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第十章 樹立 Ⅲ

 セヴナは紅馬上、弓の弦を引き絞り狙いを定め、矢を放った。

「ひっ」

 下僕の悲鳴があがり、足元に連続して矢が突き刺さり、驚きのあまり転倒。輿もポレアスも崩れ落ちる。

「ぐえ」

 という、蛙の潰れるような声をあげポレアスは地面に転がり尻餅をつく。

 その間に赤い兵団は迫り、ポレアスを取り囲んでしまった。

 リジェカ軍は突如現れた赤い兵団が敵か味方なのかはかりかね戸惑い、その間にドラゴン騎士団とフィウメ独立軍に蹴散らされてゆく。

 イヴァンシムとダラガナは下馬しこけたポレアスを助け起こす。

「おお、おお、よく来てくれた、さすがヴーゴスネア赤備えの騎士じゃ」

 とは言わない。セヴナが輿を担ぐ下僕の足元めがけ矢を放ち、そのために自分は尻餅をついてしまった。これはどういうことであろう。

 さらに、怖れていたことに赤い兵団はドラゴン騎士団とフィウメ独立軍に協力し、リジェカ軍を蹴散らしてゆくではないか。

 ポレアスは目を見開き、悲鳴を上げようとするが、あまりのことに声も出ない。

 逆に、コヴァクスとニコレット、ソシエタスは赤備えの騎士たちの乱入を見、

「赤い兵団だ!」

 と喚声を上げ、喜んだのは言うまでもない。

 しかし、赤い兵団はその数わずか二百たらずである。千、万を越える軍隊がぶつかり合っているところへ勇んで乱入した上に、両軍ともに赤い兵団現るという衝撃を与えること、いかにヴーゴスネアにおいてその勇名が轟き影響力の大きいことか。

「もう、退け、退け!」

 ばらばらになったリジェカ軍は戦いを放棄して、皆、我先に逃げ出してしまった。

 ポレアスはそれを呆然と見送るしかなかった。一万五千もの軍隊、というか人間たちは、誰一人として、自分のために戦おうとはしなかった。

 ぼろぼろと涙がこぼれ、いたたまれなかった。

 ふと、ニコレットの色違いの瞳に赤毛の少女が写りこんだ。

 セヴナだ。

「あなたが、小龍公女ニコレット様ね。あたしはセヴナ、よろしくね!」

 白龍号の横に紅馬がならべられ、差し伸べられる手。屈託のない満面の笑みを見て、ニコレットもにこりと微笑み、手を差し伸べる。

「こちらこそよろしくね。セヴナ」

 音に聞く小龍公女ニコレットを見つめて瞳を輝かすセヴナにおかしみと愛嬌を感じつつも、今は戦場の真っ只中だ、一瞬だけ手を強く握りしめると、すかさず迫りくる敵兵を追い払った。


 戦況はおおいにドラゴン騎士団有利に進んでゆき、もう決着はついたといってもよかった。 

「もういい、深追いをするな!」

 逃げる者は追わず。コヴァクスとニコレットは自軍をまとめることに専念した。深追いからせっかくのまとまりがなくなることもある、それは父から叩き込まれた教訓だった。

 またたく間にドラゴン騎士団とフィウメ独立軍はひとつにまとまり、それにあわせるように赤い兵団もひとつにまとまる。

 ポレアスは力なく座り込み、もう害はないとわかると、

「失礼」

 と言い、イヴァンシムとダラガナは愛馬にまたがりコヴァクス、ニコレットのもとまでゆく。これがなにを意味するのか。ポレアスは身動き一つせず、呆然とするしかない。

「貴公がイヴァンシム殿でございますな。我はドラゴン騎士団小龍公コヴァクス」

「同じく、小龍公女ニコレット」

 ドラゴン騎士団・フィウメ独立軍と、赤い兵団は互いに向かい合う。

 輪が地上から浮かび上がり、一瞬にしてそれらを取り囲み結界がはられたような一体感がまたたく間に生まれたようだった。

「ようやく会えましたな。私はイヴァンシム。ただ、髪の白くなった年寄り、私自身にはあまり期待せぬよう」

 諧謔をこめてイヴァンシムは自ら手を差し伸べ、コヴァクスは力強く握手を返した。その横でダラガナとニコレットも握手を交わし、それからコヴァクスとダラガナ、イヴァンシムとニコレットで握手を交わした。

