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第十五章 征服 Ⅰ

「うぬ、おのれが獅子王子アスラーンか」

 ヴーゴスネアの将軍、エーイトシクッスがアスラーン・ムスタファーに槍を繰り出し迫る。

 アスラーン・ムスタファー率いるタールコ軍四万余は旧ヴーゴスネアと同じ国名を冠しその旧王都ベラードを都として擁するヴーゴスネアに攻め入り、べラード郊外にて激しく刃をまじえていた。

「おう、首を差し出しに来るとは殊勝」

 アスラーン・ムスタファーも槍を繰り出し、エーイトシクッスと激しく穂先をぶつけ合い、数合をかさねてエーイトシクッスの胸板にアスラーン・ムスタファーの槍がふかぶかと突き刺さった。

「むっ」

 うなりを上げるエーイトシクッスは衝撃で後ろへのけぞるように落馬し、ぴくりとも動かなかった。

「さあ次は誰だ、誰かこの獅子王子アスラーンの首を獲って手柄にするつわものはおらぬか」

 戦場のまっただなかを、槍の穂先を真っ赤に染めたアスラーン・ムスタファーはザッハークを駆り、戦場を駆け巡った。

 強敵を求めた。しかし、求めて得られずの悔しさを噛みしめるばかり。

 ヴーゴスネアの王トレイヴィンも甲冑を身にまとい戦場に出るには出たか、獅子王子アスラーンの奮闘を目の当たりにし、背中と馬の尻を見せて都へととんぼ返りを打ち逃げ出す始末。

 そこからヴーゴスネア軍は雪崩を打って算を乱して逃げ出し、戦争にならなず。ひたすら背中を切りつけられてはたおれて、踏み越えられるばかり。

 やがてタールコ軍四万余はべラードを包囲した。

 その間、ユオを攻めるギィウェンとヨハムド率いるタールコ軍も同じように都を包囲したという報せが飛んでくる。

「新参者のギィウェンに二線級将軍のヨハムドに先を越されてはなりませんな」

 イムプルーツァは総攻撃による突撃を進言し、アスラーン・ムスタファーも決断した。

 かといって先走ることは抑え、まずは降伏の使者を送った。

 そうすれば、あっけないもので、白旗を掲げた降伏の使者がやってくるではないか。

 降伏の条件は、王トレイヴィンの命を助け、少なくても良いから領土を残して臣下にしてほしい、というものであった。

「今まで散々贅沢三昧をし、まだ足らぬとみえる」

 使者に対しトレイヴィンへの痛烈な皮肉を吐き、書状に目を通し、あからさまに舌打ちをし、恥知らずな王だ、と言った。

 使者は跪きながら震えっぱなしだ。

「このトレイヴィンとやら、ヴーゴスネアの王になりたかったのだな」

「はい、当初はそのようなことを望んでおりましたが、これからは心を改め、欲を捨て質素な生活を送ると申しております」

 嘘だった。トレイヴィンはそんなことを言っていない。使者が皮肉を受けて、悪い印象をぬぐうために思いたったでまかせである。

「……」

 しばしアスラーン・ムスタファーは黙して、

「少し考えさせてくれ」

 とイムプルーツァら近しい者をつれてその場から離れていった。

 イムプルーツァは使者の言うことを信じているのだろうか、とアスラーン・ムスタファーを見つめた。

「嘘だな」

 さらりと言った。イムプルーツァは答えを知っているが、あえて問う。

「なぜ嘘だとわかるのです」

「欲を捨てられるなら、とっくに捨てて、国が七つに分かれるようなまねはしないだろう。それを、した。で、いま、恥ずかしくも命乞いをしている。そんな男の言うことなど、信じるに値せぬ」

「左様でございます」

 ふっと嬉しそうにイムプルーツァはほほえんだ。それから、どうするのですか、と聞けば。

「オレの考えはこうだ」

 イムプルーツァをはじめ近しい者たちはアスラーン・ムスタファーの考えを聞き、一瞬言葉を失った。そんなことを考えていたのか、獅子王子アスラーンらしからぬ、と。

 だが、シァンドロスとの戦いを経て、アスラーン・ムスタファーの何かが変わったことを感じてやまぬのである。

 それに、戦いは勝たねばならぬ。

「異存はありませぬ」

 アスラーン・ムスタファーの策に、イムプルーツァら近しい者たちは全面的に賛同した。


 降伏を許す、すぐにトレイヴィンに来いと言え、と使者に言えば喜色を浮かべて何度もありがとうございますと言って、使者はべラードへ帰っていった。

 やがて豪奢な飾り付けをされた馬車が姿を現した。

 それを見てアスラーン・ムスタファーは眉をひそめた。

(やはり贅沢を捨てられぬ男と見える)

 陣地の手前で停まり、トレイヴィンがすがたをあらわす。これもまた、王冠こそかぶっていないものの、その身なりは宝石をちりばめた豪奢なものだった。

 その豪奢さが心の中にあったわずかばかりの迷いを失せさせた。

 さっ、と右手を挙げるや、タールコ兵が一斉に襲い掛かる。

「こ、これは」

 降伏を許すのではなかったか、と安心しきっていたトレイヴィンは恐怖の表情を浮かべてすぐに逃げ出そうとしたが、宝石の重さで思うように動けず。

 歩兵に背中を斬りつけられて、ばたりとたおれる。

「降伏を許したのではなかったのか、卑怯、卑怯ではないか」 

 血とともに呪いの言葉を吐くが、誰も耳を貸さない。

「民が同じ事を言えば、お前はどうした!」

 アスラーン・ムスタファーはとどめの一言を放った。トレイヴィンはそれでも、死にたくない、とわめくが。たおれた背中に槍が突き立てられ、ついに心臓までも槍に貫かれてこと切れた。

 前のアヅーツは王族以下、是非もないと勇敢に最後まで戦った。だから丁重に葬ったのだが、トレイヴィンにはそれをする気にはなれず、遺体を教会に押し付けあとはまかせたままだった。

 これでヴーゴスネアはタールコの領土に組み込まれることとなった。

 タールコ軍はべラードに入り、王都に築かれたべラードの王城にアスラーン・ムスタファーは入り、ひれ伏すヴーゴスネア人を前にして征服を宣言したのであった。

 それからすぐにトンディスタンブールへの使者を飛ばした。

 このヴーゴスネアを治める代官と治安のための軍勢の派遣の要請を父・神美帝ドラグセルクセスに要請するために。

 次はエスダとダメドである。

 それより北のリジェカからは雪に閉ざされ北上かなわない。

 北へ行くにつれて寒さは増し、吐く息も白く、屈強なタールコの勇士も寒さで歯をかちかち鳴らしてしまうのをこらえられなかった。

 そのため移動は日の出から日の入りまで、夜間は休息。雪もちらつき、見る風景ところどころ雪化粧していた。

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