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第二章 反逆者 Ⅱ

 その会心の叫びを思い起こしては、うんうんと頷き、グラスを傾けワインで喉をうるおす。

 そのとき、ひとり侍従の者が近づき、イカンシに何か告げる。

 イカンシはうんうんと頷き、侍従の者を側に控えさせて、バゾイィーに、

「ドラゴン騎士団を、足止めしたそうにございます」

 と言った。それから、オンロニナ平原での戦いの戦果も報告された。

 敵軍勢は追い払ったが、敵将ヨハムドは討ちそこねた、という。

「そうか」

 それまでご機嫌であったのはどこへやら、ばん、とテーブルをたたいて立ち上がると、

「諸君!」

 と宴席の側近らに呼びかけた。

 側近らは飲み食いをやめ、じっと王の言葉を待っている。広間は水を打ったように静かになった。

 バゾイィーは、こほんとひとつ咳払いをすると、周囲を見渡し。威厳たっぷりにまた咳払いをすると、

「ただいまドラゴン騎士団とタールコ軍の将ヨハムドとの戦いの報せがまいった。敵をすんでのところまで追いつめながら、ヨハムドは討ち損じたという。これが、何を意味するのか」

 側近らは互いに顔を見合わせ、宴席はにわかにざわつきだす。

「言うまでもない、討ち損じたのではなく、逃がしたのよ。ドラゴン騎士団はタールコと通じておったからな。まさに、この戦果はその証しではないか」

「まったくです。ドラヴリフトは百戦錬磨の勇将。その子ら、コヴァクスにニコレットも、父の器を受け継ぐ若き龍。その気になればたやすく討ち取れるものを、逃がしたなど。これはまさに、タールコと通じていたという、何よりの証し」

 とイカンシが言葉を継げば、側近らも異口同音に賛同する。

 バゾイィーは酒の勢いも手伝って鼻息が荒い。

「今宵は存分に飲み明かし、翌朝、あの忌々しき裏切り者を討ち取りにゆこうぞ」

 と言うと、その場が沸騰するかのように、わっ、と雄叫びが上がった。イカンシは厳かにしかめっ面しながら、うなずく。

「裏切り者に制裁を、死を」

「ドラヴリフトは龍公にあらず、悪魔公なり」

「その子らは、小魔公に小魔公女なり」

「報いを。やつら忌まわしき一族に、恐ろしき報いを」

 と、側近らは口々にドラヴリフトらを罵りだした。


 それを、右手を挙げて制す。

「もうよい。この喜びの席であまり殺伐たることを口にするのは、よくない。口直しせよ」

 バゾイィーはどっかと椅子に座りなおし、口直しとワインで喉をうるおす。側近らも言われるまでもなく、口直しする。

(思えば、ドラヴリフトは何かにつけて、予に戦場に出るよりも都で内政にいそしめなどとほざいておったが。そうか、予を引き篭もりの腑抜けにするつもりだったのだな)

 つらつらと、頭の中に色々よぎり、鹿肉を口に放り込み噛み砕きながら、頭の中で思考をめぐらす。

(イカンシに教えてもらわねば、予はあのまま引き篭もりの腑抜けになっておったわ。ふん、オンガルリで戦ができるのは、ドラゴン騎士団だけではないわ)

 側近たちを見回す。彼らは王に忠誠を誓い、命を賭けて戦ってくれた。その実力は、ダノウ川の戦いでいかんなく発揮され。ドラゴン騎士団に頼らなくても、国を守れることを十二分に証明してくれた。

(さも我こそ忠臣なりと振る舞いおって。予もまんまと騙されて、あやつをドラゴンの如しなどとおだてて、多大な恩賞をくれてやった。その結果、つけあがったあやつは、いまや一万を越える軍隊を持つまでにいたった。迂闊であった。なんでそれが、反乱の兆しであると見抜けなかったのであろう)

 はっと、脳裏に閃いたもの。

 バゾイィーは、いいことを思いついたと喜び「そうだ、そうだ」と愉快そうに笑って言った。

「まずは、都に人質として住まわせておるエルゼヴァスの首を、刎ねてしまえ」

「ご名案でございます」

「ドラヴリフトめ、忠誠の証しに妻を人質にしたが、そうか、妻を使って我が国の内情を探らせるのが目的か。迂闊、迂闊。裏切り者と知らず、予は凶刃を懐にしまっていたのか。イカンシ、そなたには感謝しておる。このまま捨て置けば、オンガルリはドラヴリフトに乗っ取られていたであろう」

