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第十九章 ガウギアオスの戦い Ⅴ

 タールコ本陣の周辺といえば、優位な立場から知らず知らずのうちに油断をし、守備の陣形を崩し、リジェカ・ソケドキア連合軍に向かおうとしていた。

 形は崩れ、隙だらけ、穴だらけの陣形。

「む、やつらこちらに向かってきておるぞ」

 左右に展開していたのが、反転し左右から迫ってくるのを見て、急ぎ陣形をととのえようとする。が、なまじ数がおおいため、うまくまとめられない。

 いかに百戦錬磨のつわものぞろいといえど、やはりそこは人である、優位に立つという余裕の誘惑は断じがたかった。

「案じたとおりになったな」

 自軍の様子を見聞きした神美帝ドラグセルクセスは嘆息した。

 神美帝と称せられるだけに、数のみで勝敗が決すなど考えてもいない。

 神美帝ドラグセルクセスはこの陣中にある間、甲冑を身にまとい、そばに控える従者に剣をもたせていた。

 いざとなれば己も剣を持って戦う心構えであった。

「馬曳けい!」

 臣下らが列を成し、それを見下ろせる壇上の上の玉座に座し戦況を見守っていたが、颯爽と立ち上がると壇上を降り、臣下の列の間を闊歩する。

「神美帝、御自おんみずからゆかれずとも……」

 三十万という大軍を擁して五万の軍勢を相手にするのに、神美帝自身が剣を手に戦うなど、臣下にとってあってはならぬことであった。

 しかしそんなことをいちいち気に留める神美帝ではない。

 幕舎を出れば、従者は見事な栗毛の馬を曳いて控えていた。いうまでもなく神美帝が愛馬とし、名はイスカンダといった。

 神美帝ドラグセルクセスはイスカンダに颯爽と跨り、従者はうやうやしく腰帯の金具に剣を取り付ける。

 ずしり、と剣の重みを感じつつ、首を左右に振って戦況を自らの目で見る。

 龍牙旗を掲げるドラゴン騎士団が、本陣に向かってきている。それを見、ふと、ありし日のドラヴリフトを思い起こしてしまった。

「見ておるか、ドラヴリフトよ」

 天を仰ぎ、そうつぶやいた。

 ドラヴリフトの子である小龍公、小龍公女がオンガルリ復興の悲願を胸に戦乱の旧ヴーゴスネアを駆け巡り、革命に乗じリジェカの軍の頂点に立った。

 よくぞ、と思う。

 ドラゴン騎士団は宿敵である。しかしそれとともに、友である、という感情が神美帝の胸のうちにあった。

 その友の子が、全てを賭けてこの戦場で戦い、立ち向かってきている。

 そして王太子が立ちはだかろうとする。

(時は過ぎゆくものなのだな)

 神美帝であろうとも抗うことのできぬ、時というものを、今しみじみと感じとった。

 ドラゴン騎士団、リジェカ軍とともに駆ける赤い兵団のセヴナは立ちはだかろうとする王太子の手勢を前に、突破口を開こうと一騎駆けし、コヴァクスに並ぶ。

 馬上、弓を引き絞り、王太子アスラーン・ムスタファーに狙いを定める。

(いけえ!)

 矢は放たれる。しかし、狙いは外れ、一兵卒の胸を貫いた。

「うむ」

 己めがけて矢が放たれたのを見て、アスラーン・ムスタファーは駆け比べをやめ、

「もうよい。リジェカ軍にぶつかれ!」

 と号令を下した。

 互いに反転し駆け比べをしていた両軍は、もうすぐ本陣というところでぶつかりあった。

 ドラゴン騎士団・リジェカ軍は立ちはだかるアスラーン・ムスタファーの手勢を突破しようとこころみるも、鉄壁の守りをなされ進むもならなかった。

「邪魔するな!」

 コヴァクスとニコレットは剣を振るい血路を開こうとする。赤い兵団は咄嗟にコヴァクス、ニコレットを取り囲みこれを守ろうとする。大将が討たれれば戦はしまいである。

 セヴナも白兵戦となれば得意の弓は使えず、不得手な剣をもって敵兵を薙ぎ払うしかなかった。

「ああ、もう!」

 忌々しく剣を振るいつつ、ニコレットのそばまでどうにかゆく。護衛のつもりだろうが、剣の腕にかけてはニコレットが数段上で、剣光ひらめかせ迫り来るタールコ兵を返り討ちにする様は華麗でもあり、伊達に小龍公女と称されてはいなかった。

「さすが……」

 なれぬ剣をもって戦うセヴナは、思わず見惚れてしまい、あやうく迫り来るタールコ騎兵の餌食となろうとしていた。

「あっ!」

 驚き、もうだめかと思うとともにニコレットの剣ひらめき、セヴナに迫るタールコ騎兵を薙ぎ倒す。これではどちらが護衛なのかわからない。

「申し訳ありません。ニコレット様」

「いいのよ」

 乱戦の最中である。和んだ会話などするゆとりなどなく、言葉短くかわしてひたすら敵兵を払いのける。

 さすが王太子アスラーン・ムスタファーの手勢であるといおうか。王太子自ら槍を振るい、敵兵を薙ぎ倒してゆき、将兵らも王太子の勇姿に心打たれ戦意は高く、ドラゴン騎士団・リジェカ軍を取り囲み騎士たちを血祭りにあげてゆく。

 この有利な状況にあって、アスラーンム・スタファーは敵軍を率いるコヴァクスとニコレットを目から離すことはなかった。

(大将首は、オレが獲る!)

