジェカ・ソケドキア連合軍はひと塊になって、帝都トンディスタンブールに押し寄せ。城壁の門をくぐり抜けた。

「……。これは」

 門をくぐり抜け、勢いに任せ帝都トンディスタンブールを駆け回るコヴァクスであったが。五万の連合軍がトンディスタンブールに入り終えたとき、人々はリジェカ・ソケドキア軍を見ても抵抗をせず、皆ひれ伏して連合軍を出迎えていた。

 帝都は、あっけないほどに無抵抗で、リジェカ・ソケドキア連合軍を迎え入れたのだ。

 これにはかえって五万の連合軍が戸惑うほどであった。敵を求め、打ち倒すことに夢中であっただけに。振り上げた拳のぶつけ先が突如目の前から消えた思いだった。

「止まれ! 止まれ!」

 コヴァクスにニコレットは急くリジェカ軍を踏みとどまらせ、広場を探し出しそこに集結させた。ソケドキア軍も同じく、広場に軍を集めてまとめた。

 さすがのシァンドロスも、ここでの略奪暴行は許さず。周囲を見回し、帝都トンディスタンブールの威容に感心しきりの様子だった。

「オレはついに、トンディスタンブールを落としたのか」

 胸中に無限に広がるような達成感が迫った。

 タールコ建国以来数百年、このトンディスタンブールはタールコの都市であり、後に帝都となった。その帝都トンディスタンブールを、ついに落としたのだ!

 それはソケドキアやタールコ一国の歴史どころか、人類の歴史に新たな一頁を刻んだも同然ではないか。

 それが何を意味するのか。

「やった。オレはやったぞ」

 興奮のあまり、シァンドロスは何度もやった、やったと叫んだ。

「勝ち鬨をあげよ!」

 イギィプトマイオスも、ペーハスティルオーンも、バルバロネも、この壮挙に興奮を隠し切れず、兵卒や騎士たちを鼓舞して勝どきをあげた。

 リジェカ軍からも、勝ち鬨があがっていた。

 数の不利を押しのけての勝利、その上帝都トンディスタンブールまで落としたのだ。

 人々は、リジェカ・ソケドキア連合軍に対して抗うことをせず。遠めで様子を眺めている。その多くは、黙ってひれ伏していた。

 コヴァクスとニコレットは勝ち鬨を耳にしながら、夢の中にいるような気持ちで周囲を見回していた。

 兄と妹は、勝どきを上げる気持ちにはなれなかった。さきほどの激戦から一気に状況は変わり、タールコの帝都にいる。それが自分たちで引き寄せた出来事であっても、実感がわかなかった。

「オレたちは、トンディスタンブールにいるのか」

 背の高い建物を見上げ、コヴァクスはつぶやいた。帝都の威容に押されているようでもあった。

「お兄さま……」

 ニコレットも、帝都の威容に押されているようで、あまり声も出なかった。まことこの都は人がつくったのか、と。同じ都といっても、リジェカのメガリシに、故国オンガルリのルカベストなど、トンディスタンブールに比べれば田舎町のようではないか。

 帝都の威容、それは国威でもあった。タールコには、他にもこのような都市はいくつもあるという。

 それを思うと、自分たちはなんと大きなものを敵として戦ってきたのであろう。

 ソシエタスも、赤い兵団のダラガナもセヴナも、興奮をしつつ、帝都の威容にやや飲まれているようだった。

 それだけに、無抵抗で入れたことがかえって不気味でもあった。

 ソケドキア神雕王を名乗るシァンドロスと、ドラゴン騎士団は、トンディスタンブールに入ってから対照的だった。

 シァンドロスは意気揚々とコヴァクスらのもとに来て、握手を求めながら、

「神美帝こそ討てなかったが、これでタールコの気勢をそぐことは十分できたであろう」

 と言った。

「うむ……」

 コヴァクスもつとめて笑顔を作り、うなずき握手を返す。

 ニコレットにソシエタス、ダラガナにセヴナもつとめて笑顔を作る。作りながら、意気揚々なシァンドロスと、龍菲ロンフェイの姿に、すこし戸惑う。

 ことに龍菲。助けてくれるのはありがたいが、ずっとコヴァクスの隣に親しげにいて、どういうつもりだろう。

 だが、ドラゴン騎士団・リジェカ軍がタールコ本陣にゆけたのは、彼女の働きによるところが大きい。

「オレたちが神美帝の本陣にゆけたのは、彼女が助けてくれたらだ。彼女は、恩人だ」

 コヴァクスは龍菲を見ながら言った。彼女のことを知らないダラガナやセヴナら赤い兵団に、他のリジェカ将兵は、不思議そうに龍菲を見ている。

「おお、お前は。いつぞやの。そうか、コヴァクスを助けたのか」

 シァンドロスは平常を装いつつ、内心らしくもなく動揺した。あの暗殺者らを斃してから、どうするのだろと思ったが。まさかガウギアオスに来て、コヴァクスを助けたなど夢にも思わぬことである。

