第十一章 神美帝ドラグセルクセス Ⅲ
ドラグセルクセス、イムプルーツァの言葉を聞き、ふむとうなずくも。
「それも一理ある。だが、シァンドロスごとき若造、我ら自ら当たらずともよかろう」
神美帝からの返答を聞き、イムプルーツァとアスラーン・ムスタファーはお互いに、すこし失望の色を浮かべた。
シァンドロス若くとも侮るべからずと神美帝も認識しているではないか、と。それを当たらずともよかろうとは、どういうことであろう。
「シァンドロスは、エラシアの諸ポリスに当たらせるのでございますか」
と言うはギィウェンであった。彼は知識、経験ともに豊富な武人である。ふっ、と脳裏になにか閃いたようだ。
「そうだ。エラシアの諸ポリスは、先のアノレファポリス壊滅を目の当たりに確執を越えて団結し、シァンドロスに備えていると聞く。ならば、ソケドキアはエラシアにまかせておればよい」
「さて、いずれが勝ちましょうや」
「それは神のみぞ知るというもの。しかし、七分方、シァンドロスであろう」
「やはり彼は侮るべからずでござますな」
「そうだ、即位式において自らを神雕王と名乗りエラシアと、なんと我がタールコの征服を宣言したというではないか。それだけ自信にみなぎり、事実波に乗っている。その勢いを保てば、エラシアは征服できよう」
「ならばこそ、先手を打ち……」
アスラーン・ムスタファーが口を挟む。戦いを求めてやまぬ、血気盛んな若者のままであった。
イムプルーツァも、慕う王子に手柄を立てさせてやりたい。
ドラグセルクセスは、若きアスラーンをじっと見つめた。
アスラーン・ムスタファーの初陣は四年前、十四のとき。あのときは東方の国タータナーノとの小競り合いが大きな戦争に発展し、ドラグセルクセス自ら動き、年頃となったムスタファーも連れて行った。
タータナーノ側も必勝を期して大軍と象部隊を編成し、王自ら象に乗り軍を率いて、大軍同士の壮絶な戦いであった。
そこでムスタファーは王子の身ながら乱戦の中に飛び込み槍を振るい、イムプルーツァとともに死地を駆け抜けた。
イムプルーツァは年も近いこともあって、ムスタファーの武芸の指導役もまかされ、初陣においてもそばにつき従い王子を補佐した。
またこの初陣の目覚しい活躍により、獅子王子、アスラーンとも呼ばれるようになった。
その戦いで、ふたりの間には身分を越えた友情が芽生えたようだ。
戦いはタールコが勝ち。有利な条件で停戦条約を結んだ。
以後しばらく、ムスタファーは東方に睨みをきかせるためタータナーノとの国境に近い東の都プールシャプラーにとどまり、いざというときには、東方における不穏勢力を征伐の任に当たっていた。
その甲斐あって、東方は平穏となり、オンガルリが征服されるとともにトンディスタンブールに呼び戻された。
東方監視の任に当たっているとき、しきりに、
「オレも父とともにドラゴン騎士団と戦いたい」
とイムプルーツァにもらしていたものだった。この場合、父親への忠誠と孝行というより、ドラゴン騎士団が目当てなのは言うまでもなかった。
それだけに、オンガルリの征服とドラヴリフトの死、ドラゴン騎士団の壊滅を知ったときは、古来より伝えられる死を知らせる天使と遭遇してしまったように、非常に落ち込んでいた。
が、ドラゴン騎士団は滅びず。ドラヴリフトの子、小龍公コヴァクスと小龍公女ニコレットがリジェカの革命を手助けし幼いモルテンセン王を立て、新生リジェカ公国を樹立させたと聞いたときは、天からの授かりものが降ってきたかのごとく喜んだものだった。
「ムスタファーよ、そなたは血気に逸りすぎる。戦は遊びではない」
父に釘を刺され、アスラーン・ムスタファーは唇をつぐんだ。臣下たちの前で恥を掻かされた気分だった。
「されば、エラシアにソケドキアを任せ、我らは旧ヴーゴスネアの中五ヵ国に参りましょうか。それでよろしいのでは」
とイムプルーツァは言う。ムスタファーは血気にはやり、無理にとめようとしても、無理にでもリジェカかソケドキアにゆきそうな勢いだ。
それならば他の道をあたえそこにゆかせるのがよいかもしれぬ。
ギィウェンはしめたと内心喜んだ。戦いで手柄を立てる機会がほしいが、アスラーン・ムスタファーとともに戦い、目をかけてもらえる機会も与えられるかもしれない。
「それは名案。シァンドロスに比べれば少々物足りぬでありましょうが、タールコが西方世界へと征く足がかりとなるこのたびの歴史的出征において、アスラーンが御大将をつとめれば兵の士気もあがり、なおのこと征服もたやすくなるでしょう」
「我は敵を選ぶ。簡単に勝てる戦いなどつまらぬ」
アスラーン・ムスタファーははっきりと聞こえる声で、そう言った。イムプルーツァをはじめとして、周囲の者たちに緊張が走る。
神美帝の御前でぶっきらぼうに自分の意見を通そうとするなど、臣下には恐ろしくてできぬことだった。が、そこは獅子王子と呼ばれるアスラーン・ムスタファーであった。父の前であろうと、言いたいことははっきり言った。
「図に乗るな!」
ドラグセルクセスの雷喝一声。宮殿に怒号が轟いた。
「己の立場に甘えて戦を選ぶ者は、タールコの勇士のすることではない。たとえ兎が相手であろうと全力をもって戦うのが、タールコの勇士であり、勇士の伝統、誇りである」
「勇士なればこそ、我が敵を、宿敵を求めるものではありませぬか。我が勇気を兎狩りのために使うなど、馬鹿らしくて出来ませぬ」
「無知の傲慢とはまさにそのこと。己に敵なしと自惚れる者に、真の勝利は、神の加護はない」
「しかし」
「戦は己一人でするものではない。我らが下にどれほどの勇士があるとおもう。大将とはそれらの命を預かる者でもある。己の傲慢のために、大切な勇士たちを無駄死にさせる気か」
アスラーン・ムスタファーは父の雷喝を受けても一歩も引き下がらないどころか、踏みとどまってあくまでも敵を選んだ。そばで話を聞く者たちは冷や汗ものだった。
「そのようなことでは、そなたには一兵たりとも預けることは出来ぬ」
「お待ちを」
と進み出るイムプルーツァ。このままいけば、アスラーン・ムスタファーは謹慎を命じられそうだった。
それだけはなんとしても避けたい。
「引き絞られた弓の矢面に進み出る覚悟は出来ておるのだろうな、イムプルーツァ」
「直言こそ臣下の誇り。なんで覚悟なくして出られましょう」
「まこと覚悟は出来ておるようだな」
「権力の前に膝を屈して、タールコの勇士はつとまりませぬ」
「よく言った。ならば、黙れと言うても」
「黙りませぬ」
「さがれと言うても」
「さがりませぬ」
臣下でもあり友人でもあるイムプルーツァを、アスラーン・ムスタファーは何も言えず見つめる。
彼こそ、イムプルーツァが父の怒りにふれて処罰を受けることを憂いていた。
イムプルーツァは笑顔だった。自信満々だった。神美帝ドラグセルクセスを相手に目をそらさず、ここまで相対することのできる臣下は、イムプルーツァくらいなものであろう。
アスラーン・ムスタファーは、はっとして、気を取り直して拳を握りしめて、我が父を見据えた。
沈黙が重くのしかかった。