第十一章 神美帝ドラグセルクセス Ⅱ
神美帝ドラグセルクセスのおわす宮殿は天宮の中心にある一番巨大なもので。他の宮殿より屋根一つ飛びぬけて高かった。
古今東西の軍神の腕を思わせる巨大な円柱建ち並ぶ白亜の広い宮殿の奥に、巨大な玉座があり、人々は投げキッスをし恭しく跪く。
その先にある人こそ、神美帝ドラグセルクセスであった。
神美帝と言われるだけあり、背も高く美丈夫と言える容姿。
銀糸で縫われた髪飾りを頭に巻き。
なめらかな絹の王衣を身にまとう。
王衣の原材料となる絹ははるか東方、華と呼ばれる大地を治める国、昴との交易で得てつくられた。絹は生産も少なく希少価値もあり高価。しかもまだタールコといえど、その量産に成功していない。ことに交易で昴からもたらされる絹は質がよく、王侯貴族でなければ縁がないものだった。
ゆえに昴は絹国とも呼ばれていた。ちなみに絹をはじめとする昴の特産物を運んでくる商隊の長は藍査といい、ドラグセルクセスおよび昴の皇帝、雪鉄龍こと雷託帝のおぼえもよかった。
肩まで伸ばした髪はゆるやかに波をえがいて空にそよぎ。黒真珠のように黒い瞳は吸い込まれそうな奥深さをたたえ。
彫り深く鼻高く。たたずめば神の彫刻のように凛々しく、美しく。動けば風なびき、銀糸の髪飾りのきらめき絹の王衣なびき、それは神の意志によってなされているようにも見え、天すら動かしそうな威厳があった。
ことに、その鍛えられた肉体美は性別を越えた美しさがあった。
御年四十になったばかりながら、その肉体美によりいまだ二十代のような若々しさをもちあわせ。
百人を越える妻は皆、ドラグセルクセスに目をかけられたことを誇りに思い。競って身を捧げた。
第一夫人は同い年のシャムスという。神美帝の第一夫人だけあり、彼女もまた輝く黒髪と黒い瞳が印象的で神秘的なおもむきがあり、絶世の美女というにふさわしかった。
人々は彼女と神美帝の愛を古来より伝えられる神話や伝承と同等に語り、その愛の深さは一夜ではたりず千夜をもってしてもまだたらぬと、語り伝え、慕っていた。
ドラグセルクセスの遠縁にあたるタールコ王族の娘で、十五の年にドラグセルクセスに嫁いだ。
今彼女は、宮廷の奥の間にてしとやかに皇后としての公務にはげんでいた。
そのふたりの間に一子あり。名はムスタファーといい、年は十八。臣下たちの列の中に身を置いて、父であり皇帝の命令を待っている。
彼もまた凛々しく容姿は両親譲りの美丈夫。まだ妻帯しておらず。宮廷の女性たちはもちろん放っておかずなにかにつけてこの王子を話題にして騒がしい。また男たちも同じようにムスタファーに多大な期待を寄せて、獅子王子を意味するアスラーンと呼び慕っていた。
その他側室らに生ませた子は二十人いる。
妻の数に対し子が少ないのは、ドラグセルクセスが歴代皇帝の中でも控えめな性格をしているものによるものであろう。
清く正しく美しくして、質実剛健。そして欲は浅く、慈悲は深く。百人の妻たちはたとえ神美帝に会えずとも、心の中に神美帝がおわしますと愛情を込めてタールコと神美帝の栄光と愛を祈っていた。
それほどまでに、人々は己の信仰する神々にひとしい存在として、ドラグセルクセスをうやまい、忠誠を誓っていた。
「遠路、エグハダァナ、サルマガント、バヴァロンよりの使い、ご苦労であった」
「なんの、臣として責務を果たしたのみでございます」
定期的に各都市の報告のために都を訪れた臣下を、玉座から見下ろし、ねぎらうドラグセルクセス。
臣下たちの目は、まさに神々しいものを見つめ光り輝いていた。たとえ己の心に闇が巣食おうとも、神美帝ドラグセルクセスの前ではすべてが後光によって掻き消されてゆくように。
かつてオンガルリに攻め込みドラゴン騎士団との戦いにおいて大敗したヨハムドも、かつてリジェカに仕えながら新たな道を求めてやってきたギィウェンも、少年のようなときめきをおぼえつつ、命令が下されるのを待っていた。
無論、アスラーン・ムスタファーも。
「エグハダァナ、サルマガント、バヴァロンおよび、タールコの平和は、神美帝のご恩徳による思し召しでございます」
「予は神にあらず。あくまでも人である以上、そなたらの力を借りねばならぬ。我が帝国に乱なきは、そなたらの手柄によるもの。謙遜せず、堂々と誇ればよい」
「もったいなきお言葉」