「いいえ。気にすることはないわ……」

 龍菲は何事もなく返した。別に恩を売ろうとか、取り入ろうとかは、考えてはない。

「あなたの勇気に感じ入るものあって、助太刀をしたまで」

「勇気、か……。ありがとう」

 コヴァクスは微笑み、手を差し伸べた。その手を龍菲は握り返し、握手をかわした。

 その顔は、笑顔だった。

(勇士は、いずこの地にもいるものね)

 龍菲はコヴァクスに良い印象をもっていた。

 が、ニコレットは複雑な思いだった。

(私たちには大願がある。そんなときに色恋沙汰など……)

 ふたりの様子から、ただならぬ仲になって大願を忘れてしまわないかと、そんな心配が不意に芽生える。

 とはいえ、今は、勝ったことが大事だった。龍菲のことは追々紹介するとして、今は勝利の気勢を保ち、トンディスタンブールを完全に掌握するのだ。

 そう、大願まで着実に一歩一歩近づいているではないか。

「私たちは勝ちました。勝ったのです。この喜びを、皆で分かち合いましょう!」

 ニコレットは気を持ち直し、高らかに宣言した。

 シァンドロスも調子を合わせ、勝利を高らかに宣言した。

 リジェカ・ソケドキア連合軍は、勝利の喜びを爆発させ、天まで届けと高らかに勝ち鬨をあげたのであった。

 そのリジェカ・ソケドキア連合軍のもとに、数人の高貴な人物が馬車に曳かれてやってくる。

「御大将にお目通りを願いたい。それがしは皇后シャムスさまに命じられまいった者でございます」

 馬車から降り、その人物はそう言った。神美帝ドラグセルクセスの臣下で、タールコの貴族のようだった。それが、皇后から言伝があるというではないか。

 そのことはすぐにシァンドロス、コヴァクス、ニコレットに伝えられ。三人はその貴族に会った。

「皇后よりなんと」

「まずは、皇后のおいでます天宮においでくだされ」

 タールコの貴族にうながされて、リジェカ・ソケドキア連合軍は導かれるままに天宮に向かった。

 トンディスタンブールを敵国の軍勢が歩くなど、この数百年なかったことであるが。建国前には、何度も領主や国が変わった歴史を持つ。人々は竜の旗や竜牙旗やくまたかの旗を見ながら、トンディスタンブールの持つ歴史の業を肌身で感じながらリジェカ・ソケドキア連合軍を見送るのであった。

 その人々の肌の色、髪の色、瞳の色、顔立ちも様々であり。信じる神も様々であることは、様式の違う建築物があることを見れば容易に想像も出来。

 この都が西方世界と東方世界の境目であり、玄関口であり、それゆえに東西世界の融合があり、虹の都という呼び名があることをコヴァクスらは思い出すのであった。

「これだけの人々がいながら、誰一人として抗わぬのか」

 不思議そうにコヴァクスはつぶやいた。

 ふと見れば、厳しい目つきでリジェカ・ソケドキア連合軍を睨んでいる者がいる。抵抗をせずとも、完全に受け入れられているわけではなさそうだ。だが人の心情はどうあれ、帝都であるにも関わらず、抵抗がなかったのは不思議と言えば不思議である。

