第三章 クンリロガンハのわかれ Ⅰ
ドラゴン騎士団を討つ前に、景気づけに凱旋式を執り行うため、都ルカベストに向かっている途中。新事実発覚と、イカンシより、エルゼヴァスが黒魔術に染まった魔女であったことを知らされ、王は。
「なんと、反逆者の妻は魔女であったのか」
と激怒して、都につくやいなや城には入らず凱旋式の準備を命じるとともに、イカンシにエルゼヴァスを捕らえにいかせた。
五万の軍勢はすべては都に入らず、大部分は郊外で待機をし。都に入ったのは、王と側近、将軍らとそれを護衛する近衛兵団と、百騎ほどの騎兵隊と、資材を乗せた馬車を曳く工作兵。それらが城の真正面にある円形の公園広場に入ると、工作兵が凱旋式のための演壇の設営にとりかかった。
王の四方は幔幕をめぐらし、外から様子はうかがえないようになっている。幔幕の中は王のほかに、イカンシをはじめ、その他お気に入りの側近や大臣に、屈強な護衛兵が数名控えている。
エルゼヴァスを捕らえに行ったイカンシと入れ替わりに、妻である女王ヴァハルラとふたりの娘、第一王女アーリアと第二王女オラン、末っ子の王子カレルが護衛兵や侍女に付き添われてやってきて。王に戦勝の祝いを告げた。
バゾイィーはご機嫌で家族を出迎え、ひと時の団欒をすごした。
女王ヴァハルラはバゾイィーと同い年の三十四歳。最初の子どもアーリアは十歳、次子オランは八歳、末っ子のカレルはまだ五歳であった。
タールコを迎え撃ちに行った王が、勝利の凱旋をもって帰ってきたことで、妻子は大変喜んだものの。ドラゴン騎士団がタールコと通じ反逆を企てていたことをに、非常に残念な気持ちだった。
(あれだけ我が夫が信頼を寄せていたのに。それを裏切るなど。人はわからない)
イカンシは「非常に信じられませんが」と涙ながらに、王と王女にことを訴えた。
奮戦百勝すること、これすべて反逆のため。王よ、王女よ、思い起こしてくだされ、ドラヴリフトが今までどう王に接してきたか。
と言われ、それまでのことを思い起こせば、なるほど、ドラヴリフトは何かにつけて、王に内政に専念することをうながしていた。この国で戦のできる者は、ドラゴン騎士団のみと言わんがばかりに。
またエルゼヴァスは魔女であったという報せが、心に二度目の杭を打ち込まれたような衝撃であった。
ヴァハルラはエルゼヴァスとともに紅茶をたしなんだことがあるほどの仲だけに、内に秘められたおぞましさに心胆寒くなる思いであった。とともに、報せをくれたイカンシに感謝すること尽きない。
忠臣のイカンシなくば、奸臣ドラヴリフトに国をのっとられていたところであった、と。無論三人の子どももそれを信じている。
王とその家族は、国と我が身、我が家族の安堵に喜び、団欒に花咲かせていた。
しばらくして、エルゼヴァスを捕らえに行ったイカンシが城から帰ってきた。が、うかない顔をしている。
「おそれながら、女王様と王女様、王子様は、お席を外していただけませぬか」
と言うので、女王と三人の子どもは別の場所へ行かせて。イカンシの話をうかがうと、魔女は毒入りのワインを飲んで自害したという。
エルゼヴァスの自害に驚いたイカンシであったが、毒入りワインが赤いのを幸い。
「ご覧下さいませ、この赤さ。おそらく毒とともに血も混ぜられているのでしょう」
と、その瓶を差し出した。
王が都に到着し、石畳敷き詰められた城下の公園広場には凱旋式のための演壇が着々と造られている。演壇といっても、もちろんただの演壇ではなく、小さな城が一つ出来あがったような大きさに高さ、広さ、壮麗さがあり、
壮麗な演壇にて、威風も堂々と王は城を背景にして民衆に訴えかけるその姿は、まさに国家元首としての威厳をよく表現し。またそうすることで、権力によって力でねじ伏せるだけでなく、民衆に畏怖と畏敬を与える政治的効果もあった。
