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第十二章 獅子王子と神雕王 Ⅲ

 使者、イルゥヴァンはくっくと笑い、では、と言い自分の部隊にもどってゆく。彼もまたシァンドロスとの戦いを楽しみにうきうきおさえられない、タールコの勇士であった。

「はっは。そう膨れるな。膨れれば膨れるほど、何かしたくなる」

 そう言われてエスラーイールは膨れるのを抑え、困ったように目を伏せ気味に無表情で駒を並べて傘を差す。

 意地悪をした、とアスラーン・ムスタファー自らに苦笑して。気を取り直す。

「よし、我らソケドキアともに一万、真っ向勝負だ! 心していよ!」

 号令を下せば、それはまたたく間にタールコ先陣一万に伝えられ、喚声どよめく。彼らひとりひとりも、同等の数による戦いでの真っ向勝負で腕を振るいたいと強く望み、武者震いを抑えられないでいる。

 かわいそうなのは後方で、我らも獅子王子アスラーンとともに先陣にいたかった、と地団駄を踏む者が数多もいるという。

 ともあれそれからはひたすら進軍、進軍、である。

「うーむ。国境以来、まったく抗う者がおらぬとは。これはかえって不気味でございますな」

 イムプルーツァは言う。それはアスラーン・ムスタファーも気にしていたところだ。

 途中人を遣わし地元の人間に抗わぬわけを聞いた。そうすれば、

「神雕王からのお達しで、無駄に抗わずタールコ軍はそのまま通すことにしております」

 という答えがかえってきた。シァンドロスもタールコとの真っ向勝負を望んでいるのか。

「だがしかし、シァンドロスは曲者と聞き及びます。罠があるやもしれませぬ」

「かもしれない。心していよう」

 ムスタファーは勇気ある王子ではあるが、神雕王シァンドロスに対しドラゴン騎士団へ向けるのと同じ気持ちにはなれなかった。

 強敵であることはわかっているが、どうにもつかみどころのないところもある。

 それは直に会ったことがないからだだろう、と思った。思いたかった。

 当のシァンドロスはといえば、まさに腹にいちもつという不敵な笑みを浮かべ淡々と自軍を進める。

 気になるペーハスティルオーンにイギィプトマイオスは、何を考えているのか聞かせて欲しいと頼んでも、

「あとで言う」

 の応えしか帰ってこない。皆名高いアスラーン・ムスタファーを相手に戦うことに警戒心強く、気が立っていた。

 その一方で従軍史家ヤッシカッズに、その弟子ガッリアスネスは、そして愛人のバルバロネはこまかいところまではわからぬものの、黙ってシァンドロスについていった。

 バルバロネもこの軍勢の中にいて、シァンドロスと駒を並べている。

 女の身ながら傭兵あがりで歴戦の勇士でもあり、シァンドロスとおおいに気の会うところがあり、愛人となってつねにそばにいた。

 それは戦場でもかわらず、小姓のように付き従っている。

 進むにつれて数を増してゆき、ギヤオゴズィラという平原に着いたときにようやく後方が追いついて数は一万となり。

 神雕王の象徴であるくまたかの旗がはためき。

 向こうに見えるのは、獅子王子アスラーンを象徴する獅子の旗。

 両軍はこのギヤオゴズィラの平原ににらみ合った。

 それを天では太陽が雲に邪魔されることなく見下ろしている。

 絶好の戦日和である。

「ペーハスティルオーン、イギィプトマイオス、ガッリアスネス、来い!」

 呼ばれたおのおのの者はシァンドロスを囲み、それから伝えられることを聞き、そこではじめてシァンドロスの考えを聞き、顔をほころばせた。

 ヤッシカッズら文官は文筆の士であり戦士ではないので、後方に下げられている。

「ああ、ほんとうにタールコ軍だね。女に傘を差させるのが」

 かつて東方タータナーノの出で、わけあって傭兵としてタールコにいたことのあるバルバロネはアスラーン・ムスタファーやイムプルーツァら勇士たちのことよりも、その隣で駒を並べて傘を差すエスマーイールやパルヴィーンに目がいった。

 それがいかにもタールコらしい。と彼女の心に強く刻み込まれていた。

 アスラーン・ムスタファーの目は輝いていた。

 イムプルーツァらタールコの勇士ともども槍を強く握りしめ、いまかいまかと戦いのはじまりを待ちわびている。

 おのずと両軍の騎士が一騎前に進み出て、

「我ら同等の数をもっての真っ向勝負をいたさん。我らの信奉する神々よ、照覧あれ!」

 と天に向かい叫び、自軍に引き返してゆく。

 シァンドロスも剣を抜き、不敵に笑い始まりを待ち。そばのバルバロネも剣を握りしめいつでも飛び出せるよう身構えている。

 シァンドロスの愛馬ゴッズの鼻息も荒い。同じようにアスラーン・ムスタファーの愛馬ザッハークの鼻息も荒い。

 人も馬も興奮し、その熱気はたちこめ、熱気でくうが揺らめいているようであった。

 シァンドロスもアスラーン・ムスタファーも、それぞれの軍勢の先頭に立ち、互いに視線を交わしていた。

(あれが)

 獅子王子アスラーンムスタファーか。神雕王シァンドロスか。と頭に閃くとともに、それぞれの得物を采配と掲げて、

「かかれ!」

 という号令が下されるや、両軍の馬蹄に軍靴、一斉に地を蹴り駆け出し。その咆哮、天を揺るがすかと思われた。

 途端に風強く吹いて、雕の旗、獅子の旗強く広がってはためき。絵柄を見せ付け。

 激突した。

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