「何を言われます。王の忠実なるしもべとして、当然のことをしたまででございます」

「謙虚なやつよ、まあ飲め」

 とバゾイィーは酒をついでやる。もったいない、と言いながらイカンシはまんざらでもなさそうに、酒を飲む。

 皆明日の出陣の景気づけと、存分に楽しく飲み食いしていた。

 そしてその翌朝、オスロート以下町の人々の見送りを受けながら、威風堂々と、国王バゾイィーの親征軍五万は龍退治にゆくのであった。

 ドラゴン騎士団は、勅旨のとおりに、その場に駐屯し、空の雲が流れてゆくのを見上げながら時がすぎてゆくのを待っているしかなかった。

 王命である。

 これに背いて動けば、ドラゴン騎士団はたちまちのうちに不忠の騎士団となってしまう。と、ドラヴリフト以下騎士団の将卒は王の沙汰を待っていた。

 忠実なるしもべとして。

 王の気持ちなど知らず。

 ドラヴリフトは自分の幕舎で、必要な仕事をする以外は書物の読書にふけっていた。コヴァクスは自分の幕舎でじっとしていることが出来ず、副官をともなって部隊をまわり将卒らと暇をつぶすなどしていた。が、なにかにつけては眉をつりあげ、腕を組んでは指で二の腕をとんとんと叩く。

 そんなときに、ニコレットも副官のソシエタスをともない部隊まわりをしていてコヴァクスとでくわした。

 左右違う瞳を兄に向け、

「お兄さま」

 とコヴァクスを呼んだ。

 

 鎧を身にまとってはいるものの、兜はなく。母親譲りの美しい金髪は陽光に照らされ、風になびきながら光り輝いていた。小龍公女と呼ぶに相応しい美しさと強さをあわせもつニコレットを、ソシエタスやドラゴン騎士団の将卒らはまさに女神のようにうやまっていた。

「ニコレット、お前もひまそうだな」

 コヴァクスがからかうように言うと、ニコレットは帯剣の柄をたたき、いたずらっぽく微笑みながら、

「ええ、退屈で退屈で。剣を握り戦場を駆け巡った方が、よほど幸せですわ」

 と、かえすと、兄の顔を見てくすりと笑う。

「まあ、お兄さまったら、怖い顔をして」

「当たり前だ。王は一体何を思って我らをここに足止めさせるのか」

「きっとお考えあってのこと。時が経てば解決いたしますわ。それより、もうそろそろ花嫁を迎えねばならぬ身。何かのたびにそのようにぷりぷり怒った顔をされては、誰もお近づきになりませんことよ」

「余計なお世話だ」

「妹の親切心を踏みにじるなど、ひどいお方。そんなことでは、私は友人たちに、兄に嫁ぐなと言わねばなりませぬわ」

「馬鹿にするな。嫁くらい自分で見つける。決してお前の世話にはならぬ」

「あら、そう。クリスティンカはよく私に、お兄さまのことをお聞きになるわ。どうしたのかしらねえ」

「む、クリスティンカが……。いや、いや、からかうな」

「あら、お顔が真っ赤ですわ」

「これは戦いを求める戦士の顔だ」

「ふふ、まあそういうことにしておきますわ」

「どういう意味だ」

 ニコレットは真っ赤になるコヴァクスを完全にからかって遊んでいる。熱くとも単純な兄は暇つぶしにはうってつけだ。

 が、ソシエタスは苦笑いをしながら、ごほんと咳払いをし、

「そういえば、奥方さまは、今ごろどうなされておられましょう」

 とさりげなく言うと、コヴァクスとニコレットは、はっとして気まずそうに都の方へ顔を向けた。

 が、確かに、母は、エルゼヴァスはどうしているだろうか。

 そのエルゼヴァスも、ドラゴン騎士団のことを知らないわけではなかった。敵を迎撃するもそれはおとりで、急ぎワリキュアに向かう途中で行軍を中止し王からの沙汰を待っている、と。

 都、ルカベストはオンガルリ建国以来、国の中心地として栄えていた。中央に王城がそびえ立ち、陽光を受けて石壁は輝き、それがまた都に降りそそがれている。

 またそれを幾多もの貴族の邸宅が取り囲み。またそれに従うように一般市民の家々も軒をつらね、そのあいだあいだに、教会のとがった屋根が神よりの言葉を受け取るようにして突き出ている。

 その四方をなだらかながらも山々が取り囲み、自然の城壁の役割をなしている。山々の緑のところどころに、赤みがまざりこみつつあり、涼やかな空気とともに季節の移り変わりと、冬近しことを教えてくれている。

 エルゼヴァスは王城の一室の窓から外の景色をながめて、ためいきをつく。山の向こうに、夫と子どもたちが騎士団とともにいる。

 年すでに四十になるというのに、紅いドレスに包まれた身、きりりと背筋は伸び。碧い瞳に金髪は陽光を受けてきらりと輝き。美しいというだけでなく、大龍公の妻として、自然に慈愛と威厳がそなわり、かぐわしき薔薇の香りをはなつよう。

 だが、口元は引き締められて手を合わせ、じっと窓から景色を眺めているばかりだった。

 嫌な予感がする。どうも、最近周りの様子がおかしい。自分も、夫も子どもたちも騎士団もどうなってしまうのか。考えると胸が締め付けられそうだった。なにより、これから寒くなろうとしているのに、都に入ることを許されず、野営を強いられているとは、夫はともかく、子どもたちは今ごろどうしているだろうか。

 戦争にゆくという、それだけでも試練であるというのに。その上にまた、試練が重ねられるのだろうか。

 武人の妻である。心配はしても安易な同情はしない。

 だが……。

 召使いたちの少女らが心配そうに見つめるのを背中に感じながら、手を合わせ、神に無事を祈らずにはいられないでいた。

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