第十四章 旧オンガルリにて Ⅱ
女王と王子、王女はヴァラトノで静かな生活を送っていた。
女王ヴァハルラは何をするでもなく読書や召使いのメイドたちとともに花づくりにいそしみ、政や浮き世を忘れようとしていた。
第一王女アーリアと第二王女オラン、末っ子の王子カレルも子どものままに遊ぶ日々を送り、王の子であるという自覚が薄まりつつあった。
それは女王ヴァハルラも同じであった。
タールコからの代官はぞんざいに扱わず王の家族を大事にしているものの、ほぼ放任し。カンニバルカも気に留める様子もない。
が、マジャックマジルらヴァラトノの者たちがそれで満足できるわけもない。
憂いを心にとどめて、やきもきするものを抑えきれないでいる。
女王と王女、王子はドラヴリフトの邸宅でありヴァラトノの庁舎で一時暮らしていたが。
隣に新たな邸を建て、そこに住まわせている。
木造二階建て、それなりに広い庭もある。王族が暮らすには質素ではあるが、不自由ない暮らしができるので、不満はなかった。
それこそが、ヴァラトノの人々をやきもきさせているのだが、カレルは居間で姉たちとともに駒盤を楽しみ、夢中になっている。
「王手!」
「お姉さま、ずるい」
「ずるいもなにも、これは勝負よ」
カレルは長女アーリアとの勝負にやぶれ、眉も口もへの字に曲げて、今にも泣きそうだ。
「男でしょ! これくらいで泣かないの。次はわたしと勝負よ」
アーリアにかわりオランが駒を並べなおし、
「さあ、先手はどっちにする」
と弟に迫り、オランは「裏」、カレルは「表」と言ってコインを放り投げれば、表が出た。当てた方が先手だ。そのコインは父バゾイィーが刻印されたコインで、バゾイィーの刻印のある方が表とされた。
コインに刻まれた父の顔をすこし哀しげに見つめて、
「じゃあ、いくよ」
とカレルは駒を動かす。
元女王ヴァハルラといえば、作業服をまとって、といっても貴婦人らしいドレス姿だが、多少汚れてもよいドレスを着て、メイドたちとともに花畑を耕し、冬でも花を咲かせるホービラグ(スノードロップ)の種をまいている。
「さあお前たち、美しい白い花を見せておくれ」
楚々と、またしとやかに、頭をたれるホービラグの白い花の咲くのを想像して、ヴァハルラは顔をほころばせる。
こうしてみていると、女王の面影はなく、ただの花が好きな女性であった。
それを遠くから眺めるカンニバルカは、あくびをしてさっさと庁舎兼邸宅にもどり昼寝をし、マジャックマジルはもの哀しげにヴァハルラを見つめている。
「雪解けのころ、じゃな」
マジャックマジルは言う。
「確かに、今決行したところで雪に埋もれてしまうのがおちですな……」
深夜、ある騎士の邸宅で騎士数人が集まり密やかに話し合いがなされていた。
このことは、カンニバルカも代官も知らない。
一人の騎士が哀しそうに言う。
「よもやこのようなときが来るとは、夢にも思いませなんだ」
「言うでない。言ってもはじまらん」
マジャックマジルはその若い騎士の肩をぽんと叩いた。
「その通り。春が来れば……」
「国境を越えて、小龍公と小龍公女にあいまみえるのだ。やはり我らはドラゴン騎士団なのだ」
彼らが話し合っているのは、雪解けとともにリジェカにゆき、ドラゴン騎士団の騎士としてコヴァクスとニコレットに会うことだった。
会って、リジェカ兵を率いオンガルリ復興のための戦いを願い出るのだ。
春の早い到来を願う彼らの目は、まさに夢見て輝いている、とともに悲壮感もあった。
悪臣のためドラゴン騎士団は反逆者とされて壊滅。王は行方知れず。同時にカンニバルカという得体の知れぬ男が来て居座っている。
小龍公コヴァクスと小龍公女ニコレットは国を出て、異国で再起を果たした。それが彼らの希望の光りであるが、その光りはまだまだ小さい。
それを大きくし太陽として天に昇らせるには、春を待つしかない。
オンガルリが冬雪に閉ざされる北方の国であることを、このときはじめて心から恨めしく思ったものだった。
なにせ情報が少ない。
まったくない、というわけではない。
冬には冬の道をどうにか確保し、決死隊とも言える雪山専門の斥候や伝令将校らが雪山を踏み越え報せをもたらすのだが、雪のない時期に比べれば伝達速度も量も少なくなるのはいかんともしがたい。
だが雪以上に彼らを悩ませるのは、タールコ人の存在だった。
この地に来ているのは無論代官だけではない。兵も少なからず来ている。それらに今話していることを知られればただではすまない。
「しかし」
若い騎士は言う。言うなと言われても、漏れるように言葉が突いて出る。
「女王に王女、王子はもう志を失われたのでしょうか」
マジャックマジルは何も言わなかった。
正直に言えば、志をもってほしい。リジェカで再起を果たしたドラゴン騎士団のことを知っても、がんばってるのですね、の一言で女王はすませてしまった。
もっとも、女王も辛いのであろう。それを忘れるために、花づくりにいそしんでいるようでもある。それに、信用していたイカンシが、その信用を利用していたこともヴァハルラに強い衝撃を与えた。そのせいか、もうまつりごとはこりごりといったところも見受けられる。
それに、か弱い女性と子どもに国を背負わせるのは忍びない、というのも、いつわらざる心境であった。
だから、このたくらみはあくまでも自分たちだけの秘密だった。代官はもちろん、ヴァハルラにもカンニバルカにも相談していない。
あくまでも、自分たちで自分たちの責任で遂行するのだ。
オンガルリ復興のために。
ドラゴン騎士団の誇りを賭けて……。