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第一章 ドラゴン騎士団 Ⅳ

 しかし、

「ヨハムドなど討つに値せぬ将。それよりも国王のお言葉を拝すべきでございましょう」

 と言うので、やむなく、舌打ちしつつ、逃げる敵兵など捨て置いて王の遣いのもとまでゆく。

 もう背後を狙おうとする者はいないほど、戦局は決していた。

 ニコレットも異なる左右の色の瞳に、敵将を討てぬ悔しさをにじませて、後ろをソシエタスに任せて父のもとまでゆく。

 ヨハムドは今こそ好機と、どんどん遠ざかってゆき、やがては姿をくらませ、それに合わせタールコの軍勢も屍を残して、他は皆逃げ去っていった。

 それらを尻目に、ドラヴリフトにコヴァクス、ニコレットの指揮のもと。ドラゴン騎士団は隊列を整え、勅旨を携えた王の遣いの前に勢ぞろいする。それはまるで、盆より散った水がふたたび盆にかえるかのように。

 歴戦の勇士たちの、その息の合った隊列の動きに、さすがは、と王の遣いは息を呑みながらも。下馬し跪く三人に、勅旨を読み上げる。

「王国東方、ワリキュアより神美帝ドラグセルクセスの親征軍およそ五万余りが侵攻せり。ドラゴン騎士団すぐさま眼前の敵を払い、ワリキュアに駆けつけるべし」

 この報に、さすがのドラヴリフトも目を見開き耳を疑った。

「お察しでござろうが、ヨハムドはおとり。ドラゴン騎士団を引き寄せ、その間隙を突いて、わが国の領土を侵したる模様」

「……」

 三人は静かに聞いている。にがい思いを噛みしめながら。

「国王のお怒りは、それはそれはたいへんなもの。王自ら軍を率いてご親征なされてござる」

「なんと……」

 ここハンロニナ平原は王国の南側に位置し、タールコとの交通の要所ゆえ幾度となく激戦が繰り広げられた地でもある。ワリキュアは王国の東方に位置する地であり、同じく交通の要所ながら、遠く迂回する経路となる。

 はたして、今から駆けつけて間に合うかどうか。

「……」

 ドラヴリフトは一瞬迷い、黙り込んだ。ふたりの子は、父のただならぬ様子に、どうしたのだろう、と思わず顔を見合わせる。

 が、やられた。

 ドラグセルクセスにいっぱい食わされたのだ、ということばかりが脳裏をよぎり。勝利もぬか喜びに終わったことも、またわかった。

 だが戦いに疲れた身体を鞭打ち、遠くのまた戦場へと駆けつけたところで、どれほどの働きができるというのだろう。

 神美帝ドラグセルクセスは、ドラヴリフトに劣らぬ戦上手。これまで何度か親征軍をもって領土を侵そうとしたのを、ドラゴン騎士団が返り討ちにしたが、一歩間違えばこちらが負けた、と思わされることも一度や二度ではなかった。

 なるほど、ドラグセルクセスは考えた。

 オンガルリに勝とうと思えば、ドラゴン騎士団と戦わないようにして領土を侵攻すればよい。

 と、そのためにヨハムドをおとりとしてドラゴン騎士団をおびき寄せ、自身は別経路をたどりオンガルリの領土に侵攻する。

 おそらく、前々から周到に用意されていた策であろう。

 オンガルリ王国にドラゴン騎士団あり。だが、逆に言えば、ドラゴン騎士団しかいない。

 一番の問題は、国王の安否である。

 自ら軍を率いて戦うことに関しては、ドラグセルクセスにはかなわない。いかに最上の愛と忠誠を誓えど、戦争における素質というものを考えたとき、どうひいき目に見ても、国王は戦場よりも宮廷において内政に専念する方が向いている人物であった。

