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第十三章 暗殺者たち Ⅳ

 グリフィスの表情は怒りに燃え、心どころか烈しく魂までもが怒り狂っているようだ。

「この裏切り者め! 死ね!」

 闇の中月光で剣は閃き、龍菲に襲い掛かる。しかし、振られる剣はことごとくかわされる。

 さきほどはゆらりとくうに乗って遊ぶような動きであったが、今は風に乗ったような素早い動きであった。

 咄嗟にダヂヴァイバーらも加勢し、それぞれの剣を振るう。

 合わせて六本の剣が四方八方から龍菲に襲い掛かる。 

 これが常人であればすぐに肉片にされてしまうところであろうが、ダヂヴァイバーが仕入れただけあり、そう簡単にはしとめられない。

 戦いがはじまってすぐだった。

 一番最初にしかけたグリフィスであったが、己の剣をかわされるとともに、目の前に掌が見えた。と思った次の瞬間、

「ガッ!」

 と声にならぬ声をあげて、顔面強く打ちつけられてそのまま後ろへ吹っ飛び、地面に転がってからぴくりとも動かない。

 あっけないものだった。

「グリフィス!」

 一同声を上げた。まさかこんなあっさりと一人がしとめられようとは思いもしなかった。

 だが、

「まだ五人おるぞ!」

 ダヂヴァイバーはかまわず五人で襲いかかる。

 こっちは数も多く武器もあり、相手はひとりで無手だ。困難であろうと、勝てる見込みはある、はずだ。

「悪いことは言わないわ。暗殺者なんかやめて、普通に暮らしたら?」

「我らを愚弄するな!」

「そう……」 

 怒り狂う暗殺者相手に無益なことを言ったと、龍菲は剣をかわしながらため息をつく。

 テヴィアルが咄嗟に一団から遠のいたと思うと、地面に転がっていた錆びた短剣をあざとく見つけて拾い、さっと龍菲に投げつける。

 短剣は夜闇のくうを切り、龍菲の鼻先まで迫った。五人は顔面に短剣が刺さる場面を想像したが、なぜか短剣は鼻先でとまった。素早く指で挟んで、短剣をとめたのだ。

 と思うや指で挟んだまま、ひょいと小石でも放るかのように一番近くのキャメロウに向けて放てば、矢のように飛び、避けることかなわず額に短剣突き刺さり、どおっとたおれて動かない。

「むッ!」

 さすがにダヂヴァイバーもうなった。

 大金をはたいて龍菲を仕入れたのは、自分たちに害を与えさせるためではないのは言うまでもない。彼女をもって暗殺の請け負いに弾みをつけて、飛躍するはずであった。

 それがいまはどうか。

「悪い買い物をしたわね」

 月に負けぬ冷たい目で龍菲は言った。

 金で人の身は買えても、心までは買えない。などダヂヴァイバーは考えぬ。ただ裏切り者への制裁だけがあった。

「哀れね」 

 その言葉がダヂヴァイバーの心の怒りの炎に油を注いだ。

 だが攻めても攻めてもかわされるばかり。彼らの剣技とてまずいものではない。四本の剣は四方から攻め、上、あるいは下から強烈な剣撃を放つのだが、いっこうにかすりもしない。 

 その四方からの剣撃をかわして、龍菲はひらりと高く跳躍した。 

 見上げれば、龍菲は袖と裾を揺らし、月を背にして四人を見下ろしている。

 それは小耳に挟んだことのある、マオに伝わる飛天という女神を思わせるような威厳までも感じさせた。

 昴の幇(結社)の者は言った。この女はいい商品だ。あんたらは江湖(渡世)の飛天を買ったんだ、と。

 なるほど、確かに彼女は飛天であった。だがそこに感動などあるはずもない。

「馬鹿め、どうやって降りる気だ」

 飛んだはいいが、翼があるわけでもなし。四人は着地地点を見定め、落ちゆく龍菲向けて剣を突き上げた。

 だが龍菲は前に半回転し手を差し伸べ、コーヴェッテーの剣を指でつまんで、逆立ちする格好となった。

「なんだと」

 ありえない、とコーヴェッテーは驚き、振り払おうとする。だがそれより素早く龍菲は脚を前後に、平らになるほど開きその勢いで後ろ向けに回転し今度はダヂヴァイバーの剣の上に乗った。