 愛馬ザッハークを駆けさせ、人馬をかきわけ、一気にコヴァクスに迫る。

 それに気づかぬコヴァクスではなかった。

 槍を掲げて迫る若いタールコの騎士、その気迫の中にある威厳。初めて顔を見るが、アスラーン・ムスタファーであることはすぐわかった。

 その後ろに、イムプルーツァにエスマーイール、パルヴィーンが続く。

「うむ」

 すわやアスラーン・ムスタファーとの一騎打ちとなるか、と思われたがニコレット、コヴァクスに並び、

「お兄さま、ここはわたくしにまかせて、神美帝を!」

 と咄嗟にうながし、コヴァクスはアスラーン・ムスタファーと神美帝ある本陣の幕舎を交互に見て、

「頼んだ!」

 と一言叫び、まっしぐらに神美帝ある本陣に迫った。

「王太子にして獅子王子アスラーン・ムスタファーとお見受けいたします。いざ、我と雌雄を決せん!」

 ニコレットは迫るアスラーン・ムスタファーに迫った。援護とダラガナ率いる赤い兵団も続く。

 アスラーン・ムスタファーは自分に迫る女騎士の両の瞳の色が違うのを見てとった。

「女、汝は小龍公女なるか!」

「そのとおり、小龍公女ニコレット!」

 ニコレットの剣とアスラーン・ムスタファーの槍がぶつかる。

 その一方で、ダラガナはイムプルーツァとぶつかり、

「このお!」

「なんの!」

 とセヴナとパルヴィーンはは赤い口を開けて叫びながら、ぶつかった。

「誰びとも王太子の一騎打ちを邪魔することはならぬ!」

 エスマーイールは審判のように振る舞い、アスラーン・ムスタファーとニコレットの一騎打ちの周りを駆け巡る。

 そのとおり、誰もその間に割って入ろうとはしなかった。

 双方目をいからし、輝かせて激しく渡り合う。アスラーン・ムスタファーの槍はニコレットの胸板を貫こうとするが、剣で弾き返されざま、鋭い刺突しとつを見舞われそれを咄嗟にかわす。

(さすが小龍公女、できる)

 アスラーン・ムスタファーは内心舌を巻いた、だがそれだけに戦い甲斐があるというものだった。

 

 アスラーン・ムスタファーをニコレットにまかせ、コヴァクスは神美帝のある本陣に迫ろうとしていた。

 しかし敵もさるもの、守りが堅くなかなか進むことができない。

 早めに反転に気付き守りの体勢をととのえたアスラーン・ムスタファーの機転により、ドラゴン騎士団・リジェカ軍は足止めを食らう羽目になってしまった。

 その一方で、シァンドロス率いるソケドキア神雕軍はヨハムド、ギィウェンの手勢を振り切り、本陣にぐんぐんと迫ってきている。

 このガウギアオスにおける合戦、一番手柄はソケドキア神雕軍なるか。

 

 龍菲ロンフェイは遠くで戦況を見守っていたが、ドラゴン騎士団が王太子の手勢に立ちはだかられ足止めされ、さらにソケドキア軍が追っ手を振り切りタールコ本陣に迫るのを見て。

 ため息をひとつついて、駆け出した。


 戦車隊と当たりながら歩兵を中心とした一万のリジェカ・ソケドキア中軍は後ろへ後ろへさがってゆく。この一万の手勢もまたおとりで、いくらかでもタールコの手勢を本陣から引き離すのが目的だ。だから勝つ必要はなかったが、かといって背中を見せて逃げることは許されなかった。

 ソシエタス、イギィプトマイオスもよく戦い。ファランクスの槍衾もある程度功を奏し、戦車隊を受け止めるように当たり、後ろへさがる。

 ソシエタスは剣を振るいつつ、戦況がどうなっているのかタールコ本陣の方へ目を向けた。

「ううむ」

 思わずうなる。

 ドラゴン騎士団・リジェカ軍はアスラーン・ムスタファーの手勢に阻まれ、本陣に近づけない。その一方で、ソケドキア軍は追っ手を振り切り本陣に迫っている。

 イギィプトマイオスも戦況が気になり本陣、ソケドキア軍に目を向ければ、にやりと笑う。

 というとき、ふと、なにかが視界に入り込む。

「女?」

 ぽつりと口ずさむ。一瞬見間違いかと思ったが、身間違いではない。確かに、女がこの戦場に紛れ込んでいる。

 その女は白い衣に長い黒髪をなびかせ、風に乗るように軽やかに砂丘を駆けていた。

「あ、あれは龍菲!」

 思わず叫んだ。

 龍菲は中軍と戦車隊のぶつかり合いを避けて、まっしぐらにドラゴン騎士団・リジェカ軍とアスラーン・ムスタファーの手勢がぶつかり合っているところを目指していた。

 龍菲はイギィプトマイオスから見れば、妖術ともとれる奇妙な体術を心得ている得体の知れぬ女であった。

 それが何の目的あってこの戦場にあらわれたのか。

 その姿はソシエタスも目撃している。

「あれは……」

 危機に陥った時、縁があるのか彼女が現れては助けてくれた。彼女がいなければ、今こうしてタールコと戦ってはいない。

「女神だ」

 思わず、そうつぶやいてしまった。

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