第十五章 征服 Ⅴ
アスラーン・ムスタファーのもとに、ソケドキアとスパルタンポリスの戦いの報せが届く。
タールコ軍四万余はエスダの都ミシォアジーを包囲し、降伏の使者を送っていたところだ。
「なに……」
ソケドキアはスパルタンポリスの王レオニゲルを討ち、スパルタンポリスに着いていた都市国家の半分を傘下におさめ。
残りは互いに手を取り合い、ソケドキアと徹底抗戦の構えを見せているという。イムプルーツァも感心した様子で報せを聞いた。
「我らが北を目指すのと同じく、神雕王は南を目指しているのですな」
「うむ……」
しかしよくやったものだ。
自分たちが北へゆくとき、シァンドロスは南に目を向けたのだから。今から引き返してソケドキアに行けば、落せるかもしれない。
だが、その代わり、旧ヴーゴスネア五ヵ国征服は半端な結果になりかねない。ソケドキアが落ちても、味方の都市国家に身を寄せドラゴン騎士団のように再起をすることも考えられる。
ならば五ヵ国を落とし、その五ヵ国の国力を得たうえで、ソケドキア・シァンドロスと対峙する方がよい。
そう考えた末、五ヵ国をとることにした。
これにより、年が明けたときには、版図は大きく塗り替えられるであろう。
エスダはタールコの進軍に対し迎撃の軍勢をおくらず、都に兵力を結集させて閉じこもる戦法をとっていた。
さきの戦いで降伏したトレイヴィンを討ったことで、エーダヴは降伏に応じようとはしなかったのだ。
ちなみに使者を送るのは二度目だ。使者はエーダヴに語った。
「我らが来るのは三度まで。その三度目までに降伏か否かを決められよ」
その二度目の降伏勧告にも、エーダヴは応じなかった。かといって、徹底抗戦するようでもなく、王城の中で震え使者の前におびえた顔をごまかして笑って会うのが関の山であった。
そこへ、ようやくユオを降伏させたギィウェンとヨハムド率いる別働隊が合流し、タールコは十万近い兵力となった。
さてなかなか降伏しないエーダヴをどうやって降伏する気にさせるかという軍議が開かれた。
「こちらは十万近い兵力を有しております。ここは一気に都に攻め入り、いっそ都を焼け野原にしてしまえばよろしいかと」
と言うのはもとリジェカ人のギィウェンだった。功を急ぐヨハムドも同意見だった。アスラーン・ムスタファーは反対した。
「多くの民を巻き添えにして、どうしてエスダの国力を得られる。我らの目的は焼け野原をつくることではない、タールコの国力を増し版図を広げることだ」
「しかし、降伏せねばやむをえぬでしょう」
ギィウェンも武人である。獅子王子の言うことに一応の納得を示すものの、突撃戦法を譲らない。
だがアスラーン・ムスタファーは首を縦に振らない。
むしろ、他の考えが浮かんだようだ。
「民を味方につける。それでゆこう。それでも駄目であれば、そなたの言うとおりにしよう」
軍議が終了するとともに、タールコ軍の陣地から数十人の密使がミシォアジーに向かい、街の中に忍び込んでゆく。
包囲するタールコ軍は動かず、槍や軍旗、ことにアスラーン・ムスタファーの象徴である獅子の旗をたなびかせて林立させ、その脅威を見せつけていた。
己の象徴の獅子の旗を見つめるアスラーン・ムスタファーの脳裏に、ドラゴン騎士団の存在があった。
翌日、陽が落ちるとともに、ミシォアジーの街から、
「王を倒せ!」
「新王を迎え入れよ!」
といった叫び声が轟く。
そう、民衆が革命を起こしたのである。旧ヴーゴスネアは戦乱多く、民の心は荒むとともに、新たな世の中を求める気運も高かった。
それを引き起こしたのは、タールコだった。密使は王にではなく、街の人々に革命を呼びかけたのだ。
いわく、アスラーン・ムスタファーおよび神美帝ドラグセルクセスはエーダヴのような戦争を好む独裁者にあらず慈悲深き王に王子なり、傘下に入れば、人々の生活を保障し、新たな世を生むことを約束しよう、と。
いい加減、貴族たちの王権の奪い合いにうんざりしていた民衆は、なんでもいいから世の中に変わってほしい一心で、タールコを後ろ盾にして蜂起したのだ。
これは、アスラーン・ムスタファーがドラゴン騎士団を手本としてのことだった。
「民衆が蜂起しました!」
との報せを受け、
「王城へゆくぞ!」
とアスラーン・ムスタファーは自分の直属の軍勢のみを率いて、民衆とともに王城を目指した。
途中で略奪や暴行をする者はなく、またたく間にアスラーン・ムスタファーの軍勢に民衆は王城を取り囲んだ。その数は合わせて二、三万はくだらぬであろうか。
エスダの王エーダヴは民衆がタールコに組し王城を取り囲むのが信じられず、悪夢に投げ込まれた思いで衛兵に囲まれて震えていた。
もはや逃げられぬ。衛兵とて人の子、はっきりと負けの見えた戦いであるが、エーダヴはさて命を賭けても守り抜く甲斐のある王かどうか。
それは、今の様子を見ていればよくわかる。
「ゆこう」
誰かがそう言うと、衛兵たちはさっと王から離れていった。どこへゆく、と王が言っても聞く耳もない。
やがて、轟く喚声が王城の中でこだました。タールコの軍勢や民衆、さらに兵士や衛兵までもが反旗をひるがえして、王城の門を開け放ってしまったのだ。
王城に喚声と悲鳴が響き、エーダヴは駆けて難から逃れようとするが、逃れられるものではなかった。自らの足で王城を駆けるアスラーン・ムスタファーは先頭にたち、幸運にもエーダヴを見つけこれに自ら立ち向かった。
エーダヴは、剣をたずさえきりりと背筋も伸びた、凛とした獅子王子の姿や立ち居振る舞いに、心を砕かれたようで、立ちすくみ動けず。
気がつけば、剣を突きつけられていた。
「降伏か、死か、いずれか選ぶがよい」
それはまさに王子としての命令であった。
逆らえぬエーダヴは、へなへなとへたり込み、
「こ、降伏を」
と言うのがやっとであった。