 剣先は刺さるどころか、靴底に踏まれてしまっていた。それから跳躍し、今度は四人は呆然となって、着地を見届けてしまった。

「こ、これは」

 勝てぬ、とレセプタクルは逃げ出す。いかに冷酷な暗殺者といえど恐怖も感じるときは感じるようで、背中を見せて駆け出すが。

 その首筋に剣光が走るかと思えば、レセプタクルの首は落ちて地面に転がり胴体はたおれた。

 殺したのは仲間のはずのダヂヴァイバーだった。

 裏切り者に死を、と燃えるダヂヴァイバーにとって敵前逃亡が許せるはずもない。

「レセプタクル、お前もか」

 苦々しく転がる首に呪いを込めて言葉を吐き出す。

 龍菲は冷たくそれを見つめている。

「宿業を重ねるのね」

「なにをごちゃごちゃ言っとる!」

 数は六人から一気に三人に減った。しかしダヂヴァイバーは懲りない。

「所詮は逃れられぬ運命」

 龍菲は目を見開き、だっとダヂヴァイバーとコーヴェッテー、テヴィアルに向かって駆ける。いや駆けるというより裾は地をすべり、まるで飛天のように宙を舞うかと思ってしまうようにふわりと地に脚を浮かせるとも思えるような、体重を感じさせぬ駆け足であった。

「でやあ!」

 という激しい掛け声とともに三本の剣が迫る。

 きらりと、冷たい月のように光る龍菲の黒く丸い瞳。

「破ッ!」

 掛け声一声。もろ手の手刀で三本の剣を弾き、そっぽを向かせる。

 なっ、と思った瞬間。

昇龍六掌シァンロンリゥチァン!」

 声が聞こえたと思えば、龍菲の手が増えたように見え、掌が三人の胸板に一気に二度続けて打ちつけられ、三人とも血反吐を吐き後ろへ吹き飛んだ。

 おそるべし武功と言おうか。龍菲の掛け声は昴の言葉で技の名を叫んだのであろう。吹き飛ばされながら、ダヂヴァイバーはタータナーノ発祥で阿修羅アスラという、手が六本ある魔神を思い出した。

 まさに龍菲の手は阿修羅のように増えたようだった。

 龍菲が掛け声を発し終えるときには、三人は恐怖と呪いを込めた表情で血を吐き地面に臥していた。

 コーヴェッテーにテヴィアルはすでにこと切れている。

 ダヂヴァイバーは、地面に臥しながら血を息とともに吐き、ぶるぶると震えている。

「これが昴につたわる武功ウーコンのひとつ、天龍八部ティエンロンバーブー派なのか。龍菲、恐るべし……」

 彼女の技にこれからの栄誉を夢想するばかりで。もし裏切ったらという脅威も考えず、安易な買い物によって己の命運を閉じることになったことをダヂヴァイバーは呪ったが、時すでに遅し。

「む、む……」

 無念、と言い切ることも出来ず、声は途切れて。ダヂヴァイバーはこと切れた。

 ぴくりとも動かない、しとめられたようだ。

 あっけないものだった。

 龍菲は勝利したが、喜びに浸るでもない。自分のしとめた暗殺者のなきがらから目をそむけ、冷たく光る大きな月をしずかに見上げて、己の習得した武功の流派である「天龍八部派」の凄まじさに、自分で恐れているようでもある。

 それから、とことこ歩いて王宮に向かう。

 暗殺者たちのなきがらは翌朝にソケドキアの見廻り兵が見つけて処分してくれるだろう。

 歩きながら月を見上げて、龍菲はつぶやいた。

請以翼ツィニィイー」(翼をください)

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