各都市の使者らは報告を終え宮廷より退出し。控えていた文官・武官の臣下らの目が一斉にドラグセルクセスに集中した。
臣下の中には、旧オンガルリから来た者もいた。その目は憎しみはなく、畏敬の念があった。
「オンガルリはついに我がタールコの領土となった。しかしながら、同時にドラヴリフトも失ったことが惜しまれる」
「出来るならば、ドラヴリフト率いるドラゴン騎士団も、神美帝にお仕えを」
「それがかなわずとも、出来るならば、堂々と渡り合ったうえで雌雄を決したかった。いや、すぎたことを申してもはじまらぬか」
オンガルリからの使いは頭を垂れて、神美帝の言葉を噛みしめていた。
下心を持ち合わせた者を利用し政変を起こし強敵を葬るという策略によって勝ちを得たことを、ドラグセルクセスは恥じているようであった。
そうでもせねば勝てぬほど、ドラゴン騎士団は強かったということだ。もっとも、予想外のことも起こった。しかしそれは、今のところ問題ない。
ドラグセルクセスは起こるか起こらぬかの問題で悩むような凡人ではない。それを注視しつつ、次への進路を冷静に見定めていた。
ヨハムドといえば、自分がおとりに使われたことに驚きはしたが、それによってオンガルリに勝てたわけで、
(むしろ我が無才を知りつつ、神美帝は使命をお与えくださったのだ。これからはでしゃばらず、素直にご命令にしたがおう)
と思い。恨みを抱かず、謙虚な気持ちで自分の仕事をこなそうと決意したくらいだった。
「まずは、そなたらの話を聞こう。次に征くは、いずこか」
「ならば」
と手を挙げたのはギィウェンであった。新参者である。リジェカからタールコへ己の活躍の場を求め、ドラグセルクセスに仕えるようになり、早く手柄を挙げたい。
宿敵オンガルリを制し、次に狙うのは旧ヴーゴスネアにエラシア。
ギィウェンとてタールコでただ飯が食えると思うほど甘い考えはもっていない。来た以上は、なにかしらの成果を挙げねばと考えている。
「一軍をお預けくだされば、それがしが先鋒をつとめヴーゴスネアを献上いたします」
「出来るか。北にドラゴン騎士団擁するリジェカ。南にシァンドロス治めるソケドキア。すべては無理であろう」
「確かに、リジェカとソケドキアは攻略するに難しいでしょう。しかし、分裂した七つの国のうちダメド、エスダ、ヴーゴスネア、ユオ、アヅーツの五ヶ国はいまだ定まらず、攻略はたやすいと思われます」
「ふむ、強国はちょうど北端と南端。その間の国々ならば、できるやもしれぬな」
「しかもそれらの国の王は私利私欲に走り、民は苦しんでおります。神美帝のご恩徳がそれらの地にそそがれれば、リジェカのように民を味方につけ、攻略もさらにたやすくなるでしょう」
「そなたの考えはよくわかった。他にはなにか」
ドラグセルクセスはギィウェンの言葉を受けとめつつ、他に意見を求めた。そうすれば、アスラーン・ムスタファーは一歩前に進み出て、
「我が父よ。どうか我に一軍をお与えくだされ。雪山を踏み越えリジェカへとゆき、ドラゴン騎士団と雌雄を決とうございます」
と勇ましく言った。
「その意気やよし。だが、言うは易し行うは難しぞ」
「無論、承知でございます。ただ、わたくしも父と同じように、ドラゴン騎士団を宿敵とするタールコの勇士を自負しておりますれば」
おお、というどよめきが宮中に響いた。獅子王子、アスラーンと呼び慕うムスタファーの意気に皆心を打たれたようだ。
だがドラグセルクセスは冷静だった。
「自然をあなどってはいかん。自然、気候という、人の力およばぬものがあればこそ、我は恥をしのびオンガルリ征服を急いだのだ」
父にそう言われ、アスラーン・ムスタファーは唇を閉ざし言葉に詰まった。それに助け舟を出す者がいた。
「神美帝のおっしゃられるとおり、北方へゆくのは春を待つしかないと存じます。ならば、南方ソケドキアへゆかれ、自らを神の雕と名乗るシァンドロスの鼻柱をへし折りにゆかれてはいかがでござろう」
そう言うは若き将軍、イムプルーツァであった。
西方世界の血が混じり鼻高く彫り深い顔立ちをし瞳は緑色をなし、その髪は黒と金が織り交ぜられている。
当初彼は一兵卒ながら十五の年の初陣以来華々しい手柄を挙げて、まだ二十二の若さで将軍に抜擢され、神美帝の御前に立つことを許されていた。
またイムプルーツァはアスラーン・ムスタファーのよき臣下であり、よき友であった。