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第十二章 獅子王子と神雕王 Ⅰ

 アスラーン・ムスタファー来たる!

 という報せがソケドキアを駆け巡った。

 タールコは十万の軍勢を二手に分けて、一方は旧ヴーゴスネアの五ヵ国。一方をこのソケドキアに向かわせているという。

 しかも、ソケドキア出征軍を率いるのは、アスラーン・ムスタファーというではないか。

「好機到来!」

 シァンドロスは天から恵みの雨が降ってきたとばかりに喜び勇んで、迎撃の備えに当たった。

 敵の軍勢は五万。しかも総大将は獅子王子である。ほとんどの者が喉のひきつる緊張を覚えたのに、シァンドロスはひどく喜び、明るくふるまっていた。

 このことをヤッシカッズは、

神雕王しんちょうおう、獅子王子の到来を神の降臨のごとくよろこべり」

 と書き記している。

 

 シァンドロスの動きは、電光石火というにふさわしいほど早いものだった。

 かき集められるだけの手勢をあつめ、軍備を整えるやすぐさま迎撃に向かった。

 その数は五千そこそこ。

 待てばもっと、一万は来たのだが、シァンドロスは待たず。自分と近しい者らの仕度が整い次第、飛ぶように駆け出した。

 とはいえ、数の不利は変わらない。

 タールコは大帝国なのに対し、ソケドキアはやはり小さな新興国。アノレファポリスを滅ぼしたといっても、それは相手が弱小都市国家だから出来たこと。

 だがシァンドロスは負ける気がしなかった。今までの戦い、命の危険にたびたびさらされてきたのを乗り越えてきたではないか、という自負と自信があった。

 このたびの戦いも乗り越えられる。胸中にそんな自負と自信がみなぎっていた。

 迅速はアスラーン・ムスタファーも負けてはいない。まず一万を先駆けとし先陣を切らせて、なんと自らこれを率いている。

 ソケドキアとタールコの国境は山ではあるがさほど高いものではなく、街や城もあった。そこはコーウッチノートサといった。無論国境なので警備は常に緊張感をもって厳重。

 太守ロンマーはタールコ来たるを知るやすぐさまシァンドロスに使いを出し、自らも少ない手勢を率いてタールコの軍勢を迎え撃とうとした。

 その部下、シンタリオナカとシァタロイワサは無謀だととめ。無理をせず郊外にある城にこもり、シァンドロスを待とうと進言したのだが。

「怖いのか、臆病者め!」

 と言って聞かなかった。この男勇敢で太守をつとめるコーウッチノートサを守る使命感はあるのだが、それが強すぎて退くを恥としているきらいがあった。

 この男を太守に任命したのは先代のフィロウリョウだ。その勇敢さを買ってコーウッチノートサの太守と国境警備とを任せたのだ。事実今まで来たタールコの軍勢を退け、よく戦った。

 今回も今まで通り勝てると思い切っていた。

「こうなれば是非もない」

 苦い気持ちで歯軋りし、シンタリオナカとシァタロイワサはロンマーについていった。

 その国境警備軍の数は千たらず。

 さすがに無理に正面からぶつかることはせず、どこかに隠れて横っ腹を突く作戦でいくこととなった。

 丁度隠れるによい森がある。しかもアスラーン・ムスタファー自ら先陣を率いているというではないか。

 ここは、狙いをアスラーン・ムスタファー一人にしぼり、不意打ちで勝ちを奪うのが最良のように思われた。

 だが部下は、シンタリオナカとシァタロイワサはいい顔をしない。

「なんだ貴様ら。怖いのならもうよい、さっさと帰れ」

 とロンマーは傲慢に怒り、怒鳴り散らし。さっさと駒を進め、進軍路沿いにある森の中に入っていった。

 シンタリオナカとシァタロイワサは、舌打ちしつつ、恐れる者は無理をさせず逃がした。おかげで数が減った。

「このことは神雕王に訴え、裁きにかけてくれるぞ」

 それはそれは、ロンマーは怒り狂ったのはいうまでもなかった。

 それからどうにか怒りを押さえ、息を潜めれば。

 アスラーン・ムスタファー率いるタールコ軍がついに姿を現した。

 獅子王子のその鎧姿は、派手さはなく他の兵士らと同じ標準的なもので動きやすさを優先させた軽いものだった。

 だがその目は鋭く、顔立ちも凛々しく。そばで傘を立てる侍女の美しさもまた引き立つ。地味な軍装をしていようと、それで品位が下がることなく。むしろ一級の勇士としての品位が際立つ。