「神美帝は、この都にいないでしょう」

 と龍菲は言った。彼女は常にコヴァクスと駒を並べている。コヴァクスの隣は妹のニコレットの指定席であったのが、いつの間にか入れ替わったようだ。

「いない……」

「きっと、他の都に向かったでしょうね。この帝都を捨てて」

「まさか……」

 と思ったが。

 そうかもしれない。総大将が都を捨てたのなら、都に残る人々にとって戦う意味を持つに持てぬというものだ。

 やがて郊外に出て、天宮にたどり着く。タールコの貴族は馬車から降り、うやうやしく一礼をし、シァンドロスやコヴァクスらに中へ入るようにうながした。

 天宮もまた、その威容大きく。コヴァクスは息を呑み。シァンドロスは目を輝かせていた。

 天宮ではそこに仕える武官や文官に女官が勢ぞろいし、皆一様にひれ伏していた。

 愛馬を降りて、シァンドロスやコヴァクスは近しい者とともに天宮に入った。

 天宮の中でも屋根一つ飛びぬけて高い宮殿に導かれてゆくと、広間にたどり着き、貴族は玉座を見つめ、跪いた。

 シァンドロスやコヴァクスらは玉座に目を向ければ、そこにあるのは、神美帝が座っていたであろう玉座の横で静かにたたずみ、シァンドロスやコヴァクスらを見つめている高貴な女性。

 その眼差しは穏やかで、優しかった。

 威厳に溢れていた。それでいて、重圧的なものはなく。みずから光りをはなって皆を照らし、重苦しくなりそうな空気を和ませるものがあった。

 そして、覚悟があった。

「ようこそおいでくださいました。わたくしは、皇后のシャムスです」

「これは……」

 コヴァクスとニコレットはいそぎ跪いた。立場がどうあれ、騎士として礼節をしめすためであった。これにソシエタスにダラガナ、セヴナに龍菲が続く。

「それがしはドラゴン騎士団、小龍公コヴァクス」

「その妹で、小龍公女ニコレットでございます」

 コヴァクスとニコレットはうやうやしく名乗る。しかし、シァンドロスは不敵な笑みをシャムスに向けて仁王立ち。

 シャムスは動じず、玉座に目を向け、

「この玉座は、かつて神美帝がお座りになった玉座でございます」

 と言った。

「そうか」

 そう一言いうと、シァンドロスは大股で歩き、数段高いところにある玉座にゆくと、何の遠慮もなくシャムスの横に並び、玉座に腰掛けたではないか。

 まるで、タールコの新しい皇帝にでもなったかのようだ。

「なかなかすわり心地もよい。さすが玉座よ」

 手すりを撫でながら、シァンドロスはご満悦であった。そのご満悦なまま、

「お前たちも、来い」

 と跪くコヴァクスらに手招きする。まるで家来扱いではないか。

 そんなシァンドロスの尊大な態度に、コヴァクスとニコレットは複雑なものを感じた。かといって、下座で並ぶなどまさに臣下になったようではないか。

(オレたちは対等なはずだ)

 この瞬間、何かが変わった、ような気がした。

 シャムスといえば、何も言わずに成り行きに任せていた。己の立場を心得ているようである。

 タールコ軍敗れる、いそぎ帝都を脱しエグハダァナへと赴くべし、という神美帝からの使いは来たものの。リジェカ・ソケドキア連合軍の進軍速く、帝都を脱するいとまはなかった。

 だがシャムスは動じず、すぐさま手を打った。抵抗をせず、門を開け、連合軍を受け入れたのだ。

 それは、帝都を戦場にせぬため。戦火より守るためであった。

 幸いにしてリジェカ・ソケドキア連合軍は乱暴を働くことなく、招きに応じてくれた。

「無礼であろう!」

 コヴァクスは立ち上がってシァンドロスに叫んだ。

「いかに我らが勝者といえど、守るべき礼節というものがある。シァンドロスよ、お前は皇帝にでもなったつもりか」

「然り! 玉座は勝者のもの!」

 火花散るように、シァンドロスは立ち上がってそう返し、双方しばしにらみ合った。シャムスこれを見て、

「小龍公よ、どうかお気遣いなく。あなたたちは勝者、わたくしどもは敗者……」

 そう言うと階段を降り、なんと皇后はシァンドロスに跪いたではないか。さすがにこれには、タールコの臣下たちは声を漏らしてうめいた。

「さあ、ドラゴン騎士団の皆様も、玉座へ……」

「いけません」

 コヴァクスは拒んだ。騎士としての矜持きょうじがあった。

 ニコレットらも立ち上がりはしたものの、玉座へゆこうとはしなかった。

「案ずるに及ばぬ。皇后よ、そなたは無事逃してしんぜよう」

 玉座に腰掛け、シァンドロスはシャムスを見下ろす。もう完全に、己が皇帝であるかのようだった。

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