 熱風が身体をつつむような高揚感だった。

「我らに勝利と栄光あれ!」

 気持ちを抑えきれない者らが数名、剣を掲げて喚声をあげれば、それをきっかけに次から次へと、栄光あれ、の合唱がはじまった。

 ドラゴン騎士団もフィウメ独立軍も、もとは旧ヴーゴスネアの者たちである。赤い兵団、イヴァンシムとダラガナのことはよく知っていた。

 彼らにとってはまさに英雄だった。オンガルリ出身のドラゴン騎士団のコヴァクスとニコレット以上に。

 今、その英雄とともに戦えるということが、新たな道を見出したような喜びを感じさせていた。

 やはり自分たちは隣国の人間なのだ、という寂しさを少し感じながら、唱和の中に身を預けるコヴァクスとニコレット、ソシエタス。

 ふと見れば、リジェカ軍の兵士や騎士たちが逃げずに様子をうかがっていた。逆襲の機会をうかがっているのだろうか。と思えば、そうではなかった。

 栄光あれの唱和を耳に、突然跪き、

「どうか我らも仲間に加えてほしい」

 と願い出てくる。

 その数は千を越えているだろうか。イヴァンシムはそれを見て咄嗟に、

「コヴァクス殿、今こそ好機、彼らを加えリジェカを平定いたしましょうぞ」

 その進言に驚き、一瞬躊躇するコヴァクスだったが、イヴァンシムとダラガナはやはりそうなるか、と予測していたので、気にしない。

「残念ながらリジェカを治めるのは、ポレアス王には負担が重すぎたようでござる。が、今この戦いに勝利したことで、雪が平原を白く染め上げる前に新たなときをむかえることが可能になったのです」

 一瞬ためらったコヴァクスだったが、

(いまこの機会を逃すのは、たしかによくない)

 イヴァンシムの心強い進言に決断し、

「ゆこう、リジェカの都メガリシにゆこう。今こそリジェカ平定の好機!」

 号令を下すや、ついにこの時が来たかと、声尽きることなく喚声は轟き。

 龍牙旗はためき、ドラゴン騎士団を先頭にフィウメ独立軍、赤い兵団はメガリシを目指し、リジェカ軍の残党が言われてもいないのに自らそれらに組してともにメガリシを目指した。

 ポレアスは屈強な兵士に取り囲まれて、とぼとぼとフィウメの街へと歩いていた。


 都メガリシは騒然となった。

 リジェカの南西、ダメドとの国境にほど近いところにあるメガリシは都とされるだけあって、王宮に教会など、背の高い建物も軒をつらねて、それなりの栄えを見せていた。

 そのメガリシの都では、フィウメ征伐にいったはずの王の軍隊がなぜかドラゴン騎士団らとともに都入りしたものだから、都の者たちはまるで悪魔にでも幻を見せられているかのように事態を飲み込めず。

 また防ぐにも龍牙旗やイヴァンシム率いる赤い兵団を見て武器を投げ出し、降伏を願い出る者が続出する始末。

 中には忠義厚く戦いぬこうとした騎士もいた、だがそれらはことごとく捕らわるか、たおされるかした。

 だれもドラゴン騎士団やフィウメ独立軍、赤い兵団との戦いを望んでいなかった。が、にわかにリジェカの国そのものへの復讐心が強く湧き上がっていた。

 あのとき、フィウメのドラゴンの夜のように、たくさんの人々が都の中央にある王宮につめかけ、王宮内の衛兵と小競り合いをしていた。

「王宮にはスウボラ王太子の遺児、モルテンセン様とマイア様がおられる。このお二方はなんとしても救わねばならぬ」

 イヴァンシムは言う。

 リジェカの都メガリシには、スウボラの二人の遺児、兄のモルテンセン十一歳と妹のマイア九歳がいるという。

 ふたりはスウボラ派の象徴として、ポレアスが身柄を保護していたが、保護でもあるとともに、幽閉監禁でもあった。

 哀れふたりの幼子は、大人たちの権力欲のために人格を無視され自由を奪われ、籠の中の鳥同然の生活を強いられている。

 そこへ民衆蜂起により身の安全も危ない。

 コヴァクスとニコレットは愛馬を飛ばし王宮に向かった。

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