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第十九章 ガウギアオスの戦い Ⅵ

 彼女の出現で、ドラゴン騎士団・リジェカ軍の危機は脱せられると、強く願った。

 みるみるうちに、白い衣と長い黒髪なびかす龍菲ロンフェイの姿はドラゴン騎士団・リジェカ軍とアスラーン・ムスタファーの手勢の乱戦の中へと溶け込んでいった。

 それとともに、

「何奴ッ!」

 というタールコ騎兵の叫びが上がるや、どおっと地面に落ち、代わって長い黒髪の女が騎馬に跨っていた。

 手には、落ちていたものを拾ったのであろう、槍が握りしめられていた。

 そして立ちはだかる者をことごとく薙ぎ払い、コヴァクスに迫った。

「小龍公よ、あなたの勇気、おおいに感じいる義あり。その義によって助太刀せん。我に続け」

 コヴァクスに並ぶや、それを追い抜き、次から次へとタールコの騎兵歩兵を薙ぎ倒す。

「おお……」

 龍菲の姿を目にしたコヴァクスの身体に電撃が走った。

 いつの間に来たのか、龍菲は千里眼をもち空も飛べるのか、とさえ思った。なにより、力添えをしてくれる、というのがコヴァクスの心を突いた。

 龍菲の行く先に幾多ものタールコの騎兵歩兵が立ちはだかる。それを見て咄嗟に馬から飛び降りるや、だっと駆けて、槍をぐるりと回せば。

 タールコの軍兵ぐんぴょうは薙ぎ倒され、吹き飛ばされてゆく。

 騎乗にての戦いより、徒歩立ちでの戦いが得意なようだった。その白くほそい手によって槍がひと振りされるたび、タールコの軍兵は突風にあおられたように吹き飛ばされてゆく。

 そして道が切り開かれてゆく。

「なんという……」 

 六魔とはじめて遭遇したとき、ドラゴンの夜の革命のとき、彼女はあらわれて助けてくれた。そのときに見せた強さ。尋常なものではなかった。それはまこと人かと思わせるほど。

 龍菲を知らないドラゴン騎士団やリジェカの将兵たち、タールコの将兵は突如あらわれた女によって戦況が大きくかえられようとしていることに度肝を抜かれる思いだった。

「あれはなんだ」

 突然のことに、竜巻でも起こったかのように両軍驚く。女がひとりあらわれるや、まさに竜巻でもおこったかのようにタールコの軍兵は薙ぎ倒されてゆく。

 それでもタールコの軍兵は突然あらわれた龍菲に驚きつつも取り囲み、しとめようとするが。龍菲は槍を地に突きたてるや、槍を片手でつかんだまま地を蹴り跳躍すると槍を中心にぐるりとまわりまるで地を駆けるように取り囲むタールコの軍兵をことごとく脚で踏みつけるようにして蹴り倒す。

 たまらずタールコの軍兵は吹き飛ばされ、人馬でごったがえす戦場において龍菲の周囲のみがぽかりと空いた。進撃を阻むタールコの陣形にほつれが生じる。

 それからすぐさまに龍菲は槍を抜き、駆け出した。

「進め、行け! まっしぐらに神美帝の本陣を目指せ!」

 コヴァクス怒号をはなって龍菲に続く。

 大将がゆけば、呆気にとられたドラゴン騎士団・リジェカ軍は我を取り戻しわけがわからぬままに、本陣を目指した。

 その距離はぐっと縮まった。

 一方、ソケドキア神雕軍率いるシァンドロスも異変に気づく。

 足踏みしていたドラゴン騎士団・リジェカ軍が勢いづき、本陣に迫るを見て内心焦りが生じる。

 この戦いですべては決するのは自分だという自負があった。

(コヴァクス、ニコレット、侮れぬ)

 まさか龍菲があらわれたなどということまで気づかず、心の中でそっと、いつかは戦わねばならぬという決意が生まれつつあった。

 

 ニコレットと一騎打ちをするアスラーン・ムスタファーであったが、コヴァクスが一気に本陣に迫るを見てそれどころではないと引き返そうと思った。

 が、己から挑んだ一騎打ちで引き返すなど、獅子王子としての誇りが許さなかった。

 それでなくとも、ニコレットは逃がさない。

 やはりまだ若い王太子、血気に逸りすぎるところがある。ニコレットは剣を繰り出し血気に逸るアスラーン・ムスタファーをしとめるより足止めすることに専念する。

 しとめようとするのは難しい、しかし翻弄するのはさほど難しいことではない。鋭い斬撃をはなち、槍で弾かれても返す剣で刺突を繰り出す、父から厳しく手ほどきを受け熟練された剣技はアスラーン・ムスタファーの槍をとらえてはなさないかのようだ。

