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第十九章 ガウギアオスの戦い Ⅳ

 左翼リジェカ軍一万五千、右翼ソケドキア軍二万五千の軍勢は左右に広がって展開してゆく。

 正面からぶつかるような真似はすまい、と思ってはいたが、さてどのように戦うのか、タールコ軍は意外にも思いあぐねていた。それもそうだろう、わずか五万でどのように三十万の軍勢と当たるというのだろう。

 まず、そんなことは誰しもが避ける。しかし、リジェカ・ソケドキア連合軍はそれをしようとした。

 シァンドロスは先頭に立ち愛馬ゴッズを駆けさせ、右へ、方角にして南へ南へと馳せてゆく。それに対しドラゴン騎士団率いるリジェカ軍は左へ、方角にして北へ北へと馳せてゆく。

 それを、陣頭に立っていたアスラーン・ムスタファーの軍勢五万と、左翼に陣取っていたヨハムド、ギィウェンの軍勢五万がそれぞれ左右に展開しながら、追った。

 中央にはソシエタス率いる五千とイギィプトマイオス率いる五千が残った。主に歩兵が中心だったが、ソケドキア側は皆、長槍を繰り出すファランクス隊だった。

 そこへ、戦車隊が迫る。

「来るぞ!」

 数はやはり五万ほどか。こちらの五倍である。

「決死の覚悟で当たれ!」

 まさに決死の覚悟でソシエタスとイギィプトマイオスは叫んだ。

 おお、と怒号をはなちながらファランクス隊は整然と並んで槍衾を展開し、五百人が一列となり、十列の厚みある隊列を組んだ。

 その左右に、手勢を二手に分けたソシエタス率いるリジェカ軍が展開した。

 戦車隊の馬は槍衾にも怖じず突っ込んでくる。そのファランクス隊の左右から、矢が飛ぶ。

 運悪く矢を受けた馬は転倒し、馬車をひっくり返す。

「撃て、どんどん撃て!」

 ソシエタスは大声で指示を出しとにかく矢を撃たせた。だが戦車隊もさるもの、出せるだけの速度で駆け、矢を受けたわずかな戦車を尻目に距離をぐんぐんと縮めてくる。

「前進!」

 イギィプトマイオスが機を見て前進の指示を出す。ファランクス隊は戦車の馬めがけて槍の穂先を繰り出す。

 穂先は馬の喉仏を貫くも、勢いあまって血の泡を吹き出しながらファランクス隊の歩兵を蹄で蹴り、あるいは踏みつけ。さらに車輪で轢く。

 だがファランクス隊の厚みある槍衾は前列が突破されてもなお穂先を繰り出し馬を、戦車の将兵を貫く。左右からはリジェカ軍が剣や槍を振りかざし、槍衾にかかった戦車を挟み撃ちにして将兵を引き摺りおろし、あるいは剣で、槍で倒して地面に落とす。

 と、一見善戦しているようだが、いかんせん数が違う。

 じりじりと、リジェカ・ソケドキア連合軍は退いてゆく。

 

 中央の様子など気にも留めず、シァンドロスは駆けた。タールコ軍との距離はどんどんとひらいてゆく。それを追うヨハムド、ギィウェンの手勢。

「やつら、我が軍を見てすんでのところで逃げる気になったようだ」

 数の優位もあり、追うタールコ軍は余裕の表情を見せた。

 だがアスラーン・ムスタファーはそうは思わなかった。

「追え、なんとしても追いつけ!」

 ドラゴン騎士団の龍牙旗のはためきを見て、何かあることを察した。先頭には、かつてシァンドロスの愛馬であったグリフォンを駆る小龍公コヴァクス、その後ろには白馬の白龍号を駆る小龍公女ニコレット。

 ふたりの後ろには、紅の龍牙旗を掲げるドラゴン騎士団の騎士、名をアトインビーといった。リジェカ人で新たにドラゴン騎士団に加わった若い騎士だ。

 紅の龍牙旗のことは、アスラーン・ムスタファーも知っている。国王自らが下賜したという、ドラゴン騎士団の誇りの旗である。それを最前線に持ってくることの意味は。

(これは逃げているのではない)

 ふと、本陣との距離がひらいてゆくことに気づく。

(そうか、やつら我らと本陣を引き離すつもりか)

