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第十九章 ガウギアオスの戦い Ⅲ

 軍議は進む。

 シァンドロスの策は、策と言えるものかどうか疑わしいものだった。

「これで、勝てるか?」

 コヴァクスの問いに、シァンドロスはあいかわらずの不敵な笑みで、

「勝てる」

 とこたえる。

 もう陽は落ち、燭台の火がぼやけつつもひとびとを夜闇からすくい出す。

 幕舎の空気は夜の帳が落ちるとともに冷えつつあるはずだが、その中の人々は大軍と戦う緊張感のなせる業か、身体の芯は際限なく熱くなる。

 ことにコヴァクスにニコレットらドラゴン騎士団にリジェカ軍は、シァンドロスの誘いをまさに英断ともいうべき決断で乗っただけに、その緊張、胸が張り裂けそうでもあり。

 それとともに、長年の宿敵であったタールコと一大決戦を迎えられる興奮をおさえがたい。

 リジェカの者たちはともかく、コヴァクスとニコレット、ソシエタスには、タールコに対し憎しみはなかった。むしろ、愛情や憎悪を超え、戦士としての宿命の敵であるという感情があった。

 そしてその先に、オンガルリの復興という夢があった。

 復興か、さもなくば、死。

 やがて来る一大決戦を前に、コヴァクスとニコレットの瞳はほの暗い幕舎の中でも強い光りを放っていた。

 シァンドロスはそれを見逃さなかった。

 シァンドロスの野望。コヴァクスとニコレットの悲願。

 それが今はひとつにまとまり、一大決戦に挑ませようとしていた。

 

 翌朝、夜闇は払われて青い空に雲が思い思いの姿で泳ぐ空を朝日がのぼっていた。

 ガウギアオスの砂丘の入り口で陣取っていたリジェカ・ソケドキア連合軍は待ち受けるタールコ軍三十万の軍容が見渡せる地点まで進軍した。

 タールコ軍でも、敵軍が目前にあらわれたことでにわかに動きを見せだす。

「来たか」

 アスラーン・ムスタファーは血気盛んに槍を握りしめ前線に駆け出す。

「まだまだ、まだまだでございますぞ」

 イムプルーツァが隣で若き王太子を制す。神美帝ドラグセルクセスの下知はまだ出ていない。いかに王太子といえど、勝手な振る舞いはゆるされない。

 アスラーン・ムスタファーはエスマーイールに傘を差されながら、相対する敵軍の数に眉をひそめていた。

「話には聞いていたが、まこと少ないではないか」

 三十万の軍勢に、わずか五万ばかりでいどもうとするのは、まるで自殺行為だ。タールコ軍がガウギアオスの砂丘に軍勢を結集させたのはソケドキアにリジェカの様子をうかがうためでもあったのだが、よもや恐れを知らずに進軍してこようとは。

 もし進軍してこなければ、軍勢を二手に分けてリジェカ・ソケドキアに進む手はずであったが、その手間がはぶけた。

 などと、神美帝ドラグセルクセスは思ってはいない。

「よほどの覚悟と勝算があるとみえる」

 周囲の臣下にそう言って、決して油断せぬようにと触れて回らせる。実際相手が少ないのを見て、安心しきってしまう兵も少なくなかった。

 それはアスラーン・ムスタファーの耳にも入った。もとより、辛酸を舐めさせられた相手であるシァンドロスを侮ってはいない。

「おお、あれは……」

 遠目に若い騎士が二名、シァンドロスとともにいるのが見える。一人は、兜からわずかに金髪が見え、その瞳は、よくよく目を凝らせてみれば、左は黒く右は碧い。これなん明らかに小龍公女と称せられるニコレットであろう。ということは、もう一人はその兄で小龍公と称せられるコヴァクスか。

「その姿を見るまで、千の春と秋と過ごしたと思うほど長かった」

 アスラーン・ムスタファーは胸にたまっていたものを吐き出すように、大きく息を吐いた。

 戦士としてドラゴン騎士団と戦えるという喜びは、またたく間に胸を駆け巡る。

 ザッハークも主の意を察してか、鼻息が荒い。

 神美帝のおわす大きな幕舎を中心に取り囲むタールコ軍三十万は、リジェカ・ソケドキア連合軍の様子を固唾を飲んで見守っていた。

 

