第十九章 ガウギアオスの戦い Ⅰ
ガウギアオスの地にタールコの軍勢が集まりつつあるのは、ソケドキアとリジェカ双方にも伝わった。
その数は途方もないもので、両国の斥候は息を切らし、
「すでに十万を越えるも、まだ後から続々と軍勢が集結しております」
と言う。
伝え聞いたシァンドロスはタールコが本気を出したことを知った。奪ったイッソノの砦を前線基地にし、ソケドキアとして集められるだけの軍勢を集めているところだった。
その数は三万になる。
このシァンドロス、エラシアを制して次にタールコを狙い、奪えるものは奪う算段であった。
国力に差があるのはわかっている。それを承知で策をめぐらし、勝てる戦いを進めるのだ。
が、思ったよりタールコは早く動いた。とともに、ドラゴン騎士団らとガウギアオスの地に向かうことを思いつき、すぐに密使を向かわせた。
リジェカの方では、ガウギアオスに大軍が集結していると聞き、国中に戦慄が走っていた。
「いよいよ本気を出したか」
こうも動きが早く、しかも十万をこえ、いやその数は三十万になるであろう、とまた別の斥候から伝え聞き、経験豊富なイヴァンシムでさえいくら水を飲んでも喉の渇きおさまらぬ緊張をおぼえたものだった。
モルテンセンともなればなおさらで、恐怖すらおぼえ頭を抱えた。
おそらく、ソケドキアとの同盟が知られたのかもしれない。だから早い動きを見せているのかもしれない。
斥候が来た時点でこれなのだから、今ごろはどうなっていることであろうか。
リジェカなどどのように軍勢を集めても二万がせいぜいである。そこへ三十万の大軍を遣わされればどうなるか。
「守りを固め、ソケドキアに援軍を要請する密使を送るしかありますまい」
とイヴァンシムは言う。
守備の戦いで実績のあるドラゴン騎士団は、天険の要塞に立てこもりそこでタールコ軍を迎え撃つことを進言し、イヴァンシムとダラガナもそれはいいと喜び赤い兵団、そしてフィウメのフィウメ独立軍など、動員できる者は動員しタールコに備え、立てこもるによい地を探す手はずを整えていた。
そんなときに密使が来て、ともにガウギアオスにゆこうと言うものだから、王はもちろん国の重責を担う臣下たちが驚いたのは言うまでもない。
聞けばソケドキアは三万出せるというから、合わせて五万になるが、それでもタールコ軍三十万との差は大きい。
「我に必勝の策あり。我を信じともに戦わん」
密使はシァンドロスの言葉を伝える。
必勝の策とは、なんであろう。自分を信じろなど、いかにもシァンドロスらしい言い方であるが、シァンドロスは根拠のない自信をもつほど自惚れ屋でもないことは知っている。
ならば、ほんとうに勝てる策を秘めているのか。
円卓を囲み論議がなされた。
天険の要塞に立てこもることを最初に提案したコヴァクスとニコレットは、シァンドロスのガウギアオス行きに乗り気ではなかった。ともに、シァンドロスの大胆さに驚いてもいた。
それとは別に、意外にもイヴァンシムはゆこうと言った。
「天険の要塞を築き立てこもるもよいでしょうが、それはいつまで立てこもるというのですか」
コヴァクスとニコレットは言葉につまった。
篭城戦は援護を期待しながらするものである。シァンドロスに援護に来い、といってもタールコが間に挟まり、それをまたいでこなければならない。となれば到着するにしても時間がかかるか、あるいは、勝利の見込みなしとシァンドロスは断るか。となれば、援護は期待できそうになく、敗れる算段が大きい。
国力に差があり過ぎる。それが一番の課題であった。
あのとき、テハーナに立てこもったときは、リジェカ軍は団結がなかった。だからすこしてこずっただけで、仲間割れを起こしそこを突かれて一挙に壊滅し、挙句の果てには途中でドラゴン騎士団側につき、ともにメガリシにゆく者も多かった。
が、タールコは勝手が違う。
国力に差がある、しかしいずれ決着をつけねばならぬ。その葛藤をリジェカは抱えていた。
モルテンセンは瞳を閉じて、思案にふけっていた。
脳裏に浮かぶのは妹のマイアと、メイドとして仕えるカトゥカ。召使いでありよき友人となってくれたクネクトヴァに、円卓を囲むドラゴン騎士団のコヴァクスとニコレット、赤い兵団のイヴァンシムとダラガナ、そしてリジェカの人々である。