 だから、今まで何度か、親征を見送るように直言したことも、一度や二度ではなかったが、国王はなぜか、何かにつけて親征を望んだものだったし。

 ドラヴリフトには、なぜ己の立場や危険を顧みずに国王が戦場に赴こうとするのか、わからなかった。

 なにか、嫌な予感がした。

「父よ、ゆきましょう」

「ことは急を要します。国王の御身に万一のことがあれば」

 と、ふたりの子、コヴァクスとニコレットは言った。

 様々なことが脳裏をよぎるが、かといってとどまることなどできるわけもなく。

 ドラヴリフトは天を仰いで、

「ゆくか」

 と言った。

 兵数を少し割いて、負傷兵や死者の埋葬をまかせると、オンロニナ平原をあとにして、ドラゴン騎士団は一路ワリキュアを目指し駆け出した。


 野を越え山を越え、ドラゴン騎士団は一大決戦場となろうワリキュアをろくに休みもせずひたすらに駆けに駆けた。

 その間にも、バゾイィー率いるオンガルリ王国軍はドラグセルクセス率いるタールコ軍と刃を交えているであろうが、さてその戦況やいかに。

 オンガルリ王国は全体的に標高の高い内陸部の台地がほとんどを占める地域を領土とし、冬こそ厳寒に襲われるものの、年間の平均気温は穏やかな方で四季もある。

 万年雪覆うような高い山はなく、今の時期、行軍は他国に比べて比較的楽な方であった。

 それでもヨハムドと一戦を交え、休む間もなく次なる戦場へと馳せる騎士団の疲労はいかばかりか。やはりというか、脱落をする者が出始めてきた。

 気の毒に思うものの、今回ばかりはかまうことは許されず、無事を祈りながら置いてゆくしかなかった。

 都、ルカベストは丁度オンロニナ平原とワリキュアの間にある。

 ワリキュアへゆくということは、都を通ることになる。

 都には、エルゼヴァスがいる。

 が、会ういとまなどあろうはずがないが、女王とは謁見をせねばならぬであろうか。

 兎にも角にも、ドラゴン騎士団は王の安否と宿敵タールコとの一大決戦場を胸に抱いて、ワリキュアを目指していたが。

 出発をして四日目の夕方、都まであと三日、ワリキュアまであと七日というところで、様相は一変した。

 ひたすら進軍するドラゴン騎士団の前に、またも騎乗の一団が現れる。その高貴なよそおいからして、勅旨を携えた王の遣いのようだ。

 ドラヴリフト、コヴァクス、ニコレットは下馬して跪き、国王の言葉を拝せば、愕然と王の遣いを呆けた目で見つめていた。

 勅旨いわく、

「タールコ軍は国王自ら率いられる親征軍によって撃退す」

 三人は狐に化かされたかのような顔をして、じっとしていた。まさか、と言いたげに。それを、王の遣いは見逃さない。

「ふむ、まるで王に軍才なしと言いたそうなお顔をしておられるが。この勅旨をよもやお疑いではあるまいな」

「まさか、決してそのような」

 とドラヴリフトは取り繕うも、ふたりの子は黙すといえど父ほど芝居は上手くなく、顔には満々とその疑いが濃くあらわれていた。

 やってられん、とコヴァクスは跪く振りをして顔を下げてはいるが、ニコレットのふたつの色を持つ瞳は、鋭く王の遣いを射抜くように見据えていた。

 王の遣いは、あからさまに、忌々しそうに舌打ちし、さらに追い討ちをかけるように、

「ドラゴン騎士団は、遣いと相見あいまみえた地にて宿営をし、王よりの沙汰を待つべし」

 と勅旨を読み上げた。

 さすがにこれには、他の将卒からもざわめきがおこった。ドラゴン騎士団は忠誠一途で国王に仕えてきており、疑われるような覚えはないし、都に快く迎えられこそすれ、行軍途中で野宿をしろなどといわれる覚えはなかった。

「失礼ですが、その勅旨を見せていただけませぬか」

 と言うのはニコレットであった。

 兜を副官のソシエタスに預けて。その金髪はくすんでいるものの、くすみとくすみの間からはかすかに光りをはなって獅子のたてがみのように逆立ち、両の目の黒碧ふたつの色の瞳は、らんらんと輝き炎でも噴き出さんがばかりだ。

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