第十二章 獅子王子と神雕王 Ⅳ
鉄甲の兵士に軍馬揉み合い、刃ひらめき草原は踏みしだかれて血を撒き散らされて。
タールコ、ソケドキア軍は激突し互いに一歩もゆずらかなかった。
傘を差すエスマーイールとパルヴィーンたち侍女は突進するタールコの軍勢とすれ違うように後方へ下がった。彼女らの役目はあくまでも楚々と傘を差すことにあり、戦場で刃を振るうことではない。
両軍ともに大将を中軍の中央にいただき、それを先頭にぶつかりあった。
アスラーン・ムスタファーは槍を振るい、襲い来るソケドキア軍の兵士騎士を次々と薙ぎ倒し、獅子王子の二つ名に恥じぬ奮闘を見せた。
シァドロスも存分に剣を振るいタールコの勇士たちを討ち取ってゆく。
両軍接近するにつれて、シァンドロスとアスラーン・ムスタファーの目の色とその輝きがはっきりと両者に見え。
最初の一刃を互いにぶつけ合った。しかしすぐに揉み合う兵士たちによって離れ離れにされた。
離れてゆきながらも、両者視線を交わし続けた。
アスラーン・ムスタファーはシァンドロスを求め道を切り開こうと必死に槍を振るった。
これにタールコの将兵が奮わぬわけがない。
「我らも獅子王子に続き、勝利を!」
の掛け声があちらこちらで轟く。
イムプルーツァは左翼を率い、ソケドキア軍右翼とぶつかった。
ソケドキア軍右翼は重整歩兵ファランクス隊の繰り出す長槍の槍衾を広げ、タールコの勇士たちを次々串刺しにしてゆく。
自らは騎乗するイムプルーツァ率いる左翼は、タールコが得意とする戦車部隊を主に組織され、その戦車の厚い装甲をもってファランクスの槍衾を弾き返そうとした。
戦車の装甲は兵士や軍馬のそれよりも固く、槍の穂先を受け付けなかった。しかしファランクス隊を率いるガッリアスネスとて馬鹿ではない。馬を直に刺しても分厚い胸筋のためたわみ効果が薄い。そのため馬を避け槍の穂先を上へと掲げさせ、御者に狙いを定めて長槍を突っ込ませた。
狙いは的中し、長槍の餌食となって御者は戦車から落ち。制御不能となった戦車は勇士を乗せてあらぬ方向へと暴走して勇士たちも振り落とされる有様。
だが戦車隊も負けていない。車輪の横から鉤爪が飛び出し、うまく御者が長槍をかわし突進する戦車はソケドキアの重装歩兵の足を切り刻んでゆく。
一方のソケドキア軍左翼もまた長槍を繰り出すファランクス隊重装歩兵隊でこれはイギィプトマイオスが率い、タールコ軍の右翼とぶつかりあった。
今回のソケドキア軍は中軍は騎兵、左右翼は重装歩兵ファランクス隊で組織されていた。
タールコ軍右翼は歩兵を主に組織され、これは使者としてソケドキア軍に赴いたイルゥヴァンが率い、これも一歩も退かぬ戦いを見せていた。
タールコ軍の中軍はソケドキアと同じように騎兵で主に編成されて。それら合わせて一万同士、真正面からぶつかり合っている。
イルゥヴァンは長槍を見て、その穂先の餌食とならぬようその間にもぐりこむか、また地面に寝そべって転がり頭の上でやりすごして、歩兵の足を攻めるという戦法をとった。
これは効果があり、前方は乱れた。イギィプトマイオスは、
「これはいかん」
と槍を捨てさせ咄嗟に剣で対応するよう号令を下した。
機転の利く者は言われるまでもなく槍を捨て、あるいは槍投げと敵向けて投げて剣を手にし転がるタールコ軍に剣先を振り落とし、己の率いる左翼の乱れを抑えた。
さてソケドキア中軍、シァンドロスはバルバロネを従えよく戦い。バルバロネもシァンドロスから離れずよく戦った。