人々も戦勝の喜びを胸にいっぱいつめこんで、公園につめかけて。あとは、演壇の完成と国王バゾイィーがその演壇に上がって、威風も堂々と力強い演説をし、民衆を沸き立たせるのみ。
「してエルゼヴァスのなきがらは、いかがいたした」
「はい、首を刎ねるということでしたので、なきがらは、こちらの方に運びましてございます」
なるほど、それで家族には席を外してもらったのか、と納得しながら、
「左様か、見せよ」
という王の命令に応じて、白い布のかけられた担架が衛兵によって運び込まれる。
王は、布を取るように命じると、それに応じて、衛兵は布をとれば。
たしかに、そこに眠るはエルゼヴァスであった。
「む、エルゼヴァス……」
瞳を閉じ、静かに永久の眠りについているエルゼヴァスを目にし。バゾイィーの心に、わずかばかりの、憐憫の情がわいた。
「魔女を娶ったために、ドラヴリフトは反逆を企てたのか。ドラヴリフトに嫁いだから、エルゼヴァスは魔女になってしまったのか……」
最初、なきがらといえど、その首刎ねて、戦神への供物にしようかと思っていたが。実際に目にして、その気が薄れてしまったようだった。
これはいかんと、王の様子を察したイカンシは、
「魔女といえど、哀れに思われるそのご寛大さ。イカンシ感服のいたり。ただ、これより龍退治にゆかねばならぬことを思えば、そのご寛大さが仇となるやもしれませぬ」
「む……」
イカンシの言い分はもっとものようではあるが、やはり死せる者をまた傷つけることには、抵抗を感じて仕方なかった。躊躇する王に、イカンシはたたみかける。
「それに、魔女でございます。死ぬも生きるも自在であれば、いかがなされます。お情けをかけ手厚く葬ったところで、蘇って墓より出てこぬとも限りませぬ」
「そちの言うとおりだ。だが、やはり首を刎ねるのは、気が進まぬ。神父に命じ、悪魔祓いの儀式を執り行えば、それでよかろう」
「悪魔祓いの儀式……」
拍子抜けしながらも、それをさとられぬよう平静を装い、王の言葉を繰り返すイカンシ。バゾイィーは、うむ、と頷く。
「マーヴァーリュ教会のルドカーン筆頭神父に命じて、民衆の前でエルゼヴァスのなきがらから悪魔を祓わせよ」
これ以上の説得は無理だと、イカンシは命令に服し、マーヴァーリュ教会のルドカーン筆頭神父を呼びにいった。
その一方、王はエルゼヴァスを手厚く葬るため、都で一番大きな教会であるマーヴァーリュ教会管轄の墓地に立派な墓碑を建てる事を他の側近や大臣に命じていた。
いかに魔女であろうと、マーヴァーリュ教会管轄の墓地に家族とともに丁重に弔えば、恨みはすまいと思ったが。
もしこれをイカンシが聞けば、
「悪人はどのように親切にしても善人にならず。つけあがるのみでございます」
と反対をしただろう。が、その反対をする本人が出て行ったので、ことは簡単に決まった。
やがて演壇の設営も済み。ルドカーン筆頭神父もやってきた。王の家族はと言えば、女王はともかく子どもに死体をみせたくないからと、今いるところで待つよう命じた。
バゾイィーを先頭にルドカーン、その後ろに担架に乗せられ横たわるエルゼヴァスのなきがら、、瓶をもったイカンシと続く。葬儀の件は、すでに王が他に命じたので、イカンシは何とも言えなかった。
演壇に王やルドカーン、エルゼヴァスのなきがらがあらわれて、つめかけた群衆はにわかにざわつきだす。
あれは、大龍公の奥さま、エルゼヴァス様でないか、と。
英雄に賢婦あり。その賢婦の変わり果てた姿に、群集は驚き動揺を禁じえない。何事があったのだろう、と。それを察し、王は右手を挙げ、
「静粛に!」
と声を大にして言えば、やはりそこは王であった。
威厳を感じさせる底力ある声は群集の耳朶に響き、ざわめきは潜んで、水を打ったような静寂があたりをつつんだ。