第十七章 同盟 Ⅰ
月日は重ねられてゆく。
雪の白さは厚みを増して、人々をこごえさせていたが。寒い盛りをすぎれば、その厚みも徐々に薄まってゆき、雪融け水が沢や谷を流れてゆく。
春が徐々にでも近づき、人々は永遠に続くかと思われた冬の終わるのを名残惜しむことなく待ちかねていた。
そんなとき、オンガルリにて少しばかりの動きがあった。
ヴァラトノにて数名の騎士が深夜マジャックマジルの邸宅に集まり、かねてからの打ち合わせどおり、こっそりとヴァラトノを抜け出してゆく。
騎士、といっても彼らは代官に、もう平穏に普通に暮らしたいと言って下野し、騎士の身分を捨てた、はずだった。
だがそれはかたちだけのものだった。
そう、彼らは雪薄まるのを待ち国境を越えてリジェカにゆくのである。
マジャックマジルは、さすが年も年であるので無理は出来ずゆくことはできぬが、彼らにささやかながら支援をしてやることはできる。
「吉報をお待ちください」
装備を整え、手放したはずの剣を腰に佩き、騎士数名は覚悟を決めた顔をしつつ笑みを見せた。
その顔は希望に溢れていた。
「うむ、待っておるぞ」
マジャックマジルもとめるなど野暮なことはしない。もしこの若い騎士らに万一があっても、それも覚悟の上であるのだから、とめようなどなかった。
暗闇の中、松明もなしに闇に目を凝らし手探りで騎士たちがヴァラトノを抜け出す。
それを見つめる目。
これなんはカンニバルカだった。
機敏なところもあるカンニバルカである、騎士数名がリジェカへゆこうとするのを見逃すはずもない。
「オレの思った通りに動きおるわお前ら」
騎士たちの前に手下たち数名をひきつれ、立ち塞がる。皆手に得物を携え、一触即発の事態だ。
「うむ、見抜いておったか。ならばやむをえぬ」
騎士たちは剣を抜き、応戦のかまえをとる。見つかった以上は、突破するしかない、と思ったのだが。
「早まるな!」
一喝が響く。
騎士たちは無視して突っ込もうとするが。
「お前たちは小龍公と小龍公女を信じておらんのかッ!」
と言われて、動きを止めてしまった。
それからカンニバルカは矢継ぎ早に言葉を繰り出す。そうせねば、騎士たちは隙を見て突っ込み、その耳に入れることはできないからだ。
「お前たちは余計な真似をせず。ここで力を蓄えて、機会を待て! それがオンガルリのためだぞ」
「な、なんだと……」
正体不明の男、カンニバルカがオンガルリのためなどと言う。これはどういうことであろうか。
にやりと不敵な笑みを浮かべ、カンニバルカは自分の思っていることを言う。そうすれば、動きを止めた騎士たちは唖然として聞き入っている。カンニバルカの言うことは理にかなっており、反論できないでいるようだ。
「オレは小龍公と小龍公女に期待しておる。お前たちも同じように期待して待て」
「わかった。そうしよう……」
騎士たちは、憮然としながらも引き返してゆく。背中から斬りつけられることはなく、マジャックマジルの邸宅までもどると、事の次第を語った。
「左様か……」
マジャックマジルはほとんど放心状態だ。
あのカンニバルカ、何を考えているのか、まったく予想もつかぬ。だがそれだからこそ、味方とも思えぬが敵とも思えぬ。そして極めつけは、その図太さだった。その図太さに圧されてしまうのだった。
故国でそんなことがあるともつゆ知らず、リジェカにてドラゴン騎士団はあいも変わらず訓練に明け暮れた。
雪融けの時期となった。ということは、タールコの進出が迫るということでもあった。
事実上リジェカは幼き王を頂き、まさに若い国として、建国して日も浅い。そんなときだった。
どこからともなく、人が王城を訪ね、門番にあるものを差し出した。
それは蝋印を押された封筒だった。その蝋印は雕の描かれた猛禽類の印だった。
「あっ」
門番は思わず声をあげた。
それはソケドキア神雕王シァンドロスの蝋印だったからだ。ということは、ソケドキアからの使者ということだ。
しかも一人で、旅人の身なりをし。つまりは、密使だ。
すぐに門番は王城に駆け込み、赤い兵団の長であり今は王の補佐をしているイヴァンシムに報告した。
「これは、まことにシァンドロスからの密書」
蝋印を見て眉をひそめた。
リジェカとソケドキアは国境を接してはいない。詳しいことは知らぬでも、ドラゴン騎士団からシァンドロスとの話は聞いている。
封を解かずとも、内容はだいたい予想できた。
リジェカとソケドキアには共通の敵がある。そう、タールコだ。
雪融けの時期とともに情報も多く入るようになった。タールコの情勢はともかく、ソケドキアの情勢には息を呑むことが多い。
タールコは領土を広げゆくにも、王道を進む。しかしソケドキアは覇道を歩んでいる。
王道と覇道。関わるに面倒なのは、覇道である。
その覇道を歩むシァンドロスはリジェカとどう関わりゆくのであろうか。
「王はもちろん、すぐにコヴァクス殿とニコレット殿にも報せよ」
これは、リジェカの行く末を決める一大局面である。
ついにこの時が来たか、とイヴァンシムはため息をついた。