第十三章 暗殺者たち Ⅱ
シァンドロスは老人に目を向けず。笑みを浮かべ、腕と足を組んで、じっと火を見つめている。
「お気づきでございましたか」
「気づかいでか。お前、わざと気配を出していただろう」
「これは、おそれいりました。さすがは神雕王ともうしましょうか」
「世辞はよい。用はなんだ。オレの命ではなさそうだな」
「ははは。これは」
老人は笑い、ひとつ咳払いをした。
護衛の目に触れることなく、シァンドロスの寝室まで来たこの老人は何者であろう。
ちなみにバルバロネは今夜は自分の部屋だ。
「我らを御用立ていただきたく、この白髪頭を下げにまいりました」
そう言って、老人は跪いた。
「お前、暗殺者だろう。金で雇われて、闇に紛れて人を殺す」
「はは。おおせのとおりでございます」
「あいにくオレは暗殺などせせこましいことはせぬ。残念だが、よそを当たれ。今ならダメドにヴーゴスネアやユオが喜んで迎えてくれよう」
「それが出来るならば、とっくに行っております」
「ふん。オレのもとに来た理由はなんだ。まあ話だけ聞いてやろう」
老人は理由を語った。案の定、タールコに滅ぼされる国に雇われる気などさらさらない。いやそうでなくとも、どうせ雇われるなら、ソケドキア神雕王シァンドロスがよいという。
さらに、
「お父上は我らを重く用いてくださいました」
と言えば、シァンドロスの眉がぴくりと動いた。
そう、あの六魔の暗殺者どもは、父に雇われてシァンドロスを暗殺しようとした。老人は六魔と同じ暗殺集団に身を置いているのか。
というより、まさかと思えば。
「わたくしめは幼いころより暗殺のための修練を命を賭けてやりとげ、ちょっとした暗殺のための結社もつくったのですが……」
そのまさかだった。老人、暗殺の結社の頭領であるという。ふと、老人はあることに気づいた。
「名を聞かぬのですか」
「ああ、興味がないからな」
嘲笑する横顔を見せつけながらの、そっけない応え。ほんとうに暗殺者というものを嫌っているようだ。
「興味がなくとも知っていただきましょう。わたくしめの名はダヂヴァイバーと申します」
「で、続きはあるのか。ないならさっさと帰れ」
こやつ。殺そうと思えば殺せるのだぞ。と胸のうちで湧き上がる激しい怒りをどうにか抑え、ダヂヴァイバーは言った。
「はからずも結社の同志を六人も失うことになろうとは夢にも思わず。さらに我ら神雕王の偉大さに気づかず、大きな過ちを犯してしまいました」
「ならば、以後気をつけることだ」
ぐっと拳を握りしめる。それに気づき、シァンドロスの口角は笑みでくぼんだ。
「仰せの通り。そして、心を改め、あなた様の下で働かせてほしいと願うのです」
「いやだ」
あっけないものだった。だがダヂヴァイバーは引き下がらない。
「ロンフェイをご存知でございますな」
さっと懐から取り出した紙をシァンドロスに向けて飛ばした。それは空の流れに乗るように飛び、シァンドロスはそれを掴んだ。
紙には、「龍菲」と書かれていた。
「これははるか東方の昴の字だな」
「さよう。龍菲と読みます」
「なんと。やはりあの女は昴の華人であったか」
「左様」
脳裏に、ドラゴンの夜のことが思い起こされる。
白い衣に長い黒髪、なめらかな線を描く整った目鼻顔立ち。彼女はまさに東方美人であり、同時に恐るべき武術の使い手でもあった。
「なぜ昴の華人である龍菲が遠く離れたこの地にいるのだ」
「それは、同じ華人の暗殺結社との貿易で仕入れた暗殺者なのでございます」
「ほう」
これには少し驚く。暗殺者同士で暗殺者を商品として東西の交易があろうとは。しかしありえる話ではある。
この世界には表と裏があり、ダヂヴァイバーに六魔に、龍菲は裏の世界の住人なのだ。裏の世界は表の世界の人間には理解しきれぬことが多々あるもので、暗殺者が商品として取引されるのもそのひとつというわけか。
龍菲には、指一本触れただけで動きを封じられ。さすがのシァンドロスも驚かざるを得なかったものだった。
「で、なぜ、龍菲はお前たちに刃向かった」
「ふん。それがまた甘いもので。もう人殺しはしたくないと抜かしましてな。おめおめと逃げ出す始末」
「……なるほど」
暗殺者といえど、人の心は持ち合わせているようだ。なるほど、あの清楚な印象。あれは暗殺者としての誤魔化しでなく、芯からのものと思ってよいだろう。
「龍菲の強さは、神雕王もお知りのはず。その龍菲の首を手土産にして出直せば、我らをお使いいただけますか」
「……」
不敵な笑みから一転、無表情に黙り込んだ。
龍菲は敵ではない。いかにシァンドロスでも敵でない者の首を求めるほど強欲ではない。
なにより。
(コヴァクスは、龍菲のことが好きなようだ……)
どうも、龍菲に対するコヴァクスの態度から察するに、当たらずとも遠からずであろう。大なり小なり、コヴァクスは龍菲に対し恋心を抱いているようだ。
(龍菲は敵にはならぬであろう。しかし、ドラゴン騎士団とは……)
いずれ刃を交えることになるだろう。シァンドロスはそんなことを考えていた。
自分のやり方を、ドラゴン騎士団が受け入れるとは思えなかった。となれば、いずれは敵対関係になってゆくのは自然なことかもしれない。
もっとも、今から速急に敵対する必要はなく、必要とあらば同盟も結ぶが。
(もし龍菲がいなくなれば……)
コヴァクスはどう思うだろう。失意のあまり、腐ってしまいはしないか。そうなった方が好都合だと思う自分がいるし。
それに、
(龍菲がやられるのか?)
という考えも大きい。好奇心というものであった。
さて龍菲にこの老人、ダヂヴァイバーを差し向けたらどうなるだろう。
「わかった。そこまで言うなら、好きにしろ。それから考えてやる」
「わかりました」
老人は去った。
音も立てずに。