第十章 樹立 Ⅳ
高らかに鳴る蹄の音に、人々はいそいで道を開け、ドラゴン騎士団らは人々の間を掻き分けて王宮を目指した。
王宮の門前では、民衆と衛兵が得物を手に争っている。そこへドラゴン騎士団らが来たことで、民衆は弾みをつけついに衛兵にとどめを刺し王宮に雪崩れ込もうとしていた。
「どけどけッ!」
「誰も中に入れてはならぬ!」
人々をどかし門を突破するや、イヴァンシムとダラガナは赤い兵団の兵らに命じて民衆をたたき出し、門をかたく閉ざし。ソシエタスはフィウメ独立軍をもって都をおさえにかかった。
「血気にはやるな! まだ幼き王子と姫に罪はなし!」
門の見張り台にのぼりイヴァンシムは声を張り上げ民衆に落ち着くよううながす。同じように、ソシエタスも落ち着けを連呼しながら都中を駆け巡った。
圧政や戦争に苦しんだ人々は、復讐心に取り付かれ暴徒と化し、罪なき者まで殺める危険がある。民衆がすべてにおいて正しいわけではないのは、今までのことで思い知ったことだった。
「静まれ、静まれ! 無用の殺生をする者は、死罪にするぞ!」
降伏をしともにメガリシに入ったリジェカ兵や騎士も、民衆とともに暴徒と化す危険がある。とにかく、ソシエタスやイヴァンシム率いる赤い兵団は、自身が落ち着く落ち着かないのぎりぎりのところで自分を抑えながら、人々を落ち着かせることに血眼になっていた。
王宮は、上を下への大騒ぎとなっていた。
フィウメをのっとったとされるドラゴン騎士団が攻め込んできた、として。
コヴァクスとニコレットは他には目もくれず王子と姫のいる部屋を目指して駆けた。
王宮に仕える人々は悲鳴を上げて逃げ惑い、忠義に厚い者は剣を振るいドラゴン騎士団に襲い掛かる。
「血気に逸るな! 我々の目的は王権ではない、無用の戦いでもない、リジェカに安寧をもたらすことだ!」
コヴァクスは迫り来る刃をかわし、または己の剣で受け流しつつ、声を張り上げる。しかし聞く者などいるはずもなかった。
(もしこれが逆だったら、私たちは引き下がったかしら)
ふとニコレットはそう思った。おそらく、自分たちも相手がなんと言おうと、剣を振るい襲撃者と渡り合うだろう。
「ああ、お、お許しを」
「待って、逃げないで、私たちはあなたにひどいことしないわ」
「ほ、ほんとうに?」
セヴナだ、いつの間にかコヴァクスやニコレットの後を着け王宮に入り込んだらしい。若い侍女をひとり捕まえ、王子と姫のいる場所を聞きだそうとしていた。
「でも、王子と姫は……」
「私たちは王子と姫をいじめにきたんじゃなくて、守りに来たの。お願い、私たちを信じて」
侍女はおびえながら、王子は、姫は、と震える口で言おうとするが、おびえるあまり上手く言えない。
「大丈夫よ、落ち着いて」
侍女の様子がかわいそうで、にこりと微笑む。しかし次から次へと衛兵や騎士は襲い掛かる。セヴナも剣を抜き相手の剣を受け、自分と侍女の身を守るが、のんきに場所を教えてもらえる余裕はなさそうだ。
じれったさをおぼえ、やむなく、
「一緒に来て!」
と手を引いた。強引なようだが、やむをえない。それでも、笑顔は耐やさなかった。
侍女もセヴナの笑顔で心がほぐされて、彼女を信じ、王と姫のいる部屋を教えようとする。
王宮はドラゴン騎士団と衛兵の激突で騒然として、おさまる気配はなかった。
この騒動で王子と姫は大変な不安に駆られているだろう、と思うとそれがかわいそうでもあった。と、ともに、故国オンガルリの王女アーリアとオランの姉妹に末っ子の王子カレルに思いをはせた。
王は行方知れずで、国もタールコに組み込まれてその歴史の幕を閉じた。そんな事情をどこまで飲み込めているのかわからないが、幼い子供には、とても不安なものだったろう。
昔触れた戯曲において、政敵の刃にかかる母と子が、
「何も悪いことをしていないのに」
と悲痛な叫びを上げていたのが思い起こされた。
激突の中を駆け抜け、侍女の導きにより王宮内の奥にある一室にたどりついた。そこに王子と姫がいるという。
堅く閉ざされた扉を背に、衛兵が守りを固めていたのは言うまでもない。
最後の一押し、と剣を握る手に一段と力がこもる。
そのときだった、
「もうよい!」
幼いながらも、よく透る声がひびいた。
「扉を開けて、来客を出迎えよ」
その声には力があった。衛兵はとまどいつつも、早くどけ、という声に押されるように退いた。
コヴァクスとニコレット、セヴナらは立ち止まり、様子を見れば、扉が開け放たれ、そこに王子とおぼしき少年が凛々しくたたずんでいた。
その後ろには、少女が少年の背中に隠れながら、不安そうにこちらを眺めていた。
ともに美しい白金色の髪をもち、澄んだ青い瞳をしていた。その青い瞳の奥には、言葉にならぬ湿り気も感じられた。
ともにまだ幼く、背も伸びていない。人形のような可憐さもあった。
しかし、その顔には人形のような愛嬌はない。
そばの衛兵や侍女はいそぎ跪く。
「予こそモルテンセンである。そなたの求めるものは、予の命であろう」
剣を握りしめるコヴァクスとニコレットの目を見つめて、モルテンセンは透る声で言った。その声も、幼さに合わず重々しかった。
いつかこんな日が来るかもしれない、と覚悟を決めていたのだろうか。いまだ十一の年で。
「予はどうなってもよい、ただ妹のマイアや、予に仕える者たちは助けてほしい」
激突から一変し、束の間の静寂が駆けぬけ、ところどころで嗚咽の声がする。
その澄んだ瞳を見つめ、コヴァクスとニコレットも跪いた。後ろに続いていたセヴナやドラゴン騎士団の騎士たちも、跪いた。
これは、とモルテンセンとマイアはやや戸惑った。自分たちをたおしに来たのではないのか、と。
「我らはドラゴン騎士団。かつてオンガルリに仕える身ながら、ゆえあってリジェカに我が身を置いております」
ドラゴン騎士団、その言葉を聞き、周囲の空気がかたまる。フィウメの革命でその名は聞き、まさかという思いもあったが。オンガルリ王国の誇るドラゴン騎士団がリジェカにいたのは、本当だったのだ。
ニコレットは色違いの瞳で兄と妹を優しく見つめる。
「どうかご無礼をお許しください。我らが求めるのは、王子の命ではありません」
ニコレットの少し後ろに控えるセヴナと、マイアの目が合った。セヴナはにこりと微笑むと、兄の背中に隠れるマイアも、心ほぐされてすこし微笑みを返した。
「では、何が望みか」
「リジェカの安寧を」
モルテンセンはやや身を堅くした。そんなことを言う大人たちは、信じられない、という風に。