革命の喜びも年が明けタールコ来るかと警戒すること大きく。皆不安を抱いていた。
それだけに、ドラゴン騎士団と赤い兵団に期待するところも大きい。
「いってくれ」
モルテンセンは瞳とともに口を開き、そう言った。
「座して滅びの日を待つか。それとも、いちかばちかに賭けてシァンドロスと共戦し、わかずかな可能性に賭けて戦うか」
モルテンセンは王として、円卓を囲む騎士たちを見つめていた。
「いちかばちかの賭けになるが、避けられぬ戦いでもある。ならばシァンドロスとともにガウギアオスにて戦うしかなかろう」
それはある意味で、王より死ににいけと言われているようなものである。
だがコヴァクスとニコレット、イヴァンシムにダラガナに否やはなかった。モルテンセンも覚悟を決めている、それが痛いほどわかった。
「わかりました。ゆきましょう」
意を決して、円卓の騎士一同、王に決意を語った。
ガウギアオスに集結するタールコの軍勢を迎え撃つため、軍備が急いで整えられて。二万の軍勢はガウギアオスに向かう。
同時に密使に共戦の意を伝え、密使は急ぎシァンドロスのもとに向かった。
シァンドロスと合わせて五万の軍勢で、タールコ三十万の軍勢と戦う。
軍全体に緊張が走る。
それでもゆくのは、ドラゴン騎士団と赤い兵団があればこそ。彼らについてゆけば、という信頼感が、足を動かした。
中には弱音を吐く者もあったが、
「避けては通れない戦いなら、やるしかないじゃない!」
と赤毛の少女セヴナは己を鼓舞しながら同志を励まして回った。
自身の支度をすぐに済ませて、セヴナは愛馬の紅馬を駆けさせながら矢を放つ矢馳せ馬の鍛錬を怠らなかった。
セヴナはもともとユオの生まれで旧ヴーゴスネアの内乱で家族を失い途方にくれていたところを、紅い兵団に拾われて義勇兵として戦いの日々を送っていた。
いつしか悲しみから立ち直り、勇敢に戦い特に馬上から矢を放つことを一番の得意として、かつ持ち前の明るい性格から雰囲気も明るくして、赤い兵団においてなくてはならない存在となっていた。
そんなセヴナが郊外で鍛錬をしているとき、鎧姿も勇ましく色違いの瞳を輝かせ、金髪を風になびかせるニコレットが愛馬の白龍号を駆って姿をあらわした。
彼女もまた勇み昂ぶる気持ちを抑えられず合い間を見つけ、愛馬を駆っていたところだった。
セヴナはその姿をみとめると、嬉しそうに駆け寄り馬を並べ、
「いよいよなのね!」
と声を弾ませて言った。
ニコレットも笑顔で色違いの瞳にセヴナを映し出し、
「そうね。すべてはこの戦いで決まるわ」
と応えた。
ふたりに臆病はなかった。ともに故国がリジェカではなく、家族もない。後ろに退く道などないと思っていた。死ぬかもしれない。しかし、前に進むしかないのであれば、前に進む途上で死する方がよかったし、またそれも避けられぬことと覚悟を決めていた。
そんなふたりの間には友情があり、また潔い覚悟もあり。
清く正しく美しく、ふたりの姿こそ騎士の姿そのものでもあった。
周辺地域にも、リジェカ・ソケドキア連合軍がタールコとガウギアオスの地で雌雄を決しにゆくことが広く伝えられた。
無謀だ、と多くの人々が思った。
アノレファポリス跡で見廻りをする警備兵も、今回ばかりはさすがに……、とつい口にしてしまった。
それを聞き逃さぬ耳があった。龍菲であった。
(彼らは三十万の軍勢を相手に、五万で戦うというの)
さすがの龍菲もこれには驚きを隠せなかった。
故国である昴にも、少数をもって大勢と戦い勝利するという前例はある。例えば、うまく火と風をもちいて、三万ばかりの軍勢で百万の軍勢に勝利するなど。
(私には関係ない)
と思ったが。ふと、コヴァクスの顔が浮かぶ。彼をはじめとするドラゴン騎士団は革命をなしとげ、国を樹立した、ということは風の噂で知り見廻りの兵の話でも知った。
未知なる西方世界においても兵法があり、その兵法をもって小で大に当たることは、龍菲にとって新鮮な驚きを覚えさせた。
(どのようにして戦うのだろう)
興味は無関心を越えて、戦いぶりを見てみたい、と思いアノレファポリス跡を離れて、ガウギアオスの地に向かった。