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第十五章 征服 Ⅵ

 降伏したエーダヴは教会に身柄を預けられて、兵士の監視のもと出家し、民衆の自由と己の命と引き換えに、己の権力と自由を手放し、長い余生を神弟子として過ごさねばならなかった。

 民衆は、かつて憎んでいたタールコの軍勢をいまは歓喜して迎え入れ、その晩は無礼講の乱痴気騒ぎに明け暮れた。

 兵士たちは女をもとめ、女もこれに快く応え、酒樽はあっという間に空になり、兵糧も快く民衆に分け与えられた。

 与えた分は後方支援をする征服地がおぎなってくれた。

 アスラーン・ムスタファーは王城ではなく、ミシォアジーにある広場でいそぎつくられた高台に上りエスマーイールに傘を差させながら、民衆に向かい、征服という言葉を使わず、タールコ治世による新たな世の始まりを宣言するのであった。

(なんというご立派な)

 エスマーイールは乙女の全てを捧げた男性がアスラーン・ムスタファーであることが今も信じられず夢の中にいるようで、改めて見るその男ぶりに身も心も震えるのをこらえて、じっと傘を差しながら、アスラーン・ムスタファーを見つめていた。

 側近のイムプルーツァにその隣で傘を差すパルヴィーン、その他ギィウェンにムハマドといった近しい者らもともに高台にあり、民衆に向かい堂々と宣言する獅子王子アスラーンに心から信服していた。

「そなたたちは王の奴隷ではない。また我らもそなたたち民衆に奴隷であることを求めぬ。タールコの民であることを望む」

 民衆はわっと喚声を轟かせ、

「タールコ万歳!」

「アスラーン・ムスタファー万歳!」

 などなど、万歳の声を繰り返し繰り返し、轟かせた。

 つい先日までタールコは憎むべき敵であった。しかし、実際はどうであったろう。王は民のためになにかしてくれただろうか。むしろ己の権力欲のおもむくままに、戦争を繰り返し民はなにもかも取り上げられて、朽ち果ててゆくのみではなかったか。

 実際人心や国土がいかに荒廃してゆこうとも、王や貴族は目を背け自分たちの世界に閉じこもり、際限のない欲求の奴隷となって民を奴隷のように扱っていたではないか。

「欲求の奴隷となり、奴隷として奴隷を求める。エーダヴはまさにそんな王であった」

 アスラーン・ムスタファーがそうエーダヴを糾弾しても反論はなく、そうだ、そうだ、といった叫びが響いた。

「だが我は獅子王子アスラーンである。奴隷ではない。王子が求めるのは、民である。新たな世の始まりである」

 新たな世の始まり。

 旧エスダの民衆はその言葉に酔いしれ歓喜と歓声尽きることはなかった。


 エスダを攻略し、続くはダメドである。

 ダメドの王、コントレはタールコ軍が旧ヴーゴスネア四ヵ国を征服し怒涛の勢いで迫っているという報せを受け、ひどく動揺していた。

「もうエスダが落ち、アスラーン・ムスタファーはダメドを目指しているというのか」

「はっ。すでに国境を越え王都フォルネまでまっしぐらに突き進んでおり、止めようもない有様でございます」

「な、なんとかならぬのか」

「……」

 王のなんとかならぬのかという声に応える臣下の声はなかった。

 皆、勝てないと思っていた。とともに、いかに生き延びるかを今から考えていた。

 同盟関係にあったリジェカはドラゴン騎士団と民衆による革命があり。ポレアスは今もフィウメに監禁されているというではないか。

 エスダの王エーダヴも教会に押し込められ無理矢理出家させられて、監禁同様であるという。

 自分も同じ道を歩むのか、という恐怖と絶望が胸を駆けめぐった。

 降伏か、いや、全てを奪われて監禁をされるのは死にもひとしい。

 ならば、とる道はただ一つ。

「逃げるぞ、支度をせい」

 口から飛び出す言葉。これに異を唱える臣下はいない。王が逃げると言えば、自分たちも安心して心置きなく逃げられるというものだ。

 早速王や臣下らは逃げ支度をはじめ、金銀宝石を馬車にありったけ放り込んだものだった。

 それをさせられる従者は眉をしかめ、自分のかつぐ宝石箱をながめていた。

(国を捨てる王に馬鹿正直にどこまでも仕えろというのか)

 財産はある。その財産さえあれば、どこにゆこうともどうにでもなる、と思っているようだ。

 なにより、荷運びをさせられる自分たちの報酬は少ない。逃げたとなると、収入のあてがないということになり財産は減る一方。となれば、報酬はもらえなくなるのではないか。

(馬鹿馬鹿しい)