 気がつけば赤い兵団はアスラーン・ムスタファーらを取り囲み、残りの手勢はコヴァクスに率いられて本陣に迫ろうとしている。

 その道筋をつけたのは、龍菲であった。

 龍菲ふたたび騎兵より馬をうばいとり、槍を振るいタールコの軍兵を薙ぎ倒しコヴァクス率いるドラゴン騎士団・リジェカ軍を導く。

 黒髪をなびかせ、勇壮にして華麗な白き衣のその姿、神話に伝え聞く戦乙女を思わせる。


 神美帝ドラグセルクセスは愛馬イスカンダにまたがり、戦況をじっと見守っていたが。おもむろにドラゴン騎士団・リジェカ軍の方へと、駒を進めた。進めざまに、剣まで抜きはなった。

「神美帝がゆかれるぞ」

 本陣の将兵も続く。

 その気配は本陣をめざすコヴァクスも察した。なにかが起こった、と。

「雑魚は引き受けるわ。あなたは大将を」

「わかった」

 龍菲はコヴァクスに並んでそう言うや、馬首をかえして踏みとどまってしんがりにつき、ただ一騎タールコ軍を足止めしようとする。

 わずか一騎で、と思ったが龍菲を信じコヴァクスはひたすら本陣を目指した。幕舎もはっきりと見えるようになった。

 というとき、向こうから剣を掲げこちらに向かってくる騎馬武者がある。

「……ああ!」

 思わず声をあげた、豪奢な甲冑に身をつつみ、威厳にあふれたその騎馬武者。これなんほかならぬ神美帝ドラグセルクセス。

「青年よ、そなたの剣を受けてしんぜる」

「望むところ!」

 両者は一気に距離を縮め、ぶつかった。

 激しく剣が交わる。

 神美帝の剣、唸りを上げて風を切り、激しい衝撃をコヴァクスにもたらす。互いの愛馬も乗り手の意志を受けてか鼻息が荒い。

「おお、神美帝御自ら……」

 タールコの将兵らは神にもひとしくあがめる神美帝が自ら剣をとり、敵軍大将と渡り合うのを見て、固唾を飲んでこれを見守った。

 コヴァクスも引かぬ。雌雄を決するは今と、必死に剣を振るう。しかし、神美帝の剣、大帝国の頂点に立つにふさわしく、受けるたびにずしりと重みがのしかかる。そう簡単に決着はつくまい、いや、それどころかこちらもやられるかもしれない。

(これが、神美帝か)

 どっと、首筋背筋に汗が吹き出る。

 だが気持ちも昂ぶる。ここまで来るのにどれほどの苦難があったであろうか。その苦難を乗り越え切るためにも、神美帝ドラグセルクセスとの戦いは避けられぬ、そして倒さねばならぬ。

 両軍いつのまにか戦いの手を休め、この一騎打ちを見守っていた。

「おおッ!」

 コヴァクス、剣とともに唸りを上げて神美帝の剣とまじわる。だが軽く受けられ、弾き返される。それから襲い来る斬撃を咄嗟にかわし、また受け流し。すかさず斬撃を送る。

 戦いは一進一退のように見えた。

 とはいえ両者の目を見れば、コヴァクスは必死なのに対し、神美帝ドラグセルクセスの目は、まるで我が子を見るかのように静かで暖かみさえ感じさせた。

(見ておるか、ドラヴリフトよ)

 知らぬうちに、己が謀略によって葬った宿敵に心で語りかけていた。

(できることなら、こうして雌雄を決したかったものだ)

 神美帝ドラグセルクセス、このときほど宿敵というものを意識したこともなかったであろう。

 もう大龍公ドラヴリフトはいない。しかしその子らがこうして自分に立ち向かってきている。

(時は流れるものだ)

 剣を交えつつも、感慨深かった。

 だが、手加減をくわえることはしなかった。

 神美帝の斬撃、打つごとに重みを増してゆく。コヴァクスは徐々に押される格好になり、後ろへさがってゆく。

(このままやられてたまるかッ!)

 どうにか踏みとどまり、神美帝を倒したかった。しかしこればかりは気持ちだけでどうすることもできない。

 そしてついには、

「うおッ!」

 というコヴァクスの唸りがあがるとともに、神美帝の剣を受けて、コヴァクスの剣は真っ二つに折れた。

 切っ先は宙で弧を描き、地に突き刺さる。

「くっ……」

 無念、と神美帝ドラグセルクセスを見据える。その姿はとてつもなく大きかった。

 ついにはその剣が、己の首をはねるか、と観念したときであった。

「ソケドキア軍だ!」

 という怒号がところどころではなたれる。シァンドロス率いるソケドキア神雕軍がついに本陣に達したのであった。

 シァンドロスは乱戦の中を駆け巡り、コヴァクスと一騎打ちをする神美帝ドラグセルクセスをついに見つけ、

「あれが神美帝か! 討ち取れ!」

 と怒号をはなって号令をくだした。

 タールコの本陣は、神美帝ドラグセルクセス自ら一騎打ちを敵将に挑んだことにより、指揮がおろそかになり、指揮系統にほつれが生じていた。ということは、本陣の守りもほつれが生じることだった。そこをシァンドロスの手勢に突かれ、掻き回され、一気に乱れていった。

 ソケドキア軍の乱入により、一騎打ちどころではなくなり、神美帝ドラグセルクセスはコヴァクスを一瞥し、

「勝負は後日」

 と馬首を反し、

「退け!」

 と号令をくだした。

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