 こちらに気づかず通りすぎようとするタールコ軍を見、ロンマーは喜び勇んで、

「かかれ!」

 と叫んで剣を握りタールコ軍の横っ腹に突っ込んだ。シンタリオナカにシァタロイワサも続く。

「敵襲!」

 不意に脇を突かれたタールコ軍はすこし慌てて隊列を乱し。ロンマー率いる国境警備軍はその乱れた隊列のほつれからどんどんと奥へ奥へと突入していった。

 アスラーン・ムスタファーにその腹心イムプルーツァは落ち着いたものだった。そばで傘を差す侍女もまた落ち着いたものだった。

 無言で兵らの動きをじっと見つめていれば、タールコの兵たちはアスラーン・ムスタファーの信頼に応えるように隊列を整え直し、突然現れたソケドキア軍を囲んでゆく。

「や、や」

 ほつれて破れてゆくと思った隊列は瞬時につむぎなおされて、ロンマーたちは取り囲まれて逃げ場がない。と気づくと同時に、率いる国境警備軍の半数があっという間に討たれた。

「げ、これはいかん」

 ロンマーは剣を振り回して退路を切り開こうとし、アスラーン・ムスタファーに背中と馬の尻を見せてしまう。これを見てシンタリオナカとシァタロイワサは唖然とする。

「あれだけ突撃を主張しながら、この期に及んでなんという見苦しい真似を」

 どうにも覚悟が軽かったようだった。そうでなくても、勝てる見込みはなかったのだから、どうしても突撃をする場合はそれこそ決死の覚悟でいくいべきであり。ここでロンマーが最後の奮戦を見せればよかったのだが、追いつめられて最後を迎えようかという時に、背中と馬の尻を見せられたら、連れて行かれた者らの馬鹿馬鹿しさといったらなかった。

「センコグ!」

 ソケドキア語で臆病者を意味する言葉を吐き、ロンマーはもう捨てた。

「こうなれば是非もない。最後の意地を見せてやれ!」

 勇敢にもシンタリオナカとシァタロイワサは得物を握りしめ、大軍に取り囲まれながらもアスラーン・ムスタファーに立ち向かった。


 数の少ないソケドキア国境警備軍は無謀な突撃により全滅も近い。大将のロンマーはといえば、必死で逃げていたが、馬脚を雑兵に切られて馬が転倒、その際に落馬し打ちどころ悪く首の骨を折ってあっさり死んだ。

 今まで国境警備の任務を果たせたのも、タールコがオンガルリに専念して旧ヴーゴスネアおよびソケドキアには軽い牽制程度にしかしかけなかったからだった。それを、自分の実力によるものと勘違いしたことに、ロンマーの悲劇はあった。

 その無様さから誰もロンマーを大将と思わず、放って置かれてしまい、タールコ軍の軍馬の馬脚や軍靴に踏みしだかれてゆくがままだった。

 タールコ軍は最後の奮戦を見せるシンタリオナカとシァタロイワサが大将と思い、その大将首を獲ろうとしたが、ふたりはなかなかにしぶとく戦った。

 それを見つめるアスラーン・ムスタファーの目の輝きが一段と増してゆき。剣を抜きはなつや、

「ゆくぞ、ザッハーク!」

 と愛馬・ザッハークを駆けさせた。

 ザッハークとは肩から蛇を生やし、過去千年にわたり人類を支配したとされる暗黒の魔王の名である。それゆえタールコにおいては最凶最悪の名でもあるのだが、己の勇気で暗黒魔王・ザッハークすら御する、という気持ちから敢えて愛馬にその名をつけていた。

「どけどけ! そいつらはオレの獲物だ!」

 ザッハークの馬蹄響くや、兵らはさっと道をあけた。イムプルーツァは侍女に目配せしながら「お好きだな」とほほえみあった。それは元気な子どもを愛でる大人の目とでもいおうか。

「お前たちの勇気を讃え、このアスラーン・ムスタファーの剣で葬ってやろう」

「ありがたし!」

 ザッハークを駆けさせたアスラーン・ムスタファーは一気にシンタリオナカとシァタロイワサに迫り、剣光を閃かせ。

 閃きとともに、血煙もあがった。

 アスラーン・ムスタファーの剣は勇敢なるソケドキアのふたりの勇者を葬った。それは一瞬のことで、一合渡り合ってすぐだった。

 わっと轟く喚声があがった。

 他の兵も討たれ、逃げる者は無理に追わず逃げるにまかせた。

「手厚く葬ってやれ」

 周囲の兵にそう命じると、一旦乱れを見せた隊列をすぐに整えなおし。

 駒を進めれば、その意気に感じてか、草木もなびいた。

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