 タールコ軍が来るということで、フォルネは混乱していた。軍も浮き足だち、震えながらタールコ軍が来るのを待つという有様。

 それを見て、誰かが言った。

「よう、もうこんな王に仕えるのはやめようじゃないか。それこそオレたちが財産もらって、逃げようぜ」

 誰かのそんな言葉をきっかけに、そうだ、そうだ、の声があがり。

 途端に暴動が起こった。

 王も軍も無力、ということを知った従者に召使いたち、それに一部の兵士が、突然貴族たちを襲い財産を奪って逃げ出す。

「うぬら刃向かうのか!」

「ああ、刃向かうのさ!」

 止める者がいるにはいるが、いかんせん不満がたまりにたまった暴徒を止めるにはあまりにも数が少なく。あっというまに押し倒されて、踏みつけにされ、されるがままだった。

 それは貴族も同じだった。

 無残であった。

 振るえぬ剣をやみくもに振り回し、暴徒から財産を守ろうとしたが空振りするばかりの剣でなにができるだろう。

「やめろ、やめろ」

 と涙声で訴えるも聞き届けられず、目の前でせっかく今まで集めた金銀財宝を奪われてゆくばかり。

 その貴族に多くの暴徒がもろ手を伸ばし赤い口を開けて迫り、身体中を掴まれて殴る蹴るのされるがままとなり、幾多の足に踏みつけられて血反吐を吐きぴくりとも動かなくなった。

「何事だ!」

 王コントレはさすがに衛兵に守られ暴徒は近寄りがたい。だが取り囲まれて身動きもならない。

 王城に秩序はなかった。あるのは不満と欲求の爆発だった。

「ええい、突っ切れ、阻む者は馬車で轢き殺せ!」

 号令をくだし御者は馬に鞭打ち、群集に馬車を突っ込ませる。衛兵も騎乗で着いてゆき、群集を馬脚にかけてゆくが、いかんせん数は圧倒的に群集が多いのだ。

 容赦なく群集を跳ね飛ばしていた馬車も人のしかばねが輪止めになり、うごけなくなり。また衛兵の騎馬もいかに馬脚をもってしても群集すべてを蹴り飛ばすこともできず、取り囲まれてうごけなくなり。

 これに飛びつく者があり、馬ごと転倒し、されるがままだった。

 ポレアスの馬車にも群集はつめかけ、王は無様にも群集に引き摺り下ろされて、幾多の手と足にされるがままだった。

 さわぎを聞きつけた街の人々も、王城が悲惨なことになっていることを知り取り囲んで成り行きを見守っていたが、そこから数百名といわぬ人々が暴徒となって門をこじあけ、どさくさにまぎれて王城の財産をかすめとってゆく。

 ダメドの王都フォルネは無政府状態となり、雪の舞う中寒風を吹き飛ばすかのような群集の怒りの略奪は王城から王都フォルネ全体に及ぶにいたった。

 王コントレは、群集に踏みつけにされて蹴り殺され。しかばねは城外に担ぎ出されて、城の門の前で地面に叩きつけられて。

 群集となった民衆はいかりのままに、コントレのしかばねに石を投げつけていた。

 

 アスラーン・ムスタファー率いるタールコ軍十万近くがフォルネに着いたとき、そこはまこと王都かと疑うほどに荒れ果てていた。

「暴動が起こったというのはまことだったな」

 斥候からの報せは受けていたが、実際目にしてみればそれは悲惨の一言だった。王や貴族のしかばねが王城の前にならべられて、石を好き放題に投げつけられて無残な有様を見せつけている。

「これは捨て置けぬ。イムプルーツァ、ギィウェン、ムハマド、すぐに兵を率い治安の回復に当たれ!」

「承知!」

 タールコ軍がフォルネに入るやさすがに暴動は治まったが、完全に治め切るためにはくすぶる火種を始末せねばならぬ。

 タールコの兵はいまだに暴れる暴徒を見つけ次第拘束し、街の広場にあつめた。

 アスラーン・ムスタファーは王城に入ったが、そこは人の欲求の爆発したあとがのこされて、人や馬のしかばねや武具に、わずかばかりの金貨などがところどころに散らばっていた。

 これもすぐに兵に命じて片付けをさせたが、口元を引き締め、不快な思いで城に入る。こんなことは、初めてのことだった。

「ともあれ、これを父上に知らせねばなるまい。すぐに使者を送るように」

 従者に言うと、アスラーン・ムスタファーは征服の宣言の前に王都の大掃除の指揮をとらねばならなかった。

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