第十一章 神美帝ドラグセルクセス Ⅰ
リジェカ公国に革命起こり、新生リジェカ公国が樹立された。
という報せは白雪を踏み越えて旧ヴーゴスネアはもちろん、タールコやポリス(都市国家)割拠する南方エラシアにまで伝え広められた。
その新生リジェカ公国の樹立に多大な貢献をしたのが、かつてオンガルリ王国随一の強さを誇ったドラゴン騎士団の小龍公と小龍公女であるということも伝え広められた。
オンガルリもまた政変巻き起こり、王は行方知れずでドラゴン騎士団は壊滅し、タールコに膝を屈しその領土に組み入れられたとされるが。
そのオンガルリのドラゴン騎士団は完全に滅びず、国を出てリジェカにて再起していたこと人々を驚かさずにはいられなかった。
「ついにやったか」
とうそぶくのはソケドキア王、シァンドロス。彼は臣下らに、
「やつらは、オレのよき宿敵となるであろう」
と言ったという。
ともあれ、ソケドキアもまた波乱あって、シァンドロスが王位についた。同時に無念のうちに死した父と母と弟の葬儀もすませた。
それから彼の目は、北方を注視しつつ、南方エラシアに向けられた。
豊饒な土地、高度な文明・文化。それらを我が手に治めんとするのは、王たる者であれば当然考えるであろう。
アノレファポリスひとつで満足するほど、シァンドロスの心は狭くなかった。
だがエラシアを狙うのはシァンドロスだけではなかった。
東方の大帝国タールコもまた、エラシアをはじめとする豊饒の西方世界を虎視眈々と見つめていた。
旧ヴーゴスネアのアヅーツより北方は冬来たりて雪舞い落ちて、目に見える景色はすべて白く雪化粧した。それは交通の遮断を意味した。
コヴァクスとニコレットらは苦心して革命を成し遂げたとともに、春の訪れを待ち、冬ごもりをせねばならなかった。
しかし逆に言えば、外敵から攻められる心配はなかった。
シァンドロスは波乱のあとの建て直しに専念していた。それは次の戦争に備えての軍備の再編でもあった。
南方にあるソケドキア以南は寒さ身に沁みるとも、雪で閉ざされるということはなく、それは冬も外敵に攻められるということでもあり、エラシアとタールコに備えねばならなかった。
同時に国内の不穏分子を徹底的に叩き潰した。たとえ確たる証拠がなくとも疑わしいというだけで、不穏分子とささやかれる者を捕らえ、反逆の罪で首を刎ねたのだ。
その数は百を越え、刑場には無罪であるという訴えや「死にたくない」という悲痛な悲鳴が響き、血は池をなして溢れ、柵まで流れて見物人の足にまとわりつき。
刎ねられた首たちは並べられて、顔に生気なくとも目は万感の恨みを抱いていた。
それを止める者もいた。確たる証拠もない者まで処刑するのはやりすぎだと、ヤッシカッズも思いとどまるよう説得を試みたのだが。
「家族の仇討ちの、なにかいけないのか」
と、一向に耳を貸さなかった。
(これでは、イヴァンシム殿がゆかれるのも無理はない)
ヤッシカッズは苦い思いで、ソケドキアの将来を見据えねばならなかった。
この弾圧は一定の効果をなし、若き王シァンドロスは畏怖と尊厳をよりしめし国を強く治めることができた、とはいえ。
ソケドキアはシァンドロスという若い王のもとで、将来に向かい数多の血を流すことになるだろう。
それはアノレファポリスを攻め滅ぼしたことでより色彩を帯びてきたが、それはソケドキアを最終的にどのような色に染め上げるのであろうか。
北が雪に閉ざされている間は、タールコが南へ征くのは当然のことだった。
アノレファポリスを攻め滅ぼしたこと四方に広がり、シァンドロスの名もまたたく間に広まった。
それは悪魔の所業とも軍神とも言われて。
エラシアはそれぞれのポリス間の確執を越えて結束し、ソケドキアに備え。タールコも突如現れたソケドキア王シァンドロスに備えるとともに、強い関心を抱いた。
