第十五章 征服 Ⅲ
「シァンドロスの若造めが、どこまでもわしをなめおる。その忌々しい首をソケドキア兵に突き返し、追い返せ!」
首を突き返されたソケドキア兵は刃を振りかざされ、ほうほうの体でソケドキアに帰り、そのことをシァンドロスに報告した。
報せを受けて、シァンドロスは不敵な笑みを浮かべた。
「そうか」
そう一言うと、表情を崩し、
「怒れ、怒れ、もっと怒れ! あっははははは!」
不敵な笑みから破顔一笑。
殺されたのは反逆の疑いのある者なので、痛くもかゆくもない。なにより、スパルタンポリス王レオニゲルを怒らせるのが本来の目的だった。
目的を果たし、シァンドロスは痛快な思いだった。
それから、様々な弱小都市国家に遣わした使者が帰ってくる。全ての都市国家が了としたわけではなく、使者を蹴り出して追い返した都市国家もあった。
それでも、いくらかの都市国家が少ないながらも金銀財宝に食料、あるいは鎧兜に剣などの貢物を使者に託して、傘下に入ることを誓った。
貢物に贅沢は言わない。傘下におさまればそれでよし。もし裏切れば、アノレファポリス二の舞である。
さきのタールコのアスラーン・ムスタファーとの戦いはエラシアにも伝えられている。獅子王子と互角に戦うソケドキア神雕王シァンドロスなら頼りにしてもいいかもしれない、ようやく身を寄せられる大樹を見つけた思いであろう望みを、都市国家の王たちは抱いていた。
もちろん、いざと言うときの兵力の提供も約束させている。
「アスラーン・ムスタファーがソケドキアに来てくれたのは、まこと幸運なことであった」
広い展望が、シァンドロスの脳裏にひろがっていた。
その中に、怒り狂ったレオニゲルがスパルタンポリスやその同盟都市国家の兵を率いて攻めてくる、というのもあった。
南方に位置し、冬寒くとも雪は浅い。
というのは生活をするのにいいことかもしれない、しかしそれがために冬でも戦争が起こるという皮肉なこともあった。
まさに、スパルタンポリスは冬の寒風を吹き飛ばす勢いで同盟都市国家の兵力も得て、ソケドキアに迫っているという。
その数は一万二千という。
都市国家のみでは養える兵は少ないのだが、傭兵も相当雇い入れることで兵力の補充をしていた。
それらがビーニクという、国境に近い地に集結し、陣地をしき、ソケドキアに向かい威嚇の陣形を組んでいるという報せが飛び込んできたのは十二月に入ってのことだった。
ビーニクから東に進めばアノレファポリス跡である。
思えばソケドキアに一番近いがために、結果として滅亡を招いたのはむごいといえばむごい。
だがそんなこと気にしないレオニゲルにすれば、その気になればそれなりの兵力でソケドキアと真っ向から戦えるのだ、ということを知らしめるのと、シァンドロスにやられた雪辱を果たすための戦争をすることに夢中だった。
ソケドキアとの戦いに敗れ将軍スリハンドレトを討たれた屈辱も、月日とともに薄まっていたのを、わざわざシァンドロスはぶり返させたのである。
レオニゲルは叫んだ。
「この戦いにおいてソケドキアの神雕王などと抜かすシァンドロスの若造の首根っこをもぎとり、軍神スレーアの生贄としてやるのだ!」
その怒号にスパルタンポリスや同盟都市国家、傭兵たちは、
「応」
と同じく怒号をもって応えた。
心情的にスパルタンポリス側にある彼らもまた、ソケドキアのシァンドロスによい印象をもっているわけがなく、いつかは雌雄を決するものだという思いを胸に抱いていた。
スパルタンポリスは小さながらも戦争の強さをとことんまでに追求した戦闘都市国家といってもよかった。
子どもは七つになると兵役に出されて、訓練を受ける。その訓練も過酷なもので、死ぬ者も多かった。
そのため古来から子作りを奨励し、子の多い家庭には優遇策がとられ。また家庭の方でも、優遇策と賞賛を得るために妻は夫のみならず、夫より明らかに優れていると見えた男の子どもも生んだ。
家庭などかたちだけのもので、自分の父親が実は誰なのかわからぬ子どもも多い。が、それも戦争における兵力の拡充のためであった。
興亡を繰り広げる都市国家群の中にあって、スパルタンポリスが生き残るために選んだ手段がそれだった。
それは功を奏し、興亡の歴史の中での生き残りを果たせたのだが。はたして、このたびばかりはどうなるのであろうか。
ビーニクにてスパルタンポリスの兵力が結集している、という報せはすぐにシァンドロスにもたらされて、迎撃のためすぐさま一万の兵力が結集した。
それはわずか一日でなされ、迅速を尊ぶシァンドロスの兵法はアスラーン・ムスタファーがイスカンダテンと評した通りのものだった。
シァンドロスは叫んだ。
「無謀にもスパルタンポリスは昔日の敗北を忘れ我らに刃向かった。タールコ同様、我らの力を思い知らせてやれ!」
「応!」
力強い返事がかえってくる。
シァンドロスは昔からソケドキアの騎士や兵の間では人気が高かったのだが、その人気はさきのタールコとの戦いで不動のものとなりつつあった。
さて戦い方であるが、シァンドロスに策があり、その策の戦法で戦うこととなった。
ビーニクは一万二千の兵力を結集させられるだけあり平原地帯で、戦争に適した地形ではある。ガオゴズィラのような凸凹の丘陵もない。
スパルタンポリスは真っ向からの勝負を仕掛けるつもりだった。グレースなど他の都市国家は知らず、スパルタンポリスは作戦らしい作戦など立てぬ。
常に真正面から敵を叩き潰す戦法をとってきた。それはなにがあっても変えない。スパルタンポリスの戦争へのこだわりであった。
それに数もこちらが二千多い。自分たちの力量を信じて疑わぬ自信と数の有利と戦士としての自負が、戦法をとることを許さなかった。
それはさきのアスラーン・ムスタファーと同じかもしれない。違うとすれば、アスラーン・ムスタファーが十八の少年であったのに対し、レオニゲルは四十を超えた経験豊富な壮年であり、戦争王であることだ。