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第十二章 獅子王子と神雕王 Ⅱ

 シァンドロス率いるソケドキアの軍勢は進むにつれて数を増し、ようやく七千に達した。

 道中で早馬が来たが、とまるようなゆとりは見せずゴッズの横につけさせ報告させれば。ロンマーが討たれ、コーウッチノートサ陥落というではないか。

「馬鹿め!」

 ロンマーを激しくののしる。城に篭りなぜ自分を待たなかったのかと激しく憤った。

 と思えば、向かいから一騎タールコの騎士がやってくる。アスラーン・ムスタファーの使者であるという。

 何事かとおもい、これはさすがに馬をとめて話を聞けば。

「アスラーン・ムスタファー、数を頼みにするのをよしとせず、ソケドキア軍と同等の数をもっての真っ向の戦いを望まれる。貴公のはいかほどの軍勢でこられるのか教えたまえ」

 などと言うではないか。

「ほう、アスラーン・ムスタファーは二つ名にたがわぬ勇者であるな」

 素直に数を頼めばよいものを、そうせず相手に合わせるとは。シァンドロスは白い歯を見せて微笑み、

「一万」

 と応えれば、承知しました、と言って引き返してゆく。

 ペーハスティルオーンにイギィプトマイオスはこれは罠ではないか、と疑るのだが。逆にヤッシカッズにガッリアスネスは大丈夫だろうという。

「どちらでもよい」

 それがシァンドロスの考えで構わず駒を進める。

 さてタールコの使者はアスラーン・ムスタファーのもとに帰り、感心した様子でソケドキア軍のことを語っていた。

 アスラーン・ムスタファーも道を急ぎ、侍女の差す傘の影に使者を入れ駒を並べて報告させる。

「いや驚きました。思ったより早くソケドキア軍のもとにゆけましたからな。その進軍速度は我らが思う以上のものです」

「あとどのくらいで会えそうだ、神雕王と?」

「一日と半。おそくとも二日ではないかと」

「もう目と鼻の先だな」

 斥候を遣わしてソケドキア軍の動きを注視し、速いな、と思ってはいたが。使者からの報告でその速さに確信を増したようだ。これは強敵であるのは間違いない。

「だがしかし、その速さ、伝え聞くイスカンダテンそのものといってもよいな」

 イスカンダテンはタールコに伝わる伝説の勇者で、こと最速をもって知られた勇者だった。イスカンダテン動けば風のごとく山野を駆けて、一日でタールコの半分を渡る。と吟遊詩人はうたう。

「神雕王と名乗るだけはありますな」

 そばでイムプルーツァが感心してつぶやく。アスラーン・ムスタファーがうきうきしているのを見て、自然と己もうきうきしてくる。

 望むは強敵。己より強い者に会いにゆく。人生は旅といわれるが、何をもって目的地とするのか、と問われれば、強敵とこたえるであろう。

 タールコ軍もソケドキアにかなり入った。

 コーウッチノートサを陥落させてからは、道ゆく町や村は無抵抗で道をあけた。それらに対し、降伏や服従を強要したりせず。また軍規厳しく、略奪暴行にはしるものは処刑されるという以上に、勇士の誇りから平民には手出しをしなかった。

 それどころか、その集落が餓えているとなれば惜しげもなく兵糧を分け与えてやった。そのため敵国ながら歓迎をされたことさえあった。

 そもそも、ソケドキアは旧ヴーゴスネアの混乱と分裂によって生じた新興国である。端々の集落の人々は心から自分はソケドキア人であるという自覚が薄かった。慈悲をかけてくれれば、誰でも迎え入れる。

 民は王のために生きるのではない。また王が選べるものでもない。むしろ民が王を選ぶのだ。

 それは北方のリジェカの革命がよくあらわしていた。

(ドラゴン騎士団の小龍公と小龍公女はいまどう過ごしているのだろう)

 一番の望みであるドラゴン騎士団はリジェカ公国の革命にくわわり若い王を立てた。春が来て雪が融ければ、まさに飛んででも渡り合いたい強敵であった。

 ドラゴン騎士団のことを思わぬ日は一日ともない。

 それは片思いに胸をこがず乙女のように。

 だが今はソケドキアのシァンドロスだ。

 彼もまた一筋縄ではゆかぬ強敵ではありそうだ。 

 聞けばわずかな部下とともに戦乱のヴーゴスネアを旅し、ドラゴン騎士団の革命・ドラゴンの夜のときにもドラゴン騎士団を助けたという。

「彼の様子はどうであった」

「はっ。なかなかの美男子といってもよいでしょうな。それがゆとりを見せて白い歯を見せて笑を見せておりました。そこな……」

 と言いながら侍女を指差し、

「エスマーイールも喜んで傘を差したくなるでしょう」

 諧謔をこめて使者は言う。イムプルーツァも、その傘を差すパルヴィーンも、思わず「ぷっ」吹き出す。

 アスラーン・ムスタファーもそれを聞き、

「あっはははは」

 と痛快に笑った。

「どうだエスマーイール。シァンドロスのもとにゆかせてやろうか」

「まあ、アスラーンはなんて意地悪を言われるのでしょう。私がお仕えしたいのは、アスラーンただお一人でございます」

 エスマーイールはぷっと頬を膨らませてこたえるものだから、アスラーン・ムスタファーはそれがおかしてくて仕方がなく。

 彼女の膨らんだ頬を見ていると、もっと、なにかしたくなって。

 膨らんだ頬を指で突っついた。

「おやめくださいまし。頬がくすぐっとうございます」

「ははは。破裂するかと思ったが、柔らかくへこむものだな」

 エスマーイールは傘を差したまま、ぷいっと、そっぽを向いた。

 その頬は、赤くなっていた。

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