「えおう」
「とおう」
これでもか、というくらいの雄叫びがこだまし、天まで届く。
シァンドロスの兜は頭上てっぺんから後頭部にかけて鳥の翼がはえているように、赤く染められた羽毛の房が縦になびき。額の覆いはそれこそ雕くちばしのように鋭く尖り。こめかみの部分には鋭い眼差しを放つ目が彫られている。
タールコの勇士たちはそれを目印に刃を繰り出すが。シァンドロスこれをことごとく跳ね返す。
これに対し。
「道を開けよ。神雕王は我が獲物ぞ」
雄叫び上げて槍を振るう勇士といえば、アスラーン・ムスタファー。その兜は額の部分がまさに獅子の顔をしまるで獅子の顔を兜にしているような趣がある。
ソケドキア軍の兵士、騎士たちはそれを目印にアスラーン・ムスタファーに突っ込むが、
「雑魚に用はない!」
とこれことごとく跳ね返され。また愛馬ザッハークの馬脚に蹴られ、蹄に踏みつけられる者続出した。
「獅子王子よ、我が首を所望されるか。ならば自らの勇気でもぎ取ることだ!」
シァンドロスはゴッズの馬脚をもって邪魔なタールコ兵を蹴飛ばし、アスラーン・ムスタファーに向かって駆けた。
バルバロネもタールコ兵を蹴飛ばし、シァンドロスについてゆく。
そのシァンドロスの目前で閃く槍の穂先。咄嗟にこれを避けゴッズを反転させ、また反転させざまに、槍の主に剣を振るう。
これなん槍の主こそアスラーン・ムスタファーの腹心にして友のイムプルーツァ。
タールコ軍右翼を率いていたが乱戦さらに乱れを増して、右も左もなくなりつつあり。そのどさくさに、神のおぼしめしか悪魔の業か、シァンドロスとの距離が一気に縮まり槍を繰り出した次第。
「獅子王子と戦う資格があるかどうか、まずこのイムプルーツァが試してやろう!」
この戦いに敗れれば、神美帝の命により処刑され後がない。もとよりそれを怖れるイムプルーツァではないが、後がないのをいいことにひたすら前進と突っ込む気迫がみなぎっていた。
「イムプルーツァ、余計な手出しは無用!」
アスラーン・ムスタファーは叫ぶが、イムプルーツァの耳には入らず。そのまま刃をぶつけ合わせ、陽光に反射し互いの刃の閃きを競い合っている。
「仕方のない男だ」
友の性質を知るアスラーン・ムスタファーは憮然と苦笑し、めぼしい獲物をかわりにもとめれば、
「やあぁぁッ!」
とアスラーン・ムスタファー目掛けて掛け声あげて剣を閃かせるのは、バルバロネであった。
うむ、と剣を槍で弾き穂先を繰り出す。
だがバルバロネも女だてらに傭兵として戦場を渡り歩いた歴戦の勇士。ひらりと穂先をかわしざまさらに距離を縮めて、刺突を繰り出す。
一気に距離が縮む。肌の色の黒さと、その顔立ちかがはっきりと見える。
「お前は女か!」
それが女であると知ったアスラーン・ムスタファーはたいそう驚き、相手の攻めをかわしながら、
「退け! 女は斬らぬ!」
と怒号した。
だがそれで退くバルバロネではない。
「馬鹿におしでないよ」
言い返しながら鋭い剣光を閃かせ、何度となく獅子の兜にぶつけようとした。だが運が悪い。揉み合いで他の騎士の馬がバルバロネの馬にぶつかり体勢を崩して、あやうく落馬しそうになった。
その隙にアスラーン・ムスタファーは距離を引き離し、バルバロネの剣はもう届かぬ。
「おぬしやるな!」
「神雕王こそ!」
激しく火花散らし、何合とも数え切れぬほど刃をぶつけあうイムプルーツァとシァンドロスは、輝く笑顔で強敵との戦いを楽しんでいた。
これに、アスラーン・ムスタファーは嫉妬した。