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第十八章 報復の誓い Ⅰ

 タールコにおいては、アスラーン・ムスタファーが旧ヴーゴスネアの五ヵ国征服の凱旋で賑わい、トンディスタンブールの人々はこれを盛大に出迎えて、

「さすが獅子王子アスラーンよ」

 ともてはやした。 

 イムプルーツァをはじめギィウェンにヨハムドもまんざらでもなさそうに、トンディスタンブールに入都する。

 神美帝と称されるドラグセルクセスの子息は獅子王子アスラーンと称され、だれもが後継を信じて疑わず。

 タールコの未来は明るいと、喜んでいた。

 もうトンディスタンブールは都を挙げての祝祭の様相を呈し。

 凱旋から三日は、夜も昼にするほどのかがり火がたかれ人々は眠らず、祝杯を手に飲めや歌えやとおおいに賑わい。

 四日目にしてようやく普段の生活に戻ったほどだった。

 だが人々の喜びをよそに、アスラーン・ムスタファーは浮かぬ顔をせざるをえなかった。

 五ヵ国征服は父である神美帝のはからいによってなされたわけだが、はからった理由がシァンドロスとの戦いに敗れたためだった。

 ほんとうならば、アスラーン・ムスタファーは王位継承権を失い、イムプルーツァも死罪であった。それで済むならまだいいが、シァンドロスと戦った勇士たちまでが自信を失いそれがタールコ全体に広がるのを避けるためにも、いまいちど自信をつけさせるために、もっと平易な役目にまわされたからだ。

 アスラーン・ムスタファーはそれを重々承知していた。

 イムプルーツァも内心ほっとしつつも、心から穏やかにはなれないでいた。

 神美帝と謁見したとき、そのことには触れられず、

「よくやった」

 とのお褒めの言葉が下されたが、その一言だけであった。五ヵ国も征服しながら。だがそれは、シァンドロスと戦うことに比べればまこと平易なものであった。

 だから去年年内に果たせた。

 労をねぎらう言葉も少なめに、神美帝は言った。

「次回より出征するときは、予も出る」

 それは神美帝ドラグセルクセス自らがシァンドロスとドラゴン騎士団と戦うという意思表示のあらわれでもあった。

 シァンドロスは南方エラシアを制し、ドラゴン騎士団はリジェカ国防の要として強い存在感を示している。

 今年はその二つと戦わねばならぬ。それに、神美帝ドラグセルクセス自ら当たるというのだ。

 これが、何を意味するのか。

 アスラーン・ムスタファーは跪き、

「御意」

 と一言のみ応えるしかなかった。

 

 天宮の片隅に、王族貴族のための鍛錬場があった。 

 四方を囲む白い円柱、その上に平らに研磨された大理石が乗る。

 その鍛錬場に西日が差し、影が伸びる。それとともに、召使いたちは燭台を用意し、いつでも火をつけられるよう火打石を手に構えている。

 引き締まった上半身をさらし、ふたりの剣士が剣を打ち合う。

 それはアスラーン・ムスタファーとイムプルーツァであった。

 王子と臣下であるとともに、ふたりはよき友人でもあり、剣の稽古もよくやったもので。今も、刃引きの剣を用い実戦さながらの激しい剣の打ち合いを見せている。

 身体もよく火照り、汗もよく流れ。動くたびに汗が散る。

 西日で伸びた影もやがて夜の帳がおちるとともに闇にとかされ、かわって燭台の火が鍛錬場を闇からすくい出す。

 しかし太陽ほどの光りの恵みはなく、ふたりは燭台の火がともるとともに稽古を終えた。

 アスラーン・ムスタファーにイムプルーツァは稽古を終えると布で汗を拭い、服を着替えた。

 それから、アスラーン・ムスタファーはどっかと座り込み。難しい顔をして地面を睨みつける。

「いかがなされました」

 イムプルーツァは気になって声をかけるが、それには応えず、燭台に火を灯した召使いらに、

「ここから出よ!」

 と大きな声で命令した。

 まさか王子たるものを置いてゆくわけにもいかないと、召使いらは戸惑いつつとどまろうとするが。

「出よ!」

 という再びの命令の迫力に圧されて、やむなく姿を消し。イムプルーツァとふたりきりになる。

「それがしも、ゆきましょうか」

 何か悩みがあって、ひとりになりたいのであろうか。と思い気を利かせるが、アスラーン・ムスタファーは、かまわない、と言い引き止め、座るよううながす。

 イムプルーツァ座り込めば、

「聞いてくれ。オレは、悔しい!」

 アスラーン・ムスタファーは拳を握りしめながら言った。

 凱旋してから人々に笑顔を見せるものの、時折人の少ないところでは険しい顔もする。それが気がかりであったが、やはりアスラーン・ムスタファーの心は複雑なものになっているようだ。

 その理由は予測がついている。

「シァンドロスに敗れたこと、オレは本当に悔しい。この悔しさ、胸の中で燃えたぎり鎮まることを知らぬ」

 やむをえまい。生まれて初めての敗北であるのだから。

 イムプルーツァは言葉がなかった。こんな悔しそうなアスラーン・ムスタファーを見るのは初めてだった。

「ドラゴン騎士団、シァンドロス。この二つを倒さぬ限り、オレの心は鎮まらぬであろう」

 悶々としたものを、アスラーン・ムスタファーは抱えていた。それが痛いほどわかった。

 また悔しいのはイムプルーツァも同じだった。だが根が単純にできているのか、アスラーン・ムスタファーほどには悔しがることはなかった。

 ただ、

「報復あるのみ、でございますな」

 と言った。

 報復の気持ちはある。

 アスラーン・ムスタファーは、力強くうなずいた。

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