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第十四章 旧オンガルリにて Ⅰ

 さてオンガルリ。

 いや、旧オンガルリと言おうか。

 旧オンガルリは策謀から政変が起こり国防の要ドラゴン騎士団は壊滅、王は行方知れずという事態に陥り、なし崩し的にタールコに膝を屈してその傘下にはいることとなった。

 都であったルカベストにはタールコから代官が派遣され、旧オンガルリ地域を治めている。

 神美帝はよく考えたもので、代官には真面目で潔癖な人間を遣わし、旧オンガルリの民を慰撫することにつとめさせた。

 ことの急変により国がなくなる民の動揺は大きい。もしタールコに占領されればどのような屈辱を受けるのだろうと皆不安だった。

 それを鎮め代官イクズスは善政をしき、よく働いたので、民は徐々にタールコに心を許すようになっていた。

 これにはマーヴァーリゥ教会の筆頭神父ルドカーンの果たした役割も大きい。

 一時、タールコに占領されたことで教会はどうなってしまうのだろうと、破壊の憂き目に遭うのか、と思われたのだが、タールコは信教の自由を認めまたルドカーンに民に心の安らぎを与えるよう要望し、ルドカーンもこれによく応えた。

 そしてドラゴン騎士団団長であり大龍公を称されたドラヴリフトの治めていた領土であるヴァラトノには、あのカンニバルカがいる。

 突然現れて悪臣イカンシの首をはねた、このことで悪臣仲間たちは萎縮し代官の邪魔をすることなくおとなしい。

 旧オンガルリが落ち着き代官イクズスやマーヴァーリュ教会筆頭神父ルドカーンが自分の仕事に専念できるのも、カンニバルカの果たした役割は大きい。

 今は山野に雪が降り積もりそれが自然の結界をつくり上げ、外から旧オンガルリに行く、あるいは外に出るのは容易ではない。

 都ルカベストも雪化粧し、城や教会や家屋の屋根は雪が乗り白く彩られている。

 その雪が降り出す少し前、南のリジェカ公国の革命が旧オンガルリに伝わった。なんとドラゴン騎士団はいまだ健在。大龍公は亡くともそのふたりの子、コヴァクスとニコレットは見事ドラゴン騎士団を再編しリジェカの革命、ドラゴンの夜にて街を一つ得ると勢いに乗って都メガリシに進み、若き王モルテンセンを立てたという。

「さすが小龍公に小龍公女」

「いずれタールコの代官どもを追い払いに南から来てくれるだろう」

 と、これに旧オンガルリの民が驚かないわけがなく、また喜ばないわけがない。おかげで代官は南からオンガルリの復興の波が起こることを懸念せねばならなかった。

 圧政こそないものの、馬鹿馬鹿しいようなことがきっかけで起こった政変のために、かつて敵対していた国の占領下に置かれることに旧オンガルリの民が、旧臣が、兵たちがなんとも思わぬわけもなかった。

 機会があれば代官どもを追い払い、いまヴァラトノにいるカレル王子を立ててオンガルリを復活させたかった。

 

 少女がひとり、教会で祈りを捧げている。

 背の翼を広げ、右手に剣を掲げ、左手には神書しんしょを携えた白亜の女神像がマーヴァーリュ教会の大聖堂にそびえ立ち、人々は自由に聖堂に来てこの女神像、二ケーレの像に礼拝をすることができた。

 世に様々な神があるが、かつてのオンガルリ王国は翼の女神二ケーレを主に信仰していた。それは今も変わらない。

 弟子クネクトヴァがカトゥカとともにリジェカにドラゴン騎士団とともにいて、若き王モルテンセンと幼き姫のマイアの近習となってよく仕えている、という話を小耳にはさみ、安堵していたルドカーンは自分の役目に専念し、執務室で執務のためのペンをとっている。

「よろしいでしょうか」 

 と尼僧がひとり、執務室の扉をノックしたので、「はいれ」と言えば尼僧は少女をともなって入ってきた。

「何事かな?」

「はい、このソレアなる少女が、筆頭神父にお会いしたいと申しまして」

「ふむ」

 ソレア、その名は知っていた。エルゼヴァスに魔女の疑いがかかったとき、生き血を抜かれたと証言した少女だ。

 だがそれはうそで、すべてはイカンシが金と刃をもってソレアにそういううそをつかせたのだ。

 後の調査で全容が明らかにされたが、イカンシに脅されてやむなく、ということと、調査が済んだころにはオンガルリはなくタールコとなったこともあって、幸いにもソレアにはお咎めなしで不問とされた。

 彼女は今、尼僧の後ろで小さくなって控えている。

(かわいそうに)

 おそらく、大きい罪悪感に苛まされていることだろう。

「ソレアよ、そなたのことはよく存じている。……辛かったであろう」

 ルドカーンのその言葉を聞き、ソレアの目から大粒の涙がとめどなくこぼれ落ちた。

 言葉はなかった。ただ、涙だけが、それまでの辛さを物語っていた。


 ヴァラトノにおいても、かつてドラヴリフトの領土であったことからタールコの代官が派遣されていた。

 ドラヴリフト率いるドラゴン騎士団の騎士だった老臣、マジャックマジルはこれを丁重に迎え入れ、善政をほどこすよう厚く要望し、代官もこれにこたえた。

 カンニバルカは、日々気の向くままの生活を送っている。

 湖に釣りに出かけたり、森へ狩りに出かけたり。

 それはまことのん気なものだった。

 そして十日に一度、代官の要望でヴァラトノの兵たちや、留守を守っていたドラゴン騎士団の騎士たちの訓練に当たった。

 正体不明ではあるが何分かつて王から全てを託された男であり、実際にその軍人としての器は大きく、訓練を受けた兵や騎士たちはその兵法におおいに感心したものだった。

 だが不安もある。

 ヴァラトノにもリジェカでのドラゴン騎士団のことは伝わっている。

 それに対し希望をもつと同時に、まさか春が来て雪が解けたらリジェカにゆけ、と言われるのではないかと。マジャックマジルもそれをいたく心配していた。

 それに対しカンニバルカといえば、

「そのときはそのときだ」 

 と深く考えていないようだった。

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