第十七章 同盟 Ⅱ
モルテンセン、コヴァクス、ニコレット、イヴァンシム、ダラガナ。
円卓を囲み国の重責を担う者たちが王とともにシァンドロスからの密書を読みいっていた。
「シァンドロスは、私と同盟を結びたいそうだ。そしてともにタールコと戦おうとも書かれてている。どうすべきか……」
今年で十二になる幼き王は、重臣たちの前で手を合わせ円卓の中央に置かれた密書を見入っている。
密使は別室にて控えている。
「現実問題として……」
イヴァンシムが重く口を開いた。
「我らは単独でタールコと戦う力がありません」
陽の差す議室で円卓を囲み、皆の間に沈黙が重い空気として流れた。
意気込みはある、しかし戦いは意気込みだけでは勝てぬ。
「では、同盟を結ぶというのですか」
ダラガナが口を開いた。シァンドロスに対し、よい印象をもてぬようである。それもそうだろう、覇道を歩み都市国家を二つも壊滅させた者と手を結んでも良いのかどうか。
コヴァクスもニコレットも、ひと癖ふた癖ありそうだと思いつつも、シァンドロスがそんな男であるとまで思わなかった。
あの不敵な笑みが思い起こされる。
それとともに思い出すのは、バルバロネだった。
粗野な傭兵だったバルバロネは面白そうだからと、そして、いつかコヴァクスとニコレットと喧嘩をするかもしれないと、シァンドロスに着いていった。彼女の行動が、今後のドラゴン騎士団とシァンドロスの関係を物語っているような気がしてならなかった。
共通の敵があるうちはいい、だがその敵がなくなれば、どうなるのであろう。
「将来のことも大事です。ただその将来も眼前の敵をどうにかせねばないものです」
はっ、となった。
コヴァクスとニコレットは何も発言できない。
若さもあって、戦略的なことは弱かった。だから発言は経験豊富なイヴァンシムとダラガナにまかせっきりにしてしまっていた。
今年はどういう年になるのであろう。
敗北か勝利か。いな、もっとあからさまに言えば、生きるか死ぬか。
ここでタールコに敗れて、なおおめおめと生きながらえることができるだろうか。たとえ誇りを捨てて生き残っても、再起する手立てを失い逃げ惑うしかないのではないか。
「では、イヴァンシム殿は、ソケドキアと同盟を結ぶお考えですか?」
とニコレットはたずねれば、イヴァンシムは口をへの字にしながらも、うなずいた。
「同盟を結ばなくても、我らだけで戦う手立てはないものでしょうか」
そうたずねるのはコヴァクスだった。彼としては、なるべくならシァンドロスと組みたくない。
だがイヴァンシムははっきりと、
「ない」
と言った。
コヴァクスは歯噛みをした。確かに、タールコほどの大帝国を相手にリジェカ一国だけでは無理がありそうだ。小さな勝利をものにできても、大きな勝利で局面をひっくり返すことができるかどうか。
「理想を持つことは大事です。私だって、本音を言えばソケドキアはある意味でタールコより厄介な相手だと思います」
王は真剣な眼差しでイヴァンシムの言葉に耳を傾けている。
「ソケドキアがいやならば、タールコの、アスラーン・ムスタファーの慈悲にすがりますか?」
なんともまっすぐな言い方であった。イヴァンシムはモルテンセンを見つめている。まだ幼い王に、国を背負わせるのは大人として忍びない。しかし、現実として王族が国を治めず、自分たちが国を治めれば反逆になってしまう。
赤い兵団として挙兵したのは、なんのためか。そのために、モルテンセンを王と頂くからこそ、敢えて厳しいことも言うのであった。
「それはできない」
それが王の答えだった。
「リジェカはヴーゴスネアから分かれたとはいえ、歴とした独立国。その独立性をたもつためにも、タールコの版図に入るわけにはいかぬ」
「ならば、どうなさいます」
「一時的になら、シァンドロスと組んでもよいだろう」
おお、と思わずコヴァクスはうなった。幼いとはいえ、王として様々な思いを巡らせているのであろう。
「ヴーゴスネアを今さら統一するにしても、世の中は急激に変動している。人の心もばらばらだ。もう、ヴーゴスネアという国は歴史の渦に巻き込まれて消え去ろうとしている。だが、リジェカとして、せめて灯し火を蝋から蝋へと移すようにしてでも、残しておきたい」
幼い王から出た言葉に、一同感心し、イヴァンシムは笑顔になった。
幼いながらも王としての自覚と、今までのイヴァンシムの助言と補佐から、その言葉が出たのであろう。
若いコヴァクスとニコレットは、あまり発言することができなかった。内心それを恥じながら、
(所詮、我らには戦しかないようだ)
とも思っていた。
ドラゴン騎士団は戦いの集団であり、国の政をつかさどる政治政党ではない。
「シァンドロスのことは、今後の動きを見て決めてゆくのですね」
ダラガナが問えば、モルテンセンはうなずく。
現実としては、それしか選択肢はないようであった。
こうして、ソケドキアとリジェカは同盟を結ぶこととなった。
同盟なる。
その報せとモルテンセン王の蝋印入り書簡をひっさげて、密使はソケドキアに戻ってきた。
望んだ結果が得られ、シァンドロスは満足そうだった。
「よし、これでタールコと戦える」
書簡を、蝋印をながめながらシァンドロスは今後の展望を脳裏に広げていた。
己の歩む覇道にタールコという大きな岩石がたたずんでいる。その岩石を取り除くためにも、リジェカ、いやドラゴン騎士団との協力はどうしても必要だった。
そう、本当に求めたのはリジェカとの同盟でなく、ドラゴン騎士団だった。
その編成こそ新しくリジェカ人の騎士によるものであるとはいえ、率いるオンガルリ人の小龍公コヴァクスに小龍公女ニコレットの存在は侮れない。
あの時、大熊をしとめているのを見た、初めて会ったときから、シァンドロスはコヴァクスとニコレットに一目置いていた。
特に、彼の脳裏にはニコレットの色違いの瞳が映し出されていた。
(ニコレットを手に入れるためにも、同盟は必要不可欠であった)
敵対する者を無理に手に入れようとしても、誇り高い彼女がおめおめとやられるとは思えない。それこそ、あのアノレファポリスの姫のように自害するかもしれない。
なんとシァンドロス、ニコレットをものにしようとしているのだった。そう、正妻としての求婚を考えている。
そのための同盟であり、共戦でもある。
ソケドキア神雕王率いる神雕軍とリジェカの、いやコヴァクスとニコレット率いるドラゴン騎士団とで手を取り合いタールコと戦い。これに勝利するなどして結果を出した上での求婚ならば、ニコレットも嫌とは言うまい。
「我が血筋に優れたドラゴン騎士団、小龍公女の血が混ざれば、我が家系に箔もつくというものだ」
愛情、というよりも、それがニコレットを求める一番の理由だった。
夢はタールコに匹敵する大帝国を築き、神雕王あらため神雕帝となることであった。ならば妻となる女も、それにふさわしい者であることが必要だった。
それがニコレットだ。
すべては、己の野心のために。
野心が動機を生み、行動と結果を生み、また野心を深める。
シァンドロスはあくまでも、覇道を歩む男だった。