 ふっと閃く。

獅子王子アスラーン! 本陣と離れてゆきますぞ」

 イムプルーツァも気づいたようだ。

「小癪な真似をする」 

 アスラーン・ムスタファーは槍を掲げ、

「とまれ!」

 と号令を下し、手勢を止めようとし、さらに急反転し手勢を本陣へと引き返させようとする。

 敵軍の様子を見て、コヴァクスは舌打ちする。

 気づかれたようだ。

「反転! 全速力で敵本陣へ向かう!」

 グリフォンの手綱を操り、急反転し神美帝ドラグセルクセスのいるタールコ軍本陣の幕舎へと向かう。それから、アスラーン・ムスタファーの手勢と駆け比べになった。

 そう、この戦いにおいての策とは、自らをおとりとしてアスラーン・ムスタファーをはじめとする主力とドラグセルクセスのいる本陣とを引き離し。その間隙を突いて急反転し、一気に本陣を攻める、というものだった。

 実際、左右に展開したリジェカ・ソケドキア連合軍を追った主力、アスラーン・ムスタファーと、ヨハムド、ギィウェンの手勢はかなり本陣から離れていた。

 本陣からは述べ十五万の軍勢が離れているが、まだのこり十五万いる。しかしそれらも、追撃体勢をとり、動き出そうとしていた。

 獲り甲斐のある首がいくつも自ら進み出てきているのだ。優位に立つ余裕から、欲に駆られる者が多数出てもおかしくはなかった。

 そのため、軍勢全体の形態は崩れだし、本陣の守りは徐々に手薄になっていった。

 それこそが、シァンドロスの狙いだった。

 

 このガウギアオスの戦いを遠くから見つめる黒い瞳。

 白き衣を身にまとうその女は、戦況を見守っている。

 これなんは、はるか東方のマオ国の出である龍菲ロンフェイであった。

 廃墟となったアノレファポリス跡に身を潜めていたが、コヴァクスやニコレットがわずかな手勢でタールコの大軍を相手に戦うのを聞き、興味に駆られて見に来た、というわけだ。

 五万ほどのリジェカ・ソケドキア連合軍は砂埃を巻き上げながら六倍の兵力を相手に合戦している。

 およそ一万ほどの歩兵が戦車隊をはじめとする五万の軍勢を迎え撃ちながら、後ろへ後ろへと下がっている。

 その一方で北から南へと駆ける手勢が二列、駆け比べをしている。西側の軍勢には龍の牙と龍の姿をあしらった旗印。ドラゴン騎士団にリジェカ軍であろう。

 かと思えば、もう一方は二列になってこれも北から南へと駆け比べをしている。これはシァンドロスの手勢とヨハムド、ギィウェンの手勢であった。

「無謀な」

 自然や要塞を利用することなく、砂丘において兵力差ある相手と戦うなど。だが今のところ互角に渡り合っているようだ。

 動きを見るに、策はあるようだ。だがどこまで通用するのであろうか。

「義、のために……」

 大軍を相手に戦うのも、なにかしらの「義」あってのことであろう。コヴァクスらのことは詳しくないが、己の欲のために剣を振りかざすことはせぬ「騎士」であることは、わかる。

 そして勇士であるとも思った。

 シァンドロスと手を組んだのも、本意ではあるまい。

 タールコ軍の中央には大きな幕舎があり、あれが本陣であろう。コヴァクスの手勢はそこに向かっている。だがそれを追うアスラーン・ムスタファーの手勢。

 先に策に気づき、反転したので駆け比べを優位に進めている。

 龍菲の脳裏にコヴァクスの苦い顔が浮かぶ。

 一方、シァンドロスは自分たちを追うヨハムドにギィウェンの手勢が本陣からだいぶ離れたのを見てとり、

「反転!」

 と、ゴッズの馬首を反し、まっしぐらにタールコの本陣へと向かった。

 これに慌てたのはヨハムドにギィウェンであった。

「や、や、逃げているのではなかったか」

 まるで鹿でも追うような気軽さでいたため、咄嗟の反転の号令を下しても、うまく動けなかった。

「反転せよ、反転せよ。ソケドキア軍を追え!」

 ヨハムドもギィウェンもそう怒鳴り散らすが、なかなかうまく反転できず、五万の手勢の将兵らは四方八方にぎこくちなく動き、まとまらない。その間にも、ソケドキアの軍勢は離れてゆき、本陣に迫ってゆく。

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