 五万の軍勢を前に、愛馬ゴッズを駆るシァンドロスは意気軒昂に拳を振り上げ、将兵らの戦意を鼓舞する。

「見よ、眼前にあるものを。あれが何に見える」

 タールコ軍三十万の大軍である。とともに、シァンドロスはまた別のものと見る。

「あれは、我らの栄光への道を記す道しるべである!」

 三十万の軍勢を指差し、シァンドロスは咆えた。

「この戦いで、我らはさらなる大道へと躍り出るのだ。何を怖れることがある。確かに、今夕、夕陽を見ることのかなわぬ者もあろう。だが、それは戦乙女に導かれ天宮にて永遠の命を授けられることでもある。恐れるな! 我らの勇敢さは、天の神々も照覧である。勝利は我らにある!」

 振り返りタールコ軍、アスラーン・ムスタファーの姿を一瞥し、さらにシァンドロスは続ける。

「我らは神雕軍である。神の加護厚く、勝利は約束されているのだ。さあ、ゆこうぞ、勝利の大道を!」

「勝利を!」

 ペーハスティルオーンにイギィプトマイオスら将兵は神雕王シァンドロスにこたえ咆え猛った。

 ソケドキア軍は若き王シァンドロスへの信頼厚く、揺るぎはないものだった。

 ソケドキア軍の象徴であるくまたかの旗は、軍勢の意気を受けるようにはためいていた。

 後方では、ヤッシカッズはその様子を書きとどめている。そばには怪我の完治していない弟子のガッリアスネスが控えている。

 その一方で、龍牙旗と龍の旗そびえ立つドラゴン騎士団率いるリジェカ軍ではコヴァクスとニコレットが先頭に立ってシァンドロス同様、全軍に向かい戦意を鼓舞していた。

「我らの命運はこの一戦にあり!」

 コヴァクスは叫んだ。

「怖れるな! 所詮、我らには進む以外に道はない!」

「私たちは勇者か、臆病者か、避けられぬ戦いをいかに戦うのか。怖れる者は去り、勇者はすべてを我が剣に賭けて、進むのです!」

 ニコレットは剣を抜きはなち、高々と掲げた。

「さあ、勇気を奮い起こして、立ち向かいましょう、戦いましょう! 我らは勇者なのですから」

 色違いの瞳を輝かせ、ニコレットも叫んだ。

 輝きの中には、悲壮の決意も込められていた。

 怖い。正直に言えば、怖い。しかし、コヴァクス、そしてニコレットの勇姿は、将兵らの臆病を払うには十分であった。

「応!」

「やろうではないか!」

 怒号や叫びがリジェカ軍から響いた。

 赤毛の少女セヴナも、愛用の弓を掲げ、

「やるわよ、やってやろうじゃないのッ!」

 と意気盛んに叫んだ。

 

「さあ、どう出る」

 アスラーン・ムスタファーはイムプルーツァとともにリジェカ・ソケドキア連合軍の様子を見つめていた。

 数のうえで優位に立つタールコ軍は血気に逸ることをよしとせず、相手の出方をうかがっている。

 エスマーイールとパルヴィーンはそれぞれ己の傘をかかげて、相手の様子を凝視している。

 普段彼女らは合戦がはじまれば後方へと下がるのだが、エスマーイールとパルヴィーンに関しては、それぞれの主とともに戦う決意であった。

 熱風が頬を撫で、髪を揺らす。

 腰に佩く剣がずしりと重い。

 侍女といえど、数に差があるとはいえこの戦いが一大決戦になるであろうことは、うすうす感じることだった。

 かげろうが立っている。そのかげろうが、リジェカ・ソケドキア軍の意気によりつくりあげられたものにさえ思えた。

「おう」

 アスラーン・ムスタファーは声をあげた。

 動いた。リジェカ・ソケドキア軍の五万の軍勢はついに動き出した。

 だがそれは、奇妙な動きだった。

 中央に一万ほど残し、他四万、リジェカ軍一万五千、ソケドキア軍二万五千の二手に分かれて、鳥が翼を広げるように広がりはじめたではないか。

 右翼にシァンドロス率いるソケドキア軍。左翼にコヴァクス、ニコレットドラゴン騎士団率いるリジェカ軍。

「これは」

 一瞬アスラーン・ムスタファーは戸惑った。

 どういうつもりなのか。

 このことは神美帝ドラグセルクセスの耳にも入った。

「左様か」

 それだけだった。まるで勝敗には興味がないような、そっけないそぶりであった。

 だが前線に立つ者たちまで、そうするわけにはいかない。

「我が軍はドラゴン騎士団およびリジェカ軍を追う! ヨハムド、ギィウェンはソケドキア軍を追え!」

 王太子にして三十万の軍勢の副将たるアスラーン・ムスタファーは槍をかざし、咄嗟にドラゴン騎士団を追い始めた。

 ソケドキア軍は、ムハマド、ギィウェン率いる五万の軍勢が追った。

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