第十六章 白い世界の中で Ⅱ
月日は経ち、年を越した。
新年を祝う宴が各地でひらかれたが、リジェカのメガリシも新年の祝いが盛り上がった。
昨年まで権力争いに明け暮れる王が支配していたのが、革命があり世の中がかわった。人々はよいかたちで年を越せたその喜びをあらためて酒をもって爆発させていた。
メガリシ王城においても、モルテンセン王は杯をかかげ、コヴァクスにニコレット、クネクトヴァにカトゥカ、イヴァンシムにダラガナ、セヴナといった出席者らの労をねぎらった。
ちなみにソシエタスは北のフィウメにてメゲッリとともに北の動向を注視している。
ねぎらいながら、これからもリジェカのためによく働いてほしいと、王は厚く懇願した。幼き王が大人の臣下たちに頭を下げるのは、見ていて心が痛かった。
ニコレットは笑顔で、
「もとより我らドラゴン騎士団は、国のへだたりなく、王に、リジェカにお仕えいたします」
と応えた。
笑顔の裏では、本格化するタールコの進出をいかに食い止めるか、ということに心を砕いていた。
タールコには北に東、南と囲まれているのだ。
西方は海なので逃げ場がない。
一般市民はともかく、ここで自分たちまでが舟で逃げ出したらどうなるか。騎士としての面目もへったくれもあったものではない。
今年は、どうなるのだろう。勝利か、死か。そのどちらかしかなかった。それはモルテンセン王もよくわかっているようで、それが頭痛の種であったが、新年一日の一日だけは、世の憂いを忘れた。
隣の姫マイアは無邪気に新年の祝いを楽しんでいた。
雪が周囲を白く染める季節の中で、モルテンセン王は内政にいそしみ、ドラゴン騎士団に赤い兵団は訓練に明け暮れ。
コヴァクスは合い間合い間で気を抜けば、脳裏に龍菲のことが浮かんだ。
オンガルリの復興やリジェカの安寧こそ第一に考えねばならぬことだが、どうにも先に浮かぶのは龍菲のことだった。
(オレに恋心などあったのか)
コヴァクスは自分で自分の気持ちに戸惑っていた。
できるならば今すぐにでも、探しに行きたくなる。
誰にも相談できぬ悩みを一人抱えてしまっていた。
タールコは旧ヴーゴスネア五ヵ国を完全に征服し、その版図に入れた。
最後の征服地、ダメドで新年を迎えたアスラーン・ムスタファーは善政を布き、民に征服の不満がくすぶらぬようとりはからった。
真面目に働く者は重く用い、政の中心に置き。いらぬ復讐心を燃やすものは容赦なく弾圧した。
アスラーン・ムスタファーは叫んだ。
「我らが望むのは支配ではなく、統一である」
これまで旧ヴーゴスネアは七つの国にわかれて互いに相争い、多くの血と涙が流され。民ですら互いに憎しみあい、悲惨な思いをさせられること数え切れぬほどである。
それを終わらせるのだ。
タールコは、そのための統一である、と征服地に説いて回った。
信教の自由も許され、破壊された町や村もタールコの援助をうけ復興しつつあった。それでもなおタールコと敵対しようとする者は、やむをえず容赦ない弾圧をくわえざるをえなかった。
再びの戦火があがれば、せっかく得られようとしている平和を手放すことになり、民はまた悲惨な思いをさせられるのだ。
かつて敵対していたタールコが、思いのほか善政を布くので、旧五ヵ国の人々は最初悔しがるものの驚き、年が明けたころには協力的になっていた。
皮肉といえば皮肉であった。
同郷の貴族が民を無視し軽く扱ったのに、敵対した帝国が逆に民をいつくしむ。
これならもっと早くタールコに統一してほしかった、そんなことが仕事終わりの夕食の席で語られることも珍しくはなかった。
そのためか、旧五ヵ国は久しぶりに安穏として新年を迎えることが出来たのであった。
さてソケドキアの神雕王シァンドロス。
彼はタールコが北方をうががっている隙に南方エラシアに進出し、スパルタンポリスを破ったばかりでなく都市そのものまで破壊し、その強さと容赦のなさを徹底的に見せつけることで、もろもろの都市国家に畏怖を与え、同盟というかたちでの支配下にくだすこととなった。
エラシアでスパルタンポリスと並んで有力都市国家であったグレースポリスがシァンドロスと同盟を結ぶ旨を伝える使者を送り、王がソケドキアの王都に向かうことも伝えた。
言うまでもない、実質的な臣下の礼をとるというのである。
他の都市国家の王たちも、ソケドキアの王都ヴァルギリアに向かい、シァンドロスに拝謁しともに新年祝いをしたいという旨を伝える使者を送った。
そして新年を迎えたとき、ソケドキアは今までにないほど豪勢な新年の祝いの宴を開いた。
普段は気軽で地味な格好を好むシァンドロスも、この時ばかりは王らしい豪華な王衣を身にまとい、居並ぶ臣下や都市国家の王たちの前に颯爽と姿を現し。
「ご苦労である」
と王座から見下ろしながら言った。
臣下たちはもちろん、都市国家の王らも拝礼し、もう完全に同盟ではなく、王と臣下であった。
シァンドロスは戦上手。逆らえば滅ぼされる。だが従えば守ってもらえる。
という畏怖の心が、同盟と臣下の礼という言葉を混同させていた。
王座のシァンドロスは、不敵な笑みで王座から見えるものを見下ろしていた。
ダメドとリジェカの間にそびえ立つ山々は高く、今は雪の冠を被って人を寄せ付けない。
アスラーン・ムスタファーはタールコ王都トンディスタンブールへと凱旋するための帰路についている。
本当に戦いたかった相手。
それは雪を被る山々の向こうにいる。
旧ヴーゴスネアの中でも北に位置するリジェカからは雪が深く、冬はリジェカから北へ旅することは難しい。
今ごろ白い世界となっているリジェカにて、ドラゴン騎士団はどう過ごしているだろうか。
雪融けの時が来るのをまさに一日千秋の思いで山々を見つめ。念力があらば、いますぐにでも雪を溶かして山を越えたくてしかたなかった。
愛馬ザッハークにまたがり、エスマーイールに傘を差させ。アスラーン・ムスタファーは山々を見つめながら、未練ありげに、
「雪融けを待っておれ」
とつぶやいた。いかに獅子王子といえど、雪融けを待つしかない己の身はやはり人間なのだ、と痛感していた。