タールコの都はトンディスタンブールといい、帝国の西、エラシアと旧ヴーゴスネアとの境から東にわずか一日のところにあった。
トンディスタンブールのある地は北を広大な湖に、南を海に挟まれて、大陸の橋のように東西に細くのび。北方の湖は水がやや黒ずんで見えることから黒湖と呼ばていた。
古来よりトンディスタンブールは大陸の交通の要所にあり、また東西文明の交わる境でもあり、このトンディスタンブールをから西は西方世界と呼ばれ東は東方世界と呼ばれていた。
また狭い土地ゆえに人口も集中し、おのずと巨大都市となり高い文明・文化もはぐくまれていた。
高さを競うように天まで届きそうな建物が軒をつらねて、それは今も建造され続け、道路交通網も網目のように張りめぐらされ馬車も活発に行き交い食料金銭や生活物資の流通も盛んに行われ。
人口は十万に迫ろうかというほどの賑わいを見せ。無論、その栄えと富も、そして王宮も、巨大なものであった。
その巨大な都は、巨大な関所のような役割も果たし、異世界へ旅立つ拠点ともあり。
過去東西の世界はこのトンディスタンブールを奪いあい、歴史が変わるたびに太守や王、治める国も変わった。
それは人の出入りの多さをもしめし、混血も多く。肌の色に目の色、髪の色に統一性なく。また出身地や民族性も多様ならば信じる神も多様性を見せ、人はトンディスタンブールを虹の都と呼び。
都より西および東にゆくごとに、人の顔立ちや髪の色がまとまっていった。
そのトンディスタンブールは冬が来ようとも常夏であるかのような熱気につつまれていた。
それは都としての賑わいのせいだけではなく。西方世界の異変、ことにリジェカの革命に、シァンドロスの出現によるものが大きいようだった。
狭く人のごった返す都のあちらこちらで、ソケドキアのシァンドロスが、ソケドキアのシァンドロスという若い王が、という話が盛り上がりをみせて。ときには、天から天宮を落す魔術でアノレファポリスを滅ぼしただの、悪魔の使いだの、いやあれは軍神の化身なのだ、だの、殺された人々は塩漬けにされて食われただの。
ドラゴン騎士団は地獄から蘇った。死んだはずだよドラヴリフトは、いや実は死んでなかっただの、様々な尾ひれがついてもいた。
しかし話題の中心はもっぱらシァンドロスで、ドラゴン騎士団はおまけのように話の端っこに置かれていた。
それから、
「しかし、シァンドロスがいかに悪魔のようなやつだろうと、神美帝にはかなうまいて」
と締めくくられていた。
トンディスタンブールの王宮は神美帝ドラグセルクセスの代になってから郊外にて建造され、天宮と呼ばれていた。
もともとの都はもっと東方にあるエグハダァナであったが、西方遠征のためトンディスタンブールに遷都したのであった。
タールコは東西に伸びる大帝国であり、トンディスタンブールは西方に位置するため、西方世界の影響を強く受け、その建造物も西方世界、ことに高い文明・文化を誇るエラシアの形式に近く。
円柱を外側に張りめぐらせた平屋根の石造りの、しかも大理石を惜しげもなく使われた白亜の大きな宮殿が整然と並び。それこそ天の宮殿、天宮を思わせる厳かさもあった。
天宮という名はドラグセルクセスが名づけたのではなく、完成してから民らがその大きさ、厳かさに畏怖し、いつからか呼ばれるようになっていたのだった。
その天宮には老若男女さまざまな、たくさんの人々が、武官、文官、侍女、召使いらが行き交い。
それらの人々の髪の色や目の色、肌の色や顔立ちの彫りの深さ浅さは、様々であり。そして信じる神も様々。天宮もまた虹の都の様相を呈していた。
タールコはたとえ争い合っている国や地域の文化であろうと、よいと思うものは素直に受け入れて、また改良を加えて自国の文化として成熟させていった。