第十三章 暗殺者たち Ⅲ
儲けのためにシァンドロスに取り入ろうとしたが、当てが外れた思いだった。
さっさと首都ヴァルギリアから抜け出し。
「わしを愚弄しおって。龍菲の次はお前だ」
シァンドロス暗殺の決意を胸に、ダヂヴァイバーは夜闇の寒風の中をひた走り、結社本拠のある人里離れた郊外の屋敷へと帰った。
屋敷に帰れば、配下の暗殺者でありエラシアのグレースポリス出身者であるレセプタクルが鋭い眼光で、
「龍菲の居場所をつきとめました」
と言う。
「よし、今からゆくぞ。案内せい」
速急に身支度をし、他に四人、キャメロウとコーヴェッテーと、テヴィアルとグリフィスいう者がついていった。
この四人は己の出自を知らない。それもそうだ。もの心つく前にダヂヴァイバーにさらわれて残酷非情の暗殺者として育て上げられ、つくり上げられたのだ。
六魔の六人も同じようにして育てらて、暗殺者としてつくり上げられた。
その性、人を人と思わぬのはいうまでもない。
レセプタクルは出自もはっきりしているが、もともと素行の悪い男で悪行の限りをつくし追放となってしまったところを、ダヂヴァイバーに拾われて、暗殺者となったのだ。
結社の暗殺者はこの六人。
さあこれからもっと大きくなって、一国の権力者とも互角に渡り合える一大勢力となろうという夢と希望を抱いていたが、それが龍菲によって潰されようとしていた。
ダヂヴァイバーの怒り推して知るべしで、常人から見れば十分狂気と思える性がまさに狂わんばかりに怒り狂った。
その六人が、龍菲をしとめるために、アノレファポリスの廃墟に向かった。
龍菲はどこへいくともなく、アノレファポリスの廃墟で過ごしていた。
いかにロンフェイといえど、冬の野をさまようほどには酔狂にはできていない。
アノレファポリスの廃墟は朽ちようはしているものの、風に雨露をしのぐには丁度よい棲家もある。
時折ソケドキア兵が見廻りに来て、人がいないか捜索をしているがそれにみつかる龍菲ではなかった。
またそれはダヂヴァイバーらも同じこと。
それは月が冷たくも大きく見開くように光り輝く夜だった。
空気も肌を刺すほどに寒い。
だがロンフェイは気をめぐらして体温をたもち、冬の寒気をしのいでいる。
眠らず、ゆらりと、舞うように身体を動かしている。
空のなにかをとらえようとするように、柔らかく指を伸ばし、手をゆらりと上から下へ、下から上へと動かし。時には交錯させ。
足は、すぅ、と地をすべりその足跡をたどればなだらかな線が描かれているのだろうが。地に足跡はつかなかった。
いかなる技をもってそのような動きをなすのであろう。
冷たい月が静かに龍菲の舞いを見下ろして、龍菲は舞いを月に奉納するように、身体を動かしている。
どうしてロンフェイは夜も眠らず身体をゆらりと動かしているのか。そうしないと気をめぐらせられず体温をたもてないからか。
身体を動かしつつ、脳裏に地図が思い浮かぶ。
いま自分がいるのは大陸のほぼ中央、西側世界の入り口であるエラシアのアノレファポリス跡の廃墟。ソケドキアに攻め滅ぼされてしまった。そのソケドキアは他の六国とともに旧ヴーゴスネアからわかれたのだ。
その東にはタールコ、大帝国で故国である昴とも貿易をしている。タールコの東にはタータナーノ。
他はさまざまな民族、小国がひしめきあい、争乱多きこの大陸で凌ぎ合いの興亡を繰り広げている。
さらに、昴より東方に暁星の半島が東の海に向かって突き出て。海を挟んで扶桑と呼ばれる島国がある。
それらの国々は昴の華人の文化をとりいれるとともに、華人と同じ字を用いて、それらの国を一地域にまとめる場合は東洋と称している。
東洋の扶桑は極東の最果ての地、それからはなにもなく、ただ広い海が広がるのみ。
(世界は、広い)
ざっと脳裏に思い浮かべたものの、世界の広さはいかに龍菲をもってもつかみどころがないほどに、広い。
ここから扶桑までゆくのに、どのくらいの月日がかかるのであろう。
そういえば、タールコに降伏したオンガルリは、もとは東方の騎馬民族の出であるという。昴は、いや華人はその騎馬民族を防ぐために古来から気の遠くなるほど長い長城を建造したものだったが。それでも、草原の騎馬民族は防ぎきれず、今も領土を奪い合っている。
その騎馬民族の一派が、西へゆきオンガルリを建国したのだろう。
世界は広いが、人もよく動くものだ。
(ドラゴン騎士団、コヴァクスとやらも、その子孫になるのだろうか)
ふと、コヴァクスが思い浮かんだ。
コヴァクスは自分に対してただならぬ思いを抱いているようだ。自分を見つめるその瞳は純粋に澄んでいた。
そしてなぜか、彼のことが気になる。だが同時に、自分の思いもあった。
自分は貿易をするキャラバンによってこの地まで連れてこられた。
(もし翼を得るように本当の自由が得られれば、広い世界を駆け巡ってみたい)
キャラバンに連れられ道中さまざまなものを見て、いつの間にかそう思うようになっていた。
金で殺しを請け負うことなんかよりも、もっと、そっちの方が楽しそうで、夢や希望がありそうだった。
鳥のようにもろ手を広げて上げて、ひらりと袖と裾をはためかせくるりと、ひらりとまわった。その袖と裾のはためきが、白鳥の羽を思わせるほど動きは流麗なものだった。
それから、そっと動きを止めた。
その動きは体重などないかのように、空に乗っているようにゆるやかでやわらか、舞のようにそして華麗だった。
「もう出てきたら」
ぽつりとつぶやけば。
「待たせたのう」
という声がした。
声に振り向けば、そこにいるのはダヂヴァイバーとレセプタクル、キャメロウとコーヴェッテー、テヴィアルにグリフィスだった
「見せてもらった。あいかわらず、お前の武功はたいしたものだ」
武功とは東方、昴の国、いや昴建国以前の華の大地にいにしえより伝わる武術のことだ。
ダヂヴァイバーにすれば龍菲よりも武功を買ったところだろう。
その無駄のない流麗でなめらかな動きも、武功によるものなのは言うまでもない。
だがしかし、その武功にまんまと裏切られてしまった。
ぎりりと、ダヂヴァイバーは耳障りな歯軋りの音を夜闇に響かせる。
残忍だが冷笑主義で、怒りを込めるなど滅多にないのだが、今夜ばかりは冷笑よりも怒りの方が遥かに大きいようだ。
それは他の暗殺者たちも同じで、冷たい目に怒りをひどく込めて龍菲を睨んでいる。
彼らの心の中で、どんな残酷非情な光景が繰り広げられているのだろう。
お互いに視線を交わしたのは一瞬であった。すぐにグリフィスが剣を振